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新グライフトゥルム戦記~運命の王子と王国の守護者たち~  作者: 愛山 雄町
第七章:「疾風編」

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第三十二話「軍師、ゲリラ戦の名手と邂逅する」

 統一暦一二一六年八月十二日。

 グライフトゥルム王国東部リッタートゥルム城、城主館内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵


 ここ数日、ラウシェンバッハ師団と水軍の厳しい連携訓練が行われていた。

 守備兵団長のユリウス・フェルゲンハウアー中将が言っていた通り、上陸については全く問題なかったが、補給物資の受け渡しが課題だった。


 その課題を克服すべく、組み立て式のクレーンを作るよう命じ、それを素早く設置、荷物を引き上げるという訓練を行った。


 元々膂力に優れる獣人族であるため、腕木と滑車、ロープだけの簡易なクレーンでも二百キログラム以上ある樽を簡単に持ち上げられるようになっている。


 残りの課題は設置場所の選定と設置時間の短縮だったが、この一週間で一時間以内に必要な量の荷を引き上げられるまでになり、作戦を開始することにした。


 弟のヘルマン・フォン・クローゼル中将は一週間前にリッタートゥルム城に帰還している。


『ゴットフリート皇子とは気が合いました。あの方とはあまり戦いたくないですね』


 弟の話では豪放な武人である皇子と話をした後、彼と共にいるヒンメル族の猛者と模擬戦をやった。それだけではなく、最後には皇子とも剣を合わせたらしい。

 その結果、皇子から草原産の名馬を送られている。


『せっかくいい馬をもらったんですが、ここでは使う機会がありませんね』


 今回の作戦では馬に乗ることがなく、そのことを残念がるほど気に入ったようだ。



 城の外にラウシェンバッハ師団の将兵を集める。

 全員が装備に身を固めているが、いつもと違う点があった。それはラウシェンバッハ家の紋章が入った漆黒のマントではなく、深い緑色と茶色の木の葉の柄、いわゆるウッドランドパターンのマントを装備しているのだ。


 これはこれからいくエーデルシュタイン周辺の森林地帯で活動するためで、私が乗る輿も同じように迷彩柄に塗られている。


 演台に上がると、拡声の魔導具のマイクを握る。


『これより敵国深くに侵入し、撹乱作戦を実行する。上陸予定地はエーデルシュタインの西約百キロ。到着は最短で五日後だ。その後は地形に慣れるため、皇国軍と行動を共にする。襲撃作戦は九月に入ってからになるだろう……』


 私の言葉をヘルマン以下の将兵が真剣に聞いている。

 シュヴァーン河自体はエーデルシュタインのすぐ近くまで流れているが、今回の上陸地点より上流は急流になっており、専用の小型船以外は遡上できない。


 また、襲撃作戦は帝国軍が動いてからになるので、九月上旬になると想定している。それまでは地形の把握と旧皇国軍との連携に力を入れる。


『今回の作戦では通信兵によって私が直接指揮を執るが、深い森の中では現地の各指揮官の判断が重要だ。既に何度も言っていることだが、後方撹乱作戦では襲撃後、すぐに移動する必要がある。そのため、指揮官の命令を素早く実行することも同じく重要だ……』


 ゲリラ戦では戦果を挙げることより、敵に捕捉されないことが最も重要だ。そのため、襲撃後は成功しても失敗しても即座に撤退することを徹底する。


『我々の目的は敵軍の撃破ではない。輜重隊を襲い、敵軍を引き付けることだ。そして重要なことは生きて帰ることだ。今回の戦いではシュッツェハーゲン王国方面を含め、帝国軍に大きなダメージを与えることはできない。つまり、この一戦で帝国との戦いに決着がつくことはなく、戦いはまだまだ続くということだ……』


 帝国軍を撃破できればいいが、シュッツェハーゲン方面ではよくて引き分けに持ち込むくらいだと思っている。また、シュヴァーン河方面も敵を引き寄せるだけで決戦を挑む気がないから、大きなダメージは与えられない。


『本日は第一連隊、第二連隊、及び偵察大隊が先行して出発する。第三連隊と第四連隊、そして支援中隊と輸送中隊は八日後に出発だ。先発隊は私が指揮し、後発隊はクローゼル中将が指揮する。後発隊はそれまでの間、英気を養っていてほしい』


 リッタートゥルムにある水軍では最大二千五百名しか兵士を運べないため、二隊に分ける必要があった。目的地までは約四百五十キロメートル。遡上する往路は五日ほど掛かるが、川を下る復路は二日あれば帰還できる。


『先発隊、乗船せよ! 乗船が完了した船から順次出港せよ!』


 私の命令に全員が敬礼で応える。

 演台を降りると、ユリウスに声を掛ける。


「輸送行動中は哨戒船しかいなくなる。このタイミングで帝国軍が仕掛けてくる可能性は低いが、偵察だけは怠らないようにしてほしい」


「了解だ。対岸にも偵察部隊は展開させているし、通信の魔導具も充分に配備してあるから、安心してくれ。それよりお前の方こそ無理はするなよ」


「分かっているよ。私に荒事は無理だし、距離を取って指揮するだけだから」


 そんな話をした後、乗船する。


 真夏の太陽が照り付けるが、川面から流れてくる風は思ったより涼しい。

 水量が多く、流れが強いが、西風を受けた帆がはらみ、オールを漕ぐ水兵たちの負担を軽くする。


 途中でラウシェンバッハ師団の兵士たちが水兵と交替したため、予定より距離を稼ぐことができた。


 野営は基本的に船の上だ。

 中流域は切り立った崖が多く、上陸できる場所は少ないためだ。


 先行した偵察隊が安全な場所を探して錨泊し、調理班だけが川岸に上がって新鮮な肉を焼き、大鍋でごった煮を作る。野趣あふれる料理だが、汗を掻いた身体には思った以上に美味かった。


 一度悪天候に見舞われたものの、翌日以降も順調に進み、予定通りに目的地に到着した。


 目的地は湾曲した場所で砂利が堆積している浅瀬だ。そこに船を停泊させ、上陸する。岸の先はすぐに木が鬱蒼と生える急斜面になっており、ゆっくり登るだけでも息が切れる。


 一時間ほどですべての兵が上陸し、船団は静かに川を下っていった。


 既に午後三時を過ぎており、今日は皇国軍と接触できなかったかと思っていた時、第一連隊長のエレン・ヴォルフ少将が報告にきた。


「偵察隊より報告がありました。皇国軍のヴェルナー・レーヴェンガルト騎士長と接触しました。現在こちらに向かっております」


 ヴェルナー・レーヴェンガルトはリヒトロット市周辺で後方撹乱作戦を行っていた優秀な指揮官だ。


 皇国が滅亡した後も王国軍の情報部が密かに支援しながらゲリラ活動を続けており、旧皇国軍の残存部隊を指揮して多くの戦果を挙げている。


 野営の準備を始めた頃、三十代半ばの戦士が偵察兵と共に現れた。

 その戦士は使い込まれた革鎧と弩弓を背負い、歴戦という雰囲気を醸し出している。彼の後ろには柔らかな雰囲気のベテラン然とした戦士が付き従っている。


「マティアス・フォン・ラウシェンバッハ大将です。ヴェルナー・レーヴェンガルト殿でいらっしゃいますか?」


「はい。ヴェルナー・レーヴェンガルトと申します。高名なマティアス卿にお会いでき光栄です」


 美男子という感じではないが、思ったより親しみやすい笑顔で、帝国軍の輜重隊に恐れられているゲリラの親玉とは思えない。


「私の方こそ、寡兵で帝国軍を苦しめるヴェルナー卿にお会いでき光栄ですよ」


「あれは貴殿の策と貴軍の情報部の支援があってこそです。私一人ではすぐに捕らえられ、処刑されていたことでしょう」


 そんな感じで話を始めるが、すぐに本題に入る。


「ヴェルナー卿の部隊にご助力いただき、帝国軍を翻弄したいと考えております。協力いただけるでしょうか?」


「もちろんです。ただ、ここ最近は警戒が厳しく、街道に近づくことすらできません」


 その報告は私も受けていた。


「恐らく皇帝がエーデルシュタインに入った影響でしょう。皇帝が動けば、多少緩むはずです。それに当面は我が軍にここから東の地形を把握させることに専念する予定ですので問題ありませんよ」


 この辺りは草原の民の縄張りであるリヒトプレリエ大平原に近く、入植者はいない。そのため、獣道くらいしかないが、撤退する際に迷わないように地形の把握は必須だ。


 もちろん、情報部と叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の情報分析室によって地図は作られているが、方角を見失いやすい森の中なので実際に見ておく必要がある。


 更に東に向かい、安全な避難場所や襲撃に適した場所なども確認するため、半月ほどは地形の把握に専念するつもりだ。


「承知しました。ここで帝国軍に一泡吹かせることができれば、皇帝の顔を潰すことができます」


 ヴェルナーには帝国軍に実害を与えるより奔走させることが目的だと伝えてある。最初は残念がったようだが、次の戦いへの布石ということで納得してくれたと聞いている。


 それからいろいろと情報交換を行っていった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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