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第十二話「軍師、御前会議で画策する:後編」

 統一暦一二一六年三月一日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵


 対帝国戦略について御前会議で話し合っている。

 王国軍司令長官であるラザファムがシュッツェハーゲン王国支援の策を説明した。

 出席者の理解を得られたところで、王国の防衛計画の説明に移る。


「シュヴァーン河方面ですが、増水期である十月頃までは水軍による防衛を基本とします。但し、帝国軍に今以上に動きが見えた場合は、中央軍と北部方面軍をヴェヒターミュンデ城に派遣した上で、東部方面軍第二師団、通称ラウシェンバッハ師団の偵察大隊を帝国領に潜入させ、帝国側の危機感を煽ります」


 中央軍は王都を中心とした軍で元王国騎士団と元エッフェンベルク騎士団で構成され、定員は一万五千だ。但し、現状ではレヒト法国との戦闘で王国騎士団が大きな被害を出しており、実働戦力は定数の半数程度、八千ほどしかない。


 北部方面軍はノルトハウゼン騎士団とグリュンタール騎士団が母体で五千ほどの兵力となる。


 これにヴァルケンカンプ市に派遣する東部方面軍第二旅団、通称突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)二千を除く東部方面軍一万三千が加われば、二万六千の兵力となる。

 シュヴァーン河という天然の要害がある以上、防衛力としては充分だろう。


 軍務卿のヴィルヘルム・フォン・ノルトハウゼン伯爵が発言する。


「中央軍はともかく、北部方面軍を送り込むには時間が掛かると思いますが?」


「その点は問題ない。帝国軍が帝都を発ったという情報を得てからでも、充分に間に合うからだ」


 財務卿のオイゲン・フォン・オーレンドルフ伯爵が発言する。


「西部方面軍以外のほぼ全軍を動かすことになるが、帝国軍の動きを見てから撤退するまでの期間となると、最低でも半年は掛かる。共和国からの協力金が入るから財政面はある程度余裕はあるが、物資、特に食糧の調達が厳しいと思うのだが?」


 レヒト法国との戦争でグランツフート共和国を救援したことから、二十億組合(ツンフト)マルク、日本円に換算すると二千億円ほどが贈られることになっている。この額は王国の年間予算の八割ほどに達するため、財政的には余裕があった。


 しかし、昨年のレヒト法国との戦い、マルクトホーフェン侯爵による内乱と大規模な戦闘が続き、備蓄してあった物資は一旦底を突いた。


 昨年秋の収穫期に多少は回復しているものの、万全とは言い難い状況で再び大規模な軍事作戦を行えば、帝国と同じように物価高騰を招く恐れがあった。


 ラザファムから私に目で合図があった。

 私が発言を求めると、宰相であるマルクス・フォン・レベンスブルク侯爵が頷いた。


「ではラウシェンバッハ伯爵から説明してくれ」


「財務卿のご指摘の通り、物資については非常に厳しい状況です。ですので、ある策を考えております……」


 その策を説明すると、御前会議の出席者から驚きの声が上がる。

 特に生真面目な法務卿、ベネディクト・フォン・シュッタットフェルト伯爵は首を横に振り、呆れたような表情を浮かべていた。


「相変わらず驚くべきことを考えるものだな」


 シュッタットフェルト伯爵の言葉に笑みを返すが、私としてはそれほど奇をてらったものではないと思っている。

 そこでラザファムが引き取る。


「この他にも策は考えておりますが、帝国軍の動きに臨機応変に対応させる必要がありますので、軍としてはヴァルケンカンプ市への獣人族部隊の派遣のみを承認いただければと考えております」


 宰相が更に発言を求めたが、特に意見は出なかったため、国王が承認する。


「軍の方針についてはこれでよいが、帝国に関して注意すべきことは他にないのだろうか。マティアス卿、どうだろうか?」


「ございます」


「それは何だろうか?」


 一応国王には話してあるが、そう言って先を促してきた。


「エルミラ殿下のご生存を公表したことにも関係しますが、旧皇国領の民衆が暴発した場合、皇帝マクシミリアンがそれを利用して、旧皇国軍の非正規部隊を狩りだす可能性がございます」


「何となく分かるが、具体的にはどういうことだろうか?」


「暴動が起きた場合、民衆の指導的な立場にある人物を捕らえ、処刑すると公表するのです。旧皇国軍は民衆の支持を失わないよう、救出作戦を実行しなければならなくなります」


「なるほど。救出作戦を実行させて一網打尽にするということか……イリス卿、卿ならどう対応するのか聞かせてくれないか」


 国王はあえて私ではなく、イリスに話を振った。

 これはイリスを重職に就けるための布石だ。

 女性元帥まで輩出しているゾルダート帝国に比べ、我が国では女性の将や重臣は非常に少ない。


 閣僚の中にイリスを否定的に見る者はいないし、軍内に彼女を侮る者はいないが、貴族や官僚の中には私の妻というだけで重用されていると思っている者が一定数いる。


 御前会議の内容は公開されないが、彼女が発言したことを閣僚から官僚たちに伝えてもらおうと考えたのだ。


「お答えいたします。リヒトロット市周辺であれば、モーリス商会の力を使って不当な逮捕、処刑を防ぐから軽挙妄動は控えるようにと旧皇国軍の指揮官を説得いたします。そのための布石は既に打っておりますので、成功する可能性は高いでしょう」


「ダニエル・モーリスを使うということか……」


 ダニエルが旧皇国領の酒造産業の復興計画を実行していることは、閣僚たちには報告してある。下手に騒がれて、彼らの策を無にしないためだ。

 そのため、国王の呟きに納得した表情の者が多い。


「リヒトロット市周辺以外ではどうするのだろうか?」


「情報部の諜報員を使い、旧皇国領全体に噂を流して民衆を煽ります。その噂には非正規部隊が大規模な作戦を計画しているということも入れておきます。その上で非正規部隊の指揮官に繋ぎを付け、動かないように指示を出します」


「民衆を煽れば、暴動が大きくなり、帝国軍が鎮圧に動くのではないか? そこで動かねば、民衆は旧皇国軍に対して不満を抱くと思うのだが?」


「この時期でなければ、陛下のおっしゃる通りでしょう。ですが、皇帝マクシミリアンは現在大規模な侵攻作戦を実行しようとしております。このタイミングで大規模な暴動が起きれば、侵攻作戦に影響が出ます。合理的な皇帝なら、逆に暴動が起きないよう沈静化を命じるはずです」


「なるほど。実際に暴動が起きそうだと危機感を抱かせ、帝国自身に鎮めさせる。当然、民衆を懐柔する策に出るから、旧皇国軍を一網打尽にする策は無効になるということか」


 皇帝としては侵攻作戦の成功を第一に考える。これに失敗すれば、自身の権力基盤に綻びが出かねないからだ。一方、後方撹乱戦術は鬱陶しいものの、護衛を適切に配置しておけば、大きな被害は出ない。合理的な皇帝なら、自身が始めたとしてもすぐに取りやめるはずだ。


「先ほど夫は皇帝が旧皇国軍の非正規部隊を引きずり出す策を行う可能性があると言いました。しかし、私はその可能性は限りなく低いと考えています」


 私の指摘を真っ向から否定してきた。もっともこれもシナリオ通りだ。

 イリスは私の代弁者という印象を持たれている。実際にはそんなことはないのだが、古い価値観の持ち主は事実から目を逸らしているためだ。


 この出来レースを知っているのは私とイリス、そしてジークフリート王だけであり、今の発言にラザファムですら驚いていた。


「現在の皇帝にとって最も重要なことは帝都民と帝国軍兵士の支持を維持することです。民には安定的な食糧の供給、兵士には大勝利を与えることが重要ですから、自らの足を引っ張るような策を実行することはあり得ません」


「イリス卿の言う通りだな。マティアス卿、一本取られたな」


 ジークフリート王がそう言って笑う。


「妻の考えの方が正しいようです。但し、総督府の役人はそこまで考えませんから、旧皇国軍の指揮官に連絡を入れておいた方がよいでしょう」


 その後、レヒト法国に対する策などについても話し合い、概ね私の考え通りとなった。


 会議が終わり、私の執務室にイリスがやってきた。


「兄様まで驚くとは思っていなかったわ。それにしても面倒なことね」


 そう言って苦笑するが、すぐに表情を硬くする。


「これがバレたら大変なことになるわ。私とあなたで国政を牛耳るために画策しているようにしか見えないもの」


 彼女の言う通り、バレれば大変なことになる。

 それでも危ない橋を渡ったのは、彼女をシュッツェハーゲン王国方面軍の司令官の一人としたいためだ。


 最初は参謀になってもらおうと考えたが、総司令官はラザファムになるから、前線指揮官はハルトムート一人になってしまう。


 通常の普人族部隊であれば、他に候補がいないわけではないが、獣人族部隊を指揮できる人物は非常に少ない。


 ラザファムの本隊としてエッフェンベルク侯爵領の義勇兵三千を当てるにしても、残りの一万二千の兵をハルトムート一人で指揮することになり、現実的ではない。


 イリスに半数の六千を率いらせれば、王国軍の一個師団規模になるから、バランス的には悪くない。


 しかし、彼女には十年ほど前に黒獣猟兵団を率いて斥候狩りをした経験はあるものの、大規模な実戦部隊の指揮官としての実績は昨年のレヒト法国軍との戦いだけだ。


 それもハルトムートと一緒に軍を指揮しているため、いきなり六千の兵の司令官に抜擢すれば、貴族の中から反発の声が上がる可能性が高い。

 それを抑えるために御前会議を利用させてもらったのだ。


 貴族の反発だが、マルクトホーフェン侯爵が国政を牛耳っていた時代と異なり、国王に権力が集中しているため、以前ほど気にする必要はない。


 しかし、問題が起きた場合、若い国王が私たち四人に過度に依存しているという話になりかねず、その後の国政改革にも支障をきたしかねないと考えたのだ。


「面倒だけど、一つずつ実績を積み重ねて信頼を得るしかないよ」


 そう言って私は肩を竦めた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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