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第十七話「軍師、新たな役職に就任する」

 統一暦一二一六年四月一日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵


 今日から正式に新生王国軍が始動する。


 王都の西の草原に王国軍中央軍の兵士が並んでいる。

 その最前列に司令長官であるラザファムが立ち、私とイリスも軍上層部と共にその横に立つ。


 兵士たちは通常の装備ではなく、全員が軍服を身に纏っている。

 軍服は黒を基調としたもので、デザインは金髪の若き皇帝率いる某銀河帝国のものに似ている。但し、近衛連隊のみはデザインは同じであるものの白を基調としている。


 胸には銀色の糸で王国の鷲獅子(グライフ)の紋章が描かれ、肩には階級を表す金色の糸の装飾がある。階級が上の者の軍服の方が多少華美で複雑ではあるが、大将から最下級の兵士までデザインに極端な差はない。


 これまで王国軍には統一された軍服はなかった。式典などで着る礼装は各騎士団で統一されたものはあったが、隊長以上の指揮官しか持っていなかった。

 今回、それを改め、最下級の兵士にまで支給することにした。


 その目的は兵士たちに王国軍の正規兵であるという自覚を持たせるためで、非番の日に外出する際も可能な限り着用するように命じてある。

 軍服がかっこいいと若者が志願するようになるため、人材確保も狙っている。


 デザイン自体はスッキリとしたものだが、これまでにない斬新なもので、兵士たちはもちろん王都民たちの評判もいい。


 この軍服は全軍で十万着ほど作ることになる。現状では生産が追い付かず、中央軍のみが全数を受け取っている。他の方面軍には三年ほどかけて配備していくことになる。


 ちなみにこの軍服だが、初期分についてはほとんどコストが掛かっていない。

 理由はモーリス商会が独占するため、格安で落札したためだ。


 二十年という長期契約で毎年安定的な収入が得られるためだが、グランツフート共和国やゾルダート帝国に営業を掛けて、そこから回収するためと聞いている。もっともそれは口実で、私に対する好意が大きいと思っている。



 国王ジークフリートが演台に上がる。

 その後ろには軍務卿のヴィルヘルム・フォン・ノルトハウゼン伯爵が立っている。


 二人とも我々と同じ軍服を着ており、特に国王はこれまでの煌びやかな衣装とは異なり、貫禄のようなものを醸し出している。


『本日より正式に我がグライフトゥルム王国軍が発足した! エンデラント大陸で最も進んだ軍隊であり、我が国が誇る盾であり剣だ! 我が国はレヒト法国軍に勝利を収めたが、まだ脅威は去っていない! だが、諸君ら王国軍の精鋭が我が国の平和を守ってくれると私は信じてやまない! 我が期待に応えてくれるだろうか!』


 その言葉に全員が無言で敬礼し応える。

 この敬礼だが、黒獣猟兵団やラウシェンバッハ騎士団で行われていた右こぶしを胸に当てるもので、王国騎士団でもいつの間にか行われていたが、今回正式に採用された。


 国王は満足したと言うように頷いた。


『これより新たな軍の体制を発表する! ラザファム・フォン・エッフェンベルク大将!』


 そこでラザファムが一歩前に出る。


『王国軍司令長官として、卿に王国の軍権を預ける! 王国の平和のため、尽力することを期待する!』


『はっ! 陛下のご期待に背かぬことを誓います!』


 そう言って敬礼し、元の場所に戻る。


『マティアス・フォン・ラウシェンバッハ大将!』


 その言葉で一歩前に出る。


『副司令長官として、そして総参謀長として、エッフェンベルク大将を援けよ!』


『はっ!』


 そう言って敬礼し、元の場所に戻る。

 今回、私は王国軍のナンバーツー、副司令長官に就任した。更に総参謀長も兼任する。


 私個人の思いとしては司令官より参謀向きだと考えているのだが、軍を分ける時に私が指揮した方がいいとラザファムたちが主張したため、このような形になった。


 ちなみに国王特別顧問も兼任する。

 兼任ばかりで本来は望ましくないのだが、人材が少ないため、当面は仕方がないと諦めている。


『ヴィンフリート・フォン・グライナー中将! 卿に中央軍第一師団を預ける!』


 前任の総参謀長グライナー男爵は王国騎士団が母体の第一師団長に就任する。

 グライナーは作戦部長から総参謀長になった参謀畑の人間だが、元々指揮官向きの人材だった。彼自身、指揮官を志望しており、念願が叶った形だ。


 グライナー中将に続き、第二師団長のディートリヒ・フォン・ラムザウアー中将、第三師団長アルトゥール・フォン・グレーフェンベルク中将と続く。

 全体に二十代から三十代が多く、軍の中枢を担う割には非常に若い。


『イリス・フォン・ラウシェンバッハ中将!』


 妻が呼ばれた。

 彼女も私たちと同じ軍服姿だ。


『卿に即応機動軍司令官を命じる!』


『はっ! 承りました!』


 イリスが敬礼しながら答えるが、疑問を持っている者が多いのか、会場が少しざわめいていた。

 国王はそれを察したのか、簡単な説明を行った。


『即応機動軍は臨時で編成される軍の総称だ。現状ではラウシェンバッハ領やエッフェンベルク領の義勇兵団だと考えればよい』


 その言葉に兵たちが納得する。

 国王の説明の通り、即応機動軍司令官は獣人族義勇兵を指揮するための役職だ。そのため、平時には指揮する軍は持たず、参謀本部の参謀として働く。


 但し、即応機動軍の司令部の幕僚と連隊長は平時でも彼女の指揮下に入っている。これは有事に際し、即応機動軍の指揮命令系統を早期に構築するための措置だ。


 ちなみに即応機動軍の構成員は妻を除けば、幕僚や連隊長を含めすべて獣人族だ。これは機動軍という名の通り、強靭な体力に任せて進軍するためで、将来的には司令官も獣人族になるだろう。



 その後、少将以下の人事が発表された。

 少将は旅団長、参謀本部の各部長、師団副司令官と参謀長だ。

 参謀本部の各部長は王国騎士団時代と変わらない。


 中央軍には補給と支援を主とする第一旅団が配置されるが、旅団長はイリスが兼務する。これはまだ編成が終わっていないためだ。


 第二師団の副師団長には士官学校の戦術科で講師を務めていたクリスティン・ゲゼル少将が就任している。


 また、近衛連隊長にアレクサンダー・ハルフォーフが就任し、少将の階級を与えられた。本来連隊長の階級は大佐だが、国王の最後の盾となる近衛連隊ということで他の連隊に命令が可能な少将とした。


 他の師団の副師団長と参謀長、連隊長には若手が抜擢されている。

 具体的には“世紀末組(エンデフンダート)”と呼ばれる私の同期やその下の世代だ。


 彼らの多くが私との関係を考えたマルクトホーフェンによって軍の中枢から排除されていた。マルクトホーフェンの失脚を機に王国軍に復帰している。


 少将以上の者の発表の後、ラザファムから訓示があり、発足式は終わった。


 私たちは元騎士団本部、現在の王国軍本部に入る。

 司令長官室に中将以上の者と軍務卿のヴィルヘルムが集まった。ちなみにヴィルヘルムも中将の階級が与えられ、王国軍司令部にも席はある。


「ここにいる者はこれまで一緒に戦ってきた仲間だ。堅苦しい挨拶は抜きにしたい」


 ラザファムが軍服の襟元を緩めながら応接用のソファに座る。


「そうね。公式の場でなければ、今まで通りの呼び方、話し方でいきたいわ。マティ、それでいいでしょ」


 ラザファムと同じようにソファで寛ぐ妻の言葉に頷く。


「私もその方がいいと思う。我々の強みは何といっても互いを信頼していることだ。これまでの騎士団では上や周囲に気を使う必要があったが、このメンバーなら何でも言い合える。この雰囲気は壊したくないね」


 ラザファム、イリス、ディートリヒは家族だし、ヴィルヘルムやアルトゥールは昔から知っている親戚のようなものだ。ヴィンフリートは私たちより八歳年上だが、私の部下であったこともあり、気心は知れている。


「そう言ってもらえると嬉しいですけど、私にここにいる資格があるのかと思ってしまいますよ」


 最年少のアルトゥールがそう言って苦笑いを浮かべている。

 彼は私より十一歳年下の二十二歳だ。


 中将という地位にしては若過ぎるが、ヴォルフタール渓谷の戦いの後、敗走する王国騎士団を守りながら見事な撤退戦を行っているし、その後のマルクトホーフェン派との戦いでも混成部隊を指揮して王宮の包囲を堅実に行っており、実力は充分にある。


「それを言ったら私の方が資格はないな。総参謀長として王国騎士団の敗北を防げなかっただけでなく、指揮の経験も少ないのだから」


 ヴィンフリートがそう言って卑下する。

 ラザファムが二人の意見を否定する。


「アルトゥールもヴィンフリートもここにいる資格は充分にある。二人ともマティの作戦に対応できるだけの力量があるのだからな」


「そうよ。経験が豊富でもこの人の作戦を理解できなければ、王国軍は機能しないわ。特にこれから広範囲での戦いになるはず。司令部からの命令ではなく、目的に対して最適な戦術を実行できるかが重要なの。言っては悪いけど、前王国騎士団長や法務卿のような人よりあなたたちの方が何十倍も望ましいのよ」


 妻は頭が固く融通の利かなかった前王国騎士団長マンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵や第三騎士団長だったベネディクト・フォン・シュッタットフェルト伯爵のことを持ち出した。


 実際、ホイジンガー伯爵ではなく、ラザファムが王国騎士団長であったなら、北方教会領軍との戦いで国王が戦死するような事態にはならなかっただろう。


「いずれにしても二人には期待していますよ。ヴィンフリート殿は視野が広いですし、アルトゥールの粘り強さは王国軍一だと思っていますから」


 私の言葉にヴィルヘルムが頷く。


「確かにその通りだと思う。だが、羨ましい限りだ。マティアス先輩にここまで評価されているのだからな」


「ヴィルヘルムにも期待しているよ。私たちが出陣した後、陛下のお傍で軍に対する支援をしてもらうのだからね」


「それを言わないでくださいよ。俺が一番苦手な分野なんですよ。今でも宰相や財務卿と予算の話をするのは胃が痛くて嫌なんですから」


 そう言って苦笑している。


「いずれにしても近い将来、帝国と戦うことになる。ここにいる者が力を合わせれば、皇帝の野望を打ち砕くことも不可能じゃないと思っている。みんなの力を貸してほしい」


 ラザファムの真摯な言葉に全員が頷いていた。


 こうして新たに生まれ変わった王国軍は始動した。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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