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新グライフトゥルム戦記~運命の王子と王国の守護者たち~  作者: 愛山 雄町
第七章:「疾風編」

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第二十一話「軍師、翻弄する策を提案する」

 統一暦一二一六年五月五日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王国軍本部内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵


 新生王国軍が発足してから一ヶ月ほど経った。

 新組織ということで細かな修正が行われたものの、大きなトラブルは起きていない。


 私は副司令長官兼総参謀長として、ゾルダート帝国の監視と謀略を行いつつ、新たに将官となった者たちへの研修を行っていた。


 特に国家戦略や外交関係については参加者がぐったりするほど長時間、細かな説明を行っている。一応士官学校でもこれらのことは教えていたが、基礎中の基礎しか教えていなかったためだ。


 また、マルクトホーフェン派が幅を利かせている時代は場当たり的な政治であったため、国家戦略と言えるようなものはなく、基本から教える必要があった。


 将官だけでなく、連隊長や上級参謀ら大佐も参加し始め、一人で教えるには厳しい状況になりつつある。早急に上級士官用の研修コースを作り、そこで教育を行わないと、私の負担が馬鹿にならない。


 帝国の状況については、参謀本部の情報部と叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の情報分析室から帝都やエーデルシュタインの情報が適宜入っている。そこから分かったことは、食料問題はあるものの、大規模な侵攻作戦が中止になることはないということだった。


 そんな状況の中、情報部長のギュンター・フォン・クラウゼン少将が私のところにやってきた。


「本日の十時頃、白狼宮にて発表がございました。大規模な侵攻作戦の準備として、第二軍団をエーデルシュタインに派遣するというものです。発表には侵攻先に関する情報はありません」


「食料不足を解消するための緊急措置だけではなさそうですね」


 私の言葉の意味を計りかねたのか、クラウゼンが疑問を口にした。


「それはどういう意味でしょうか?」


「もし食料不足を解消するためだけなら、我が国への侵攻作戦を大々的に発表し、兵たちに目標を与えて士気を上げるはずです。特にエーデルシュタインに駐留する第三軍団と旧リヒトロット皇国領に展開する第四軍団の兵士たちは長期にわたって帝都を離れていますから、不満が溜まっています。それを解消するためには目標を示した方がよいはずですが、あえてしていません。つまり、本格的に我が国かシュッツェハーゲン王国に侵攻するつもりで情報を隠蔽しているのでしょう」


「なるほど」


「引き続き情報収集をお願いします。特に物資の動きには注意を払うようにお願いします」


 私の指示を受けると、クラウゼンは命令を出すべく、足早に立ち去る。

 私はこの情報を司令長官であるラザファムに伝えるべく、彼の執務室に向かった。


 司令長官室に入ると人払いを行う。

 帝都に長距離通信の魔導具があることはトップシークレットであるためだ。


「帝都にいる第二軍団が動くみたいだ。皇帝は侵攻作戦を発動する気のようだね」


「食料輸送の問題を解決するためではなく、侵攻作戦を発動するか……目標と時期について、君はどう考えている?」


「難しいところだね。というより、皇帝自身も迷っているんじゃないかと思う」


「我が国に鉄槌を下したいが、シュヴァーン河がある。それに君がいる限り、見え透いた方法では帝国内に軍を進めないから決戦を挑めない。我が国に向けて無駄に軍を動かすくらいなら、シュッツェハーゲンに侵攻し、勝利を収めた方がいいが、その決断ができる材料がない。そんな感じか?」


「そうだね。だから、皇帝をもっと悩ませてはどうかと思っている」


 私の言葉にラザファムがニヤリと笑う。


「ヴァルケンカンプに遊撃軍を送り込むか」


「その通り」


 さすがによく分かっていると、私も笑みを浮かべて頷いた。


 遊撃軍はラウシェンバッハ領の義勇兵一万、エッフェンベルク領の義勇兵三千、突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)二千の計一万五千で構成される臨時編成の軍だ。


 ラウシェンバッハ領では実弟のヘルマンが、エッフェンベルク領では義弟のディートリヒが厳しい訓練を行っており、戦術を駆使する戦闘はともかく、行軍などの通常時の行動なら充分にできるようになったと報告を受けている。


「共和国軍との合同演習の噂は流してあるから、今動くことは不自然じゃない。だけど獣人族兵士が動いたと知れば、皇帝は迷うだろうね。我々がグラオザント方面にどこまで兵力をつぎ込むのかと」


「まだ報告はないが、そろそろシュッツェハーゲン王国でもグラオザント城付近の防衛拠点の建設を始めているはずだ。その情報もじきに入るだろうから、三ヶ国同盟軍を叩き潰すにはいい機会だと思うはずだ。だが、君がそんなありきたりの策を講じるはずがないと迷う。そう言うことだな」


 シュッツェハーゲン王国との軍事同盟については、王都に帰還後に公表している。

 私が笑みを浮かべて頷くと、ラザファムは立ち上がった。


「その方向で作戦を進めるよう、陛下に言上する。ヴァルケンカンプには私、イリス、ハルトが向かい、君がここに残ることを大々的に発表しよう」


「それがいいね。加えて、中央軍の第一、第二師団もラウシェンバッハにある演習場で大規模な演習を行うと発表すれば、我が軍がシュッツェハーゲンに大規模な軍を派遣するようにしか見えないはずだ」


 ラザファムは大きく頷く。


「では、参謀本部で作戦計画を作成してくれ。でき次第、陛下に言上し、御前会議にかける。ちなみに補給物資については、問題はないんだな?」


「旧皇国領から三千トンの穀物を手に入れ、ヴァルケンカンプ方面に送ってある。帝国の商人たちも遠い帝都に運ぶより、近い商都に運んだ方がいいと考えたようだからね」


 王国海軍の沿岸警備隊の小型帆船に黒獣猟兵団の兵士を乗せて商船を襲撃させている。

 この世界の海では乗員乗客を含め百人以上乗っている船は大型の魔獣(ウンティーア)に確実に襲われる。


 そのため、通常は安全マージンを考慮し、五十名以下に抑えることが多く、船員以外の兵士は最大でも二十名程度しかいない。(シャッテン)並みの身体能力を持つ黒獣猟兵団の精鋭が十人もいれば、簡単に制圧が可能だ。


 帝国船籍の商船を襲い、ヴィントムント市に向かわせて、積み荷を売らせた。しかし、安く買い叩いたわけでもなく、適正な価格で我が国が買い取っている。


 そのため、元々皇帝の命令で嫌々輸送を請け負っていた商人たちは、十分の一程度の航海でほぼ同程度の儲けが出たと喜んでいたほどだ。


 それなら最初から帝都ではなく、ヴィントムントに売ればいいのだが、皇帝にバレたら厳しく罰せられるし、それ以上に商都ヴィントムントでは帝国商人たちが商売をすることは難しい。


 商売が難しいのは、帝国商人が商人組合(ヘンドラーツンフト)に加盟していないことが大きい。


 組合の自治都市であるヴィントムントでは、組合に非加盟の商船は港湾使用料など多額の手数料を請求される。それだけではなく、全世界を股に掛ける組合所属の商人たちに足元を見られて買い叩かれる。


 しかし、今回は王国海軍が拿捕したということで、港湾使用料は無料だ。

 これは自治都市とはいえ、ヴィントムントは我が国の都市であり、軍に協力する義務があるためだ。


 更に積み荷は我が国が奪ったものであり、積み下ろしなどの費用は発生するものの、海千山千のヴィントムント商人に買い叩かれることはない。一方、我が国から適正な価格が支払われるため、帝国商人は大した利益ではないが、損をすることはなかった。


 適正な価格で購入していると言ったが、本来なら軍が動けば、穀物などの価格は上昇するので我が軍にとってもメリットはある。


 拿捕して奪ってしまえばタダだが、継続して運ばせる方が結果として穀物価格の上昇を抑えられ、軍費の節約にもなるので、このような少し面倒な方法にしたのだ。


 もちろん、商人組合(ヘンドラーツンフト)にも恩恵はある。モーリス商会は帝都での穀物価格高騰で大きな利益が得られるが、他の商会も在庫の強制的な放出や価格の高騰を防ぐことで、商売に影響が出ないというメリットがあるのだ。


 そんなこともあり、帝国商人たちはその後も出港するものの、王国海軍に自ら拿捕されにくる。


 無理に突破しようとしても難しいこともあるが、近場で利益が出せる上、戦争に巻き込まれたという理由で、帝都に到着できなくとも違約金が発生しないため、リスクがほとんどなく、船員たちを無駄に遊ばせておかなくてもいいためだ。


 そのため、既にのべ十隻分、約三千トンの穀物を手に入れているが、今後も増える見込みだ。


 ちなみに三千トンの穀物は一万五千人の兵士の百日分の主食に当たる。このまま行けば、王都やヴェヒターミュンデ城の備蓄分を使うことなく、食料を確保できるだろう。


「それにしても見事な策だな。帝都の食料危機を煽りつつ、帝国商人の弱みを握る。我が国に協力した事実を公表すると言われれば、帝国商人たちも君の言うことを聞かざるを得ないからな」


 それも狙っていた。

 既に帝国経済はモーリス商会が牛耳っているが、帝都の商人たちへの影響力を持てれば、更なる謀略に使えるからだ。


「商人を守るのは為政者の義務だからね。それを怠った皇帝が悪いということだよ」


 私はそう言って微笑んだ。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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