第十一話「軍師、御前会議で画策する:前編」
統一暦一二一六年三月一日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、王宮内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
王都に帰還してから不在中の懸案などを確認したが、特に大きな問題はなかった。但し、対法国戦略や対帝国戦略については聖都に行く前と微妙に変わっており、その修正などを行っている。
本日、ジークフリート王とエルミラ皇女との婚約が発表された。
その際、旧リヒトロット皇国の復活を目指すことも発表されている。
国王は演説を行うため、王宮前の城門に立つ。
その横にはエルミラ皇女が国王に寄り添うように立っていた。
『……我が妻となるエルミラ・リヒトロットは皇王テオドール九世陛下の四女であり、唯一の皇位継承権保有者である。その彼女を娶るということは帝国との戦いがより厳しくなることを意味する。諸君らの中には帝国の矛先が我が国に向くと考え、反対する者もいるかもしれない……』
ここまでは冷静な語り口だった。
しかし、国王は強い口調で民衆に訴えた。
『しかし、我が国と皇国は長きにわたって盟友であったのだ! 皇国の民が帝国の圧政に苦しんでいると聞く! それは将来の我が国の姿かもしれない! 私は皇国の民と力を合わせ、帝国に対抗する必要があると考えている! この考えは間違っているだろうか!』
その言葉に多くの市民が“違う!”と叫ぶ。
『ありがとう! 帝国の国力、そして軍事力は強大だ。我が国だけで防ぐことは我が四翼をもってしても難しい。私は帝国に抵抗するすべての者の力を結集すべきだと考えている。その象徴が私とエルミラなのだ! 私たちを祝福してくれるだろうか!』
そこで民衆から万歳が沸き起こった。
『『『国王陛下、万歳!』』』
『『『王妃殿下、万歳!』』』
演出はある程度私が考えたが、ジークフリート王の力強い演説とエルミラ皇女の慎ましくも愛らしい姿によって、民衆は納得した。
婚約発表が終わった後、御前会議が行われる。
御前会議のメンバーは宰相以下の閣僚に加え、王国軍から司令長官であるラザファムと総参謀長であるヴィンフリート・フォン・グライナー男爵、司令長官補佐官であり改革室長のイリスが参加する。国王特別顧問である私も当然参加する。
議長は宰相であるマルクス・フォン・レベンスブルク侯爵で、議題は対帝国戦略だ。
「陛下のご婚約の件が帝国に伝わる影響について話し合いたい。ラウシェンバッハ伯爵、卿の考えをまず聞かせてもらいたい」
指名を受けて軽く頭を下げた後、話を始める。
「まず帝国の状況からお話しいたします。レヒト法国からの食料供給が滞ることで、帝都ヘルシャーホルストの穀物価格は夏頃までに三割、年内には五割程度上昇すると思われます。そして、そのことは皇帝マクシミリアンも十分に理解していることでしょう」
理解している閣僚もいるが、穀物価格の上昇の話が最初にあることに違和感を覚えている者も多い。
「帝都における穀物価格高騰は皇帝にとって大きな問題です。先帝コルネリウス二世の時代にも同じように価格高騰が起き、あれほど人気があった先帝ですら民衆の不満を解消するために多くの労力を割いておりました。そして、マクシミリアン帝も同じように何らかの手を打ってくるはずです」
閣僚たちの疑問は更に大きくなるが、それを無視して話を進める。
「ここで問題になるのは旧皇国領が帝国における最大の穀倉地帯ということです。レヒト法国からの輸入が途絶え、最大の供給元が不安定になれば、穀物価格は更に高騰するでしょう。皇帝はそれを防ぐために手を打ってくると考えられます」
そこで私の言いたいことが多少分かったのか、多くの者が頷いた。
「まず帝都での消費を抑えるため、駐留する帝国軍を出陣させる可能性が高いと考えられます。そして、その行先ですが、現状では二地点が考えられます。一つは新たに街道を整備したシュッツェハーゲン王国。もう一つが旧皇国領の民を煽動する我が国グライフトゥルム王国です。特にエルミラ殿下との婚約が伝われば、我が国に対する戦略にも影響してくる可能性があると考えています」
そこで軍務卿のヴィルヘルム・フォン・ノルトハウゼン伯爵が発言する。
「民の動揺を抑える目的であれば、我が国への侵攻作戦が行われるということでしょうか?」
「そう単純ではないと思います。皇帝の目的は旧皇国領での動揺を抑えることですが、我が国に侵攻したとしてもヴェヒターミュンデ城を突破し、王都まで進軍した後に陥落させてエルミラ殿下を亡き者にすることは非常に困難です。短期間で民の動揺を抑えるために有効なことは、独立運動を起こしても帝国軍に早期に鎮圧されると理解させることです。そのためには帝国軍が大勝利を収めることが有効です」
「なるほど。エルミラ殿下の生存が確認できたとしても、帝国軍が健在だと知らしめれば動揺は収まると」
「その通りです」
そこで宰相が発言する。
「つまり、陛下とエルミラ殿下とのご婚約は帝国の戦略に大きな影響を与えることはないということか。それよりも帝都民の動揺を抑えるために、軍を動かす可能性が高いということだな」
「当面の間はそのご認識でよろしいかと。但し、不確定要素であることは間違いありません」
私がそう言って頷くと、国王が声を上げた。
「マティアス卿に聞きたい。我が軍はどう対処すべきだろうか」
「まずは情報収集ですが、より危険なシュッツェハーゲン王国に対する支援体制の確立が急務と考えます。具体的には軍から説明していただいた方がよいでしょう」
国王と宰相が頷くと、ラザファムが立ち上がった。
「ここシュヴェーレンブルクからグラオザント城までは一千二百キロメートル近い距離があります。情報が入ってから出陣するにしても、通常の軍であれば行軍だけで二ヶ月は必要となります。しかしながら、我が軍の情報部の能力をもってしても、二ヶ月以上前に正確な軍事情報を得ることは不可能です。そのため、グランツフート共和国のヴァルケンカンプ市に予め駐屯させておく必要があります」
そこで内務卿のエドヴァルト・フォン・ケッセルシュラガー前侯爵が発言する。
「先ほどのマティアス卿の話では、我が国に進軍してくる可能性は否定できないのではなかっただろうか。それならば、大軍を共和国に派遣すれば、我が国の防衛体制が弱体化することになると思うのだが」
ケッセルシュラガー前侯爵は王国西部を長年にわたってまとめてきただけあり、冷静に指摘する。
「その点は考慮しています。まず、派遣する兵は東部方面軍第二旅団、通称突撃兵旅団二千を主力とし、ラウシェンバッハ伯爵領及びエッフェンベルク侯爵領の獣人族義勇兵一万三千の計一万五千とします。帝国も獣人族戦士の実力は聞いているでしょうから、一万五千の獣人族兵がいれば、充分な抑止力になるでしょう」
「なるほど。ラウシェンバッハ伯爵家、エッフェンベルク侯爵家の旗があり、屈強な獣人族戦士がいれば、レヒト法国軍を退けた軍だと考えるだろうから、充分な抑止力になるな」
今回の作戦では、基本的に義勇兵団は脅しに使う。
法国軍との戦いでラウシェンバッハ家の獣人族戦士の活躍の話は全世界に広まっている。総勢二万にも及ぶ兵士がいることも噂になっているため、一万五千であればほとんどが派遣されたと考えるはずだ。
そこで法務卿のベネディクト・フォン・シュッタットフェルト伯爵が発言する。
「抑止力にはなると思うが、皇帝を含め、帝国軍の将は優秀だ。ラウシェンバッハ領の兵士が派遣されてくる前提で作戦を考えているのではないだろうか?」
元騎士団長だけあって的確な指摘だ。
「法務卿の懸念も理解しています。ですが、シュヴァーン河方面を空にするわけにはいきませんし、帝国が我が国の主力がヴァルケンカンプにいると知れば、何らかの手を打ってくるはずです。例えば、軍を分けて王国に帰還させるような手を打ってくれば、シュッツェハーゲン王国側への戦力を低下させる効果が期待できます。この辺りは帝国軍の動き次第なので、臨機応変に対応することになるかと思いますが」
「あえて兵を見せることで敵の動きを制御するのか……これはマティアス卿の策だろうか?」
ラザファムは大きく頷く。
「皇帝マクシミリアンはラウシェンバッハ伯爵を強く警戒しています。獣人族兵士ですが、グランツフート共和国軍との合同演習を名目としてヴァルケンカンプ市に派遣します。こうしておけば、不自然ではありませんが、伯爵が何か手を打っているようにしか見えません。それにヴァルケンカンプ市は交通の要衝ですから噂は勝手に広まっていきます。この事実を皇帝が知れば、そのまま軍を進めることは考え難く、伯爵の裏を掻くために何らかの策を講じてくるでしょう。この辺りの心理的な読みはラウシェンバッハ伯爵の得意とするところです」
「確かにその通りだ。話の腰を折って済まなかった」
シュッタットフェルト伯爵は軽く頭を下げた。
ラザファムはそれに小さく頷き返し、話を続けていく。
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