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第二十四話「第三王子、友の再会を羨む」

 統一暦一二一五年三月十九日。

 グライフトゥルム王国南東部ラウシェンバッハ子爵領、騎士団駐屯地。第三王子ジークフリート


 マティアス卿と別れてから三週間ほど経った。

 毎日、ラウシェンバッハ騎士団の駐屯地で演習に参加しているが、自分の不甲斐なさが嫌になり始めている。


 十日ほど前にハルトムート・イスターツ将軍が駐屯地に入り、獣人族(セリアンスロープ)たちの訓練は更に激しさを増した。


 ハルトムート卿は豪放磊落を絵に描いたような武人で、獣人たちとの付き合いも長く、友人のような気安さで接していた。しかし、訓練では口調や態度こそ変わらないものの、彼が要求するレベルに達していないと、何度でもやり直しを命じている。


突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)の本領は突破力だ! 今のお前たちでは法国軍の中隊すら突破できんぞ!」


 突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)は新たに編成された獣人族自警団の部隊名だ。

 獣人族の特性を生かした強力な攻撃力を持つ部隊という意味で、獣人族の中でも特に戦闘力が高い者たちで構成されている。


 元々精鋭の(シュヴァルツェ)(ベスティエン)猟兵団(イエーガートルッペ)やラウシェンバッハ騎士団に選抜されなかった者たちが自警団員になっているそうなので、戦闘力が高いという説明に疑問を持った。そのため、イリス卿に聞いている。


『黒獣猟兵団とラウシェンバッハ騎士団に精鋭が集められていると思ったのだが?』


『戦闘力だけでは精鋭とは言えませんよ』


 その言葉でもピンと来なかった。


『そうなのか? 強い兵士が精鋭だと思っていたのだが?』


『個人であれば、強ければ強いほどいいでしょう。ですが、軍は集団で戦うのです。集団戦では個々の強さより、集団としての強さを優先します』


『つまり、集団戦で能力を発揮できる者が猟兵団や騎士団に入っているということか?』


『そこまで単純ではありません。黒獣猟兵団は護衛が主な任務です。護衛対象を守るという点で最良の者が選ばれています。一方、ラウシェンバッハ騎士団は小隊単位から騎士団単位まで様々な規模の戦闘に耐えられる者が選ばれています』


 目的に合った戦いができるということが強い軍の条件ということだと理解したが、そうなると突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)は何なのかということが疑問になる。


『つまり、状況に応じて対応できる兵が猟兵団や騎士団に入っているということか。なら、突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)はどう考えればいいのだろうか?』


『彼らは個性が強すぎて集団行動が苦手な者たちです。その代わり、個々の戦闘力はずば抜けていますから、何も考えずに敵を撃破するというだけなら、最強の部隊と言えます。使い方は難しいですが、上手く嵌まれば、戦局をひっくり返すことができる切り札ですね。マティはそれを期待して編成し、ハルトに指揮を任せたんですよ』


 説明を聞いてようやく理解できた。


 指揮官のハルトムート卿だが、マティアス卿やイリス卿が手放しで褒めるだけあって、あっという間に突撃兵旅団を掌握した。


 イリス卿と一緒に間近で見ていたが、どうやって彼らの心を掴んだのかすら、私には理解できなかった。


『ハルトは昔から兵士の心を掴むのが上手いですから。マティや兄ですら、不思議だといっているくらいなので、気にしなくてもいいと思いますよ』


 イリス卿はそう言って慰めてくれた。


 そのハルトムート卿だが、すぐに打ち解けられている。


『マティとラズとイリスが師匠ですか。大変そうですね』


 最初に笑いながら話しかけてきてくれた。


『三人とも私にはもったいない師だ。彼らに加え、卿にも私の師となってほしいのだが』


『俺がですか? 俺に教えられることなんてありませんよ! 指揮も戦術も戦略も三人の方がよっぽど優秀なんですから』


『ラザファム卿も指揮ではハルトムート卿に負けると言っていた。マティアス卿も同じようなことを言っている。私は狭い世界でしか生きてこなかった。できれば、いろいろな人から学びたいと思っている。よろしく頼む』


 そう言って頭を下げると、ハルトムート卿は慌てていた。


『王族の方に頭を下げさせたなんて知られたら大変なことになりますよ! イリス、笑っていないでなんとかしろよ!』


『難しく考えなくてもいいと思うわよ。あなたの経験を殿下にお話ししたらいいと思うわ』


『そんなことでよければ』


 こうしてハルトムート卿も私の師となってくれたが、未だに指揮とは何かすら理解できず、落ち込んでいる。


 そして、今日の夕方、懐かしい顔が見られた。

 ラザファム卿がエッフェンベルク騎士団と共にラウシェンバッハに到着したのだ。


 一月の初旬にネーベルタール城を出発して以来だから、二ヶ月半ぶりの再会だ。

 しかし、旧友たちの再会を優先し、私は離れた場所で彼らを見ていた。


「元気そうだな!」


 ハルトムート卿がラザファム卿の肩をバンと叩き、それからハグをする。


「相変わらずだな、ハルトは。お前も元気そうで何よりだ。イリスも変わりなさそうだな」


「ええ。兄様も元気そうでよかったわ。マティがいたら全員での再会だったのだけど」


 ラザファム卿とイリス卿が会うのは四年ぶりだそうだ。ハルトムート卿は更に長く会っていないらしいが、三人からはそんな時間の経過は感じられなかった。


「ジークフリート殿下もいらっしゃるわよ」


 イリス卿の言葉で私も彼らのところに向かう。


「ずいぶんと顔つきが変わりましたね」


 ラザファム卿が優しい笑みでそう言ってきた。


「そうかな? 自分では分からないが」


「以前より落ち着きが増したと言いますか、思慮深くなったように見えます」


「その言い方じゃ、以前の殿下が考えなしみたいに聞こえるわよ」


 イリス卿が口を尖らせている。


「そう言うつもりはないのだが……マティアスから学ぶところが多かったようですね」


「ああ、マティアス卿が千里眼(アルヴィスンハイト)と呼ばれている理由を垣間見た気がするよ。そのお陰で私も少しは考えないといけないと思うようになった。ただ、まだまだ全然ダメだがな」


 久しぶりに家族にも等しいラザファム卿に会ったためか、愚痴がこぼれる。


「殿下の歳でそこまで考えられるなら充分だと思いますがね。俺なんか、高等部に入ってから毎日マティに教えてもらっても全然成長しませんでしたから」


 ハルトムート卿がそう言って笑いを誘う。


「確かに最初の一年はほとんどハルトに彼を取られたわね。そう考えると、殿下はこの短い期間でよくやっていると思います」


 イリス卿の言葉にラザファム卿が頷く。


「今は焦る時ではありません。まずは共和国への援軍でしっかりと戦いというものを学びましょう」


 三人の心遣いに涙が出そうになる。


「そうだな。これからもよろしく頼む」


 そう言って頭を下げた。


 その夜、エッフェンベルク騎士団の歓迎会が行われた。

 ラウシェンバッハ騎士団とエッフェンベルク騎士団は定期的に交流しているようで、駐屯地では和気藹々とした雰囲気だった。


「そう言えば、五千人と聞いているけど、エッフェンベルク騎士団の定員は変わっていなかったはず。義勇兵が含まれているの?」


 イリス卿の言葉にラザファム卿が頷く。


「獣人族の義勇兵を千五百ほど連れてきた。マティが法国と戦うなら是非とも連れていってくれと懇願されたこともあるが、西が危険だと聞いた。ならば、できる限りの戦力を投入して早期に王国に戻った方がいいと判断した。もっともこれ以上は兵站に負担が掛かるから諦めたが」


「獣人族が二千。ラウシェンバッハ軍と合わせると、九千人の獣人族部隊か。ケンプフェルト元帥閣下の中央機動軍と合わせれば、負ける要素は見当たらないな」


 ハルトムート卿が好戦的な表情で笑う。


「作戦次第だろうが、ハルトの意見に賛成だな。共和国と法国の国境付近は複雑な地形じゃないが、やりようはいくらでもあるからな」


 ラザファム卿の言葉にイリス卿が頷く。


「既に(シャッテン)を派遣して地図の作製を始めているわ。通信の魔導具もあるだけ全部持っていくし、今回も罠に掛けることもできるはず……そうなると、ハルトの部隊、突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)がカギになりそうね」


「イリス卿には考えがあるのだろうか?」


「今回、マティが突撃兵旅団を編成した理由を考えていたんです。まだはっきりとは分かりませんが、わざわざ攻撃力に特化した部隊を編成し、ハルトに任せたということは重要な局面で使うつもりがあるということでしょうから」


「それはありそうだな。法国軍もケンプフェルト閣下や我々のことは調べているだろうが、新たに編成した部隊までは把握できない。マティのことだから、敵の指揮官の心理的な隙を突くような策を考えていそうだ」


 ラザファム卿がそういうとイリス卿とハルトムート卿も頷いていた。


 彼らの話を聞きながら、羨ましいと思っていた。


(マティアス卿を含め、強い絆で結ばれている。私にもそのような仲間ができるのだろうか……)


 二日後の三月二十一日、我々はグランツフート共和国に向けて出発した。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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― 新着の感想 ―
デバフ付与はやっぱりされてるんですね
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