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第二十四話「第四軍団長、翻弄される」

 統一暦一二一六年六月五日。

 ゾルダート帝国中部リヒトロット市、第四軍団駐屯地。クヌート・グラーフェ元帥


 先日、帝都から第二軍団がエーデルシュタインに向かったという情報が入ってきた。


(これで本格的に侵攻作戦が開始されるな。だが、我が軍団はどうなるのだろうか……)


 俺が指揮する第四軍団は一年ほど前から旧リヒトロット皇国領に駐屯し、治安維持に当たっている。

 しかし、成果はほとんど上がっていない。


 皇国軍の残党たちは防備が弱いところを狙って攻撃を仕掛けてくるが、成果があってもなくても、あっという間に引き上げるため、ほとんど討ち取れていない。そのため、守りを固めて襲撃自体を防ぐという消極策で対応せざるを得ない状況だ。


 積極策に出られないのは住民たちが協力的でないことが大きい。

 積極的に動こうとしても住民たちが残党どもに情報を流すため、逃げられてしまうのだ。


 それに加え、兵たちの士気の低下も頭が痛い問題だ。

 我が軍団は一年半前に新設されたが、その際、第二軍団と第三軍団のベテラン兵が配された。


 これは新兵が多すぎては訓練もままならず、軍団として使えるようになるのに時間が掛かりすぎるからだ。


 ベテラン兵たちは優秀だが、その多くが家族を持っている。そのため、駐留が長引いている今、家族の下に戻りたがる者が多い。


 それに旧皇国領は食料こそ豊富なものの、兵士たちが望む娯楽は少ない。

 また、住民たちから常に白い目で見られており、それもストレスになっている。帝都であれば、最下級の兵士であっても市民から敬意を払われる。そのため、ここに居たいと思う兵は非常に少ないのだ。


(賭博の問題も何とかせねばならんな。あまり締め付けるわけにもいかぬが、放置もできん。どうしたものか……)


 大きな問題の一つが軍内で横行している賭博だ。


 帝都には兵士たちが入れる娯楽施設、“幸運の館(ハオスデスグリュック)”というものがある。そこでは手軽に賭博が楽しめ、美味い酒や美しい娼婦もおり、多くの兵士が給料日に通っていた。


 厳しい訓練の息抜きということと、掛け金の上限が低く抑えられているため、奨励こそしないものの禁止されていない。しかし、ここにはそのような施設はなく、兵士たちが勝手に賭博を始めてしまったのだ。


 当初は息抜きも必要ということで黙認していたが、のめり込む者が続出した。また、帝都のように管理されているわけではないため、多額の借金を作ったり、不正が横行して刃傷沙汰が起きたりするなどの問題が出てきた。


 そのため、軍団司令部が禁止令を出し、違反者を厳しく罰したが、サイコロがあればできる賭博もあり、一向に無くならない。


 そんな状況が続いている時、グライフトゥルム王国のラウシェンバッハ領から酒造職人を名乗る集団が現れた。

 そして、我が国の宿敵、マティアス・フォン・ラウシェンバッハが送り込んだという。


 シュッツェハーゲン王国、グライフトゥルム王国、グランツフート共和国に対し、大規模な攻勢が計画される中、奴が善意で送り込むはずはなく、何らかの謀略であることは間違いない。そのため、俺は部下に警戒を強めるよう命じた。


 監視を強化したが、さすがにラウシェンバッハが送り込んだ者が簡単には尻尾を出さない。


 その間にグライフトゥルム王国海軍が帝国商人の商船を襲い始めた。その対応に苦慮していたため、特に酒造職人たちに対しては、こちらから不用意に動かないよう指示していた。


 一ヶ月ほど様子を見ていたところ、ようやく動きを見せた。


『ラウシェンバッハの者たちがリヒトロット市周辺のブドウ農家を集めると聞きました。どの程度集まるかは不明ですが、農村は皇国軍の残党の巣窟です。何らかの策を実行するのではないかと』


 副官が興奮気味に報告してきた。

 皇国軍の残党は襲撃後に農村からハルトシュタイン山脈の森の中に逃げ込むことが多い。そのため、農民たちが支援していると考えていた。


 しかし、このような分かりやすいことを、あのラウシェンバッハがするのかと俺は考えた。そのため、監視に留め、不審な人物がいた場合のみ拘束するよう命じた。


 その命令が仇となった。

 我が軍団の兵士が監視のために村に入ったが、葉が生い茂り始めたブドウ畑に無許可で入り、不審者の捜索を始めてしまったのだ。そのことにラウシェンバッハ領から来た職人が激怒し、その結果、派遣した兵は彼らを拘束してしまった。


 俺はグリューン河の水軍の状況を確認するために、リヒトロット市を離れていたこともあり、その報告を聞いたのは二日後だった。すぐに解放するよう命じたが、既に手遅れだった。


 後ろ手に縛られたラウシェンバッハ領の職人たちをリヒトロット市に連行したため、その姿が多くの民の目に入ってしまったのだ。


 更にリヒトロット市内で抗議してきたダニエル・モーリスまで、民衆の前で拘束してしまった。ダニエルは二年ほど前から酒造産業の復活を目指し、真摯に活動しており、民衆もその努力を認めつつあった。それだというのに、問答無用で拘束してしまったのだ。


 当然、民衆は怒りを覚えた。ダニエルが手を出さないように説得してくれたから、暴動に発展しなかったが、一歩間違えば大規模な暴動を引き起こすところだった。


 すぐに解放を命じ、俺自身がダニエルらに謝罪したが、総督府法務部の統制官のベーベルなる若造が俺に文句を言ってきた。


『ダニエル・モーリスの酒造産業復興計画が失敗すれば、陛下から叱責されるのは我ら中部総督府なのです! それに陛下はモーリスに協力せよと命じられています! これは総督府だけでなく、軍も同様だと考えますが、元帥閣下はどうお考えか!』


 憤っているというより、軍の不手際を糾弾することで、総督府内での発言力を上げようという意図が透けて見えた。


『そのように怒鳴らずとも分かっている。今回は我が軍団の不手際だ。シュレーゲル総督には俺の方から謝罪しておく』


 俺の言葉にベーベルは満足そうな顔で帰っていった。


 後日分かったことだが、ベーベルは軍団の不手際を帝都に報告しただけでなく、自分が解放させたかのような報告書を送っていた。

 それが功を奏したのか、五月の上旬に皇帝陛下の秘書官となるべく、帝都に向かった。


 この事件のせいで旧皇国軍に対する追及を弱めざるを得なくなった。その結果、ただでさえ低かった兵の士気が更に下がってしまった。


(第三軍団がいるエーデルシュタインでも襲撃事件は頻発していると聞く。リヒトロット市の残党どもと繋がっていることは明らかなのだが……このままグライフトゥルム王国もしくはシュッツェハーゲン王国への侵攻が決まれば、グリューン河沿いで大きな妨害行動が起きるはずだ……)


 リヒトロット市とエーデルシュタイン市はグリューン河でほぼ繋がっている。グリューン河の水運を押さえる前は街道を使っていたが、現在では水運を使って穀物などを輸送しているため、輸送船に対する攻撃が本格化する可能性は否定できない。


(ラウシェンバッハに嵌められたようだな……兵たちの士気の低下だけでも何とかせねばならんが手がない……いっそのこと、グライフトゥルム王国軍が動いてくれれば、引き締めを図ることもできるのだが……)


 そんなことを考えていたら、王国軍が動いたらしいという情報が入ってきた。


「ヴィントムントから来た商人からの情報ですが、ラウシェンバッハ領から獣人族部隊が大量に南に向かったようです。正確な数は不明ですが、三千トンにも及ぶ食糧をヴァルケンカンプ市に輸送するよう王国軍から命じられたとのことですので、動いたこと自体は間違いないでしょう」


 三千トンと言えば、一万人の軍であれば百五十日分に相当する。


(少なくとも一万以上の軍が共和国に動いたということだ。法国との戦いではラウシェンバッハ領の獣人族部隊は一万五千を超えていた。ラウシェンバッハは我が国がシュッツェハーゲン王国に侵攻すると考えたようだな……そうなると、我が軍団は王国軍への牽制になる可能性が高い。決戦に参加したかったのだがな……)


 主たる戦場がシュッツェハーゲン王国のグラオザント城になるのであれば、グライフトゥルム王国は我が軍の後方を脅かすために、シュヴァーン河を渡ってリヒトロット市の奪還を目指す可能性がある。


 精鋭であるラウシェンバッハ領軍がいないとはいえ、国内が安定した今、五万人以上軍勢を動員することは難しくないはずだ。そうなると、我が軍団の倍近くになる。


 グラオザント方面にはラウシェンバッハが向かうだろうが、エッフェンベルクやイスターツといった若く優秀な将がいるから油断できない。


「帝都にこの情報を届けよ。ヴィントムントに商人を派遣し、情報収集に当たらせよ」


 俺はそう命じると、気持ちを高ぶらせた。


(残党どもと戦うより、勇将率いる王国軍と戦う方が性に合う。それに今の情報を受ければ、陛下がこちらを主戦場とする可能性は充分にあるのだ……)


 気持ちを切り替えると、俺は兵たちの様子を見に行った。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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