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第十六話「モーリス兄弟、総督府の役人を翻弄する:後編」

 統一暦一二一六年三月十七日。

 ゾルダート帝国中部リヒトロット市、モーリス商会リヒトロット支店内。ダニエル・モーリス


 ラウシェンバッハ領の酒造職人と兄フレディと共にリヒトロット市の西にある蒸留所の視察を行った。


 視察した蒸留所は一度閉鎖されたところで、老朽化した施設を最新にものに更新したところだったが、職人たちの表情は暗かった。


『設備だけよくしても、人がおらんのでは話ならんな』


『ベテランもだが、若い連中がおらんのが致命的だ。これでは立ち上げるだけでも五年は掛かるぞ』


 そんな話が出ていた。


 視察中、総督府軍や第四軍団の兵士の姿がちらほらと見えたが、露骨に邪魔をすることはなく、無事に視察を終える。


 リヒトロット市に戻り、モーリス商会の支店に入った。


 兄と二人だけになったところで話を始める。

 兄は視察中に浮かべていた笑みを消し、呆れたような表情を浮かべた。


「酷いものだな、帝国の官僚たちは」


 出発前に現れた総督府の産業振興部のハンス・ゲルト・カーフェンと財務部のコンラート・ランゲのことを思い出したようだ。

 兄の言葉に苦笑を浮かべて答える。


「そうだね。あの程度でエリートと呼ばれて重職に就いているんだ。皇帝が私を内務尚書に誘う理由がよく分かるよ」


「だが、あの連中を皇帝に推薦するのはまずいな。我々が混乱させようと送り込んだと思われかねない」


 兄の懸念は理解できる。しかし、そのことは考えてあった。


モーリス商会(うち)に依存させればいいと思っている。こちらからある程度入れ知恵してやれば、皇帝も仕事ができると誤解してくれる。あの性格と能力ならこちらが支援をやめれば、すぐに馬脚をあらわすから排除は簡単だしね」


「マティアス様が以前ヴィージンガーに使った手か」


 マルクトホーフェン侯爵が特使として帝国に赴いた際、マティアス様は侯爵の腹心であるヴィージンガーに想定問答集を密かに与えた。そのため、マルクトホーフェンはヴィージンガーの能力を過大に評価し、信任し始めた。


 その結果、マティアス様の策に後手に回り続け、最後には破滅した。その策と同じことをやろうと考えている。


「その通りだよ。彼らの評価が高まれば、皇帝も側近に取り立てる。皇帝のすぐ傍に情報源があれば便利だからね」


 叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の情報分析室の諜報員は帝都に多く潜入しているが、皇宮内にはほとんどいない。これはマティアス様が(シャッテン)の安全を考えたためだが、それを補う情報源があればいいと思ったのだ。


「そのことについてはマティアス様に相談する。情報分析室の諜報員の安全にも関係するからな。とりあえず、父さんには候補者のことを説明しておく。どうするかはマティアス様と父さんの判断に委ねよう」


 兄は私が攻め過ぎだと思ったようだ。

 兄の言葉で私自身、少し逸ったかもしれないと反省する。


「確かにその方がいいかもしれない」


 この後、兄と今後について話をした。


「あの二人に加えて、法務部の統制官ヨハン・ベーベルも候補としたい」


 ベーベルは兄が拘束された際、対処した官僚だ。


「私もそれでいいと思うが、念のため理由を聞かせてくれ」


「あれから調べてみたんだけど、ベーベルはカーフェンたちより一年後輩だそうだ。但し、大学での成績は平凡で最初から中部総督府に配属されているから、出世コースにいるとは見られていない。ただ頭の回転は悪くなく、人に取り入るのが上手いそうだよ。皇帝ならこういった人物に興味を持つんじゃないかと思って候補とした」


「確かに頭の回転は悪くなさそうだし、虚栄心も強そうだった。カーフェンとランゲが失敗しても彼なら上手く立ち回りそうだと私も思ったな。だが、化ける恐れはないか? 優秀な人材を送り込むことにならなければいいが」


「その点は問題ないよ。小器用なだけで基礎的な知識は持っていない。今から真面目に努力すれば、二十年後に化ける可能性はあるけど、彼の性格を考えれば、楽な道を選ぶはずだ」


 ベーベルは候補として考えてから詳しく調べたので自信はある。


「お前がそこまで調べているなら問題ないだろう。彼にも商会から支援を行うのか?」


「当面はやらない方がいいだろうね。こちらの駒にするなら、決定的な弱みを握った後じゃないと、寝首を掻かれかねないから」


 ベーベルは人を利用することしか考えていない。そのため、我々を切り捨てた方が自分に有利になると考えれば、簡単に裏切るはずだ。


「分かった。とりあえず、この三人でいいだろう。マティアス様と父さんに相談するから、お前の持っている情報をもう少し詳しく教えてくれ」


 それから二人で深夜まで話し合った。


■■■


 統一暦一二一六年三月十七日。

 ゾルダート帝国中部リヒトロット市、モーリス商会リヒトロット支店内。フレディ・モーリス


 弟ダニエルとの話し合いが終わり、私に与えられた寝室に入る。


(ラウシェンバッハ領の酒造職人の件は計画通りに行きそうだ。総督府軍と第四軍団の間に大きな溝があるからな。マティアス様の評判が高まれば高まるほど、どちらかが暴走するだろう……)


 今のところ、露骨な妨害はないが、マティアス様が旧皇国領の民に同情的し、敵国に利することになるが、職人たちを派遣したという話が広まっている。これはダニエルが積極的に広めたものだ。


 それに加え、別の噂も流れ始めている。

 それはエルミラ殿下を救出したのはマティアス様で、皇国復活のための遠大な計画の一部ではないかというものだ。


 この噂については、我々は関与していない。マティアス様が独自に流されたのか、帝国側が勝手に反応したのかは不明だが、“千里眼(アルヴィスンハイト)”の異名を持つマティアス様なら充分にあり得ると考えている者が多いことは事実だ。


(それにしても旧皇国領は年々悪くなっていくな。三年半前に初めてここを訪れた時の方がまだ活気があった。経済的な困窮が人心を荒廃させるとマティアス様から学んだが、まさにその通りだな……)


 そして、弟ダニエルのことを考え始める。


(ダニエルは私より有能だが、積極的過ぎる点が気になるな。若手官僚を推薦する策は自然体の方が成功しやすいのだが、更なる効果を狙って攻め過ぎている感がある。一応釘を刺したが、情報分析室の方に目を離さないようにお願いした方がよさそうだ……)


 翌日、モーリス商会のリヒトロット支店に駐在する情報分析室所属の(シャッテン)にそのことを頼んだ。


 もちろん弟には内緒だ。

 弟も無能ではないし、私の助言を受けて軌道修正するはずだ。それでもまだ行き過ぎるようなら、私か父に連絡を入れてもらい、無理をするなと伝える。恐らくそれで十分なはずだ。


 更に二日間リヒトロット市に滞在し、情報を収集した。

 ジークフリート陛下とエルミラ殿下の婚約の話とマティアス様が同情的だという話が更に広まり、旧皇国領の人々がグライフトゥルム王国に心を寄せ始めているという情報が入った。


 また、総督府軍と第四軍団の確執も徐々に強まっており、この情報が帝都に届けば、皇帝も頭を抱えることだろう。


 三月二十日、私は予定通りにエーデルシュタイン市に向けて出発する。

 グリューン河の船着き場にダニエルが見送りに来てくれた。


「エーデルシュタインから南に向かうそうだけど気を付けて。それから父さんにもよろしく伝えてほしい」


「分かった。お前の方も無理はするなよ」


 私の言葉に弟は真剣な表情で頷いた。


 エーデルシュタインまではグリューン河と陸路を使うことになる。陸路も帝国軍の軍用道路にもなっている北公路(ノルトシュトラーセ)であり、治安も良好で、三月二十七日に到着した。


 エーデルシュタインの支店に入ると、すぐに長距離通信の魔導具を使い、父に状況を報告した。父もダニエルのことが気になっていたのか、対応すると言ってくれた。


 また、マティアス様にも報告したが、父の判断に任せるとおっしゃってくださった。父への信頼の厚さに少し嫉妬したが、まだまだ至らないのだと思い直す。


 四月一日、エーデルシュタインで情報収集を行った私は、新たな街道に馬車を進めていった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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