第十話「国王、王都に帰還する」
統一暦一二一六年二月二十八日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、城門前。国王ジークフリート
王都シュヴェーレンブルクの南門の前に到着した。
マティアス卿とは王都から五キロメートルほど離れた場所で合流している。
熱を出して寝込んだと聞いたが、顔色もよく、問題なさそうだと安堵した。
南門の前には多くの市民が詰めかけ、手を振って私たちを出迎えてくれる。
私も馬上から手を振り、それに応えながら城門をくぐった。
王都に入っても大通りには多くの市民が並び、凱旋式のような状況になっている。
そこで馬を降り、南門を上がっていく。私の後ろにはマティアス卿と外務卿のルーテンフランツ子爵がいる。
既に拡声の魔導具が準備されており、そのマイクを握る。
『王都の市民諸君! 四聖獣様を交えた会合は無事に終わった! 四聖獣様は我が国の方針を認めてくださっただけでなく、お褒めの言葉もいただいている! また、五年後にはここシュヴェーレンブルクで今回と同じ会合、大陸会議が開催されることになった! その場で恥ずかしくない報告をするため、定められたことを実行しなければならない! 詳細は明日公表するが、皆もそれに協力してほしい!』
そこで民衆たちが歓声を上げる。
それを鎮めた後、法国との不可侵条約について報告する。
『レヒト法国は我が国への侵略に対し、全面的に過ちを認め謝罪した。彼の国の最高権力者である法王アンドレアス八世は責任を取って辞任し、今回の侵略を企てたマルシャルク白狼騎士団長は四聖獣様自らの手によって処刑された。他にもトゥテラリィ教の聖職者たちの多くが処罰されることも決定している。また、法国とは停戦協定だけでなく、不可侵条約も締結した。恒久的な平和になるかは分からないが、脅威の一つが取り除かれたことは間違いない』
不可侵条約という言葉に馴染みがないのか、民衆たちの反応はいまいちだ。
しかし、これはマティアス卿が予想していたことであり、そのまま話を続ける。
『失われた兵士諸君の価値に比べれば、大したものではないが、今回の勝利によって我が国は二十億マルクという大金を得ることに成功した』
そこで民衆が驚きの声を上げる。
どの程度の価値があるか具体的には分からないだろうが、途轍もない大金であることは分かるからだ。
『法国から獣人族たちが移住してくることも決定した。諸君らもラウシェンバッハ騎士団や黒獣猟兵団を通じて、彼らがいかに不幸であったかは知っていると思う。私は彼らを温かく迎えるつもりでいるが、諸君らも同じようにしてもらえると嬉しい』
それだけ言うと、門から降りていく。
王都内も凱旋パレードの様相を呈し、歓声や万歳の声が絶えず上がっている。
貴族街に入ると平民街ほどの熱狂はないが、正装に身を纏った貴族たちが出迎えてくれた。
王宮前で同じように演説を行い、王宮に入っていく。
王宮の門の中には宰相であるマルクス・フォン・レベンスブルク侯爵以下の重臣たちが並んでいた。
「無事のご帰還、そして、四聖獣様との会合の成功、心よりお慶び申し上げます」
「卿らのお陰だ。即位間もない私が王都を離れても不安を感じなかった。それがどれほど助かったか。今後もよろしく頼む」
そう言って宰相に右手を差し出した。
こういった場で握手と言うのが適切なのかは分からないが、感謝の気持ちを伝えたかったのだ。
「本日はお疲れでしょうから、公式の行事や面談などはありません。ごゆっくりお休みください」
それほど疲れているわけではないが、彼らの心遣いに感謝し、休ませてもらうことにした。
私室に向かおうとした時、イリス卿から声が掛かった。
「天気もよいことですし、中庭で少し話をしませんか」
確かに初春の澄んだ空気と柔らかな日差しで気持ちよさそうだと思った。
「そうだな。卿ともマティアス卿のことで話をしたい」
同行するのは護衛のアレクとヒルダだけで、マティアス卿も別行動だ。
庭には春の花が咲いており、更に温かな気持ちになる。
「あちらがよろしいでしょう」
そう言って奥に向かった。
バラの生け垣の先に見知った女性が待っていた。
「エルミラ殿か」
「お帰りなさいませ、ジーク様」
婚約することが決まってから少し間が空いているが、自分の妻になる女性ということで言葉が出ない。
「エルミラ殿も元気にしていただろうか」
彼女の目が少し潤んでいる気がした。
「はい。ジーク様もお元気そうで安心いたしました」
即位直後は“陛下”と呼ばれていたが、久しぶりに会って、昔と同じ呼び方に戻っていたことが何となく嬉しい。
そのことをどう表現しようかと悩んでいると、イリス卿が微笑みながら椅子を勧めてきた。
「立ち話もなんですから、そこの椅子に座りましょう」
私とエルミラ殿が座ると、イリス卿は頭を下げた。
「少し席を外します。お二人で少しお話していてください」
それだけ言うと、颯爽と立ち去っていく。
どうやら二人だけにするために芝居を打ってくれたようだ。
それからエルミラ殿と話をした。
話題は聖都でのことがほとんどで、婚約者にする話ではないなと心の中で自嘲していた。
「詰まらない話ばかりで済まない。どういった話をすればいいのか、私には見当が付かないんだ」
「私も同じですわ。イリスさんに聞いても、思ったことをお話になればいいとしかおっしゃってくださらないのですもの。普段はもっと的確にご助言してくださるのですけど」
以前はイリス卿と呼んでいたが、この五ヶ月で仲良くなったようだ。
「そう言った点ではマティアス卿も同じだな。こうなることは知っていたはずだが、全く助言がなかった。特別顧問として職務怠慢と言っていいだろう」
私が真面目な表情を作ってそう言うと、エルミラ殿が笑いだす。
「フフフ……特別顧問の職務に婚約者との会話への助言は含まれていないと思いますわ」
「そうだな。マティアス卿には世話になったから、これは言ってはいけないだろう。ハハハ」
そんな感じで打ち解けていった。
「そう言えば、三月に入ったら婚約を発表すると聞いた。エルミラ殿に異存はないだろうか」
「もちろんございません。私のような者がジーク様のような偉大な王の妃になってもいいのかとは思いますけど」
「偉大な王? 私はマティアス卿を始め、多くの家臣に助けられている未熟な王に過ぎないのだが」
正直な思いだ。
今回の大陸会議でも六ヶ国会議でもマティアス卿の助言がなければ何もできなかったし、 法国との戦争でも名目上の総司令官に過ぎず、ラザファム卿らの活躍を見守ることしかできなかった。
「そのようなことはございませんわ」
普段控えめなエルミラ殿がきっぱりと言い切ったことに少し驚く。
「ジーク様は民や兵のことを一番に考えておられます。イリスさんから教えていただいたのですが、よい王の条件はより多くの民を幸福にすること。そのために家臣の声に耳を貸し、よいと考えたなら実行に移すことだそうです。ジーク様はその二つを常に行っておられます」
彼女もイリス卿の下でいろいろ学んでいるらしい。
その言葉が本当に嬉しかった。
「そう言ってもらえると自信が持てるよ」
婚約についてはもう一つ話をしておかなければならないことがある。
「君との婚約のことだが、政治に利用することになる。具体的には旧皇国領の民に希望を持たせ、帝国への完全な帰順を防ぐ。最悪の場合、民たちが反旗を翻し、多くの犠牲者が出る」
私の言葉にエルミラ殿は目を見開いている。
「私はグライフトゥルム王国の王だ。国と国民を守るためにどのようなことでもするつもりだ」
この件に関してはマティアス卿が説明すると言ってくれたが、私から伝えるべきであると言って止めている。
「私は皇家の者としての教育を受けておりません。ですので、私にはどのようにしたらよいのか分かりません。ですが、ジーク様が必要であるとお考えになるのでしたら従います。いえ、積極的に協力いたします。それがジーク様の妻、王妃になるということなのですから」
エルミラ殿は私の目をしっかりと見つめている。
その覚悟が私には嬉しかった。
そして、彼女の手を取る。
「ありがとう……」
もう少し気の利いたことが言えればと思うが、それ以上言葉が出なかった。
そのため、その雰囲気をごまかすように話題を変える。
「そう言えば、リーゼルがいないようだが、珍しいな」
私の言葉にエルミラ殿が微笑む。
「エッフェンベルク侯爵家に行っていますわ。フェリックス君の剣の稽古のためだそうです」
リーゼル・ヴァルデンフェラー伯爵令嬢はラザファム卿に好意を持っている。そのことは私でも分かるほどだ。
「彼女が君から離れて……イリス卿の計らいかな?」
「その通りですわ。リーゼにもよい縁があってほしいですから」
ラザファム卿の先妻が亡くなってから五年が経つ。
そろそろ再婚してもいいと妹であるイリス卿は考えたのだろう。
それにエルミラ殿も乗った。
家族を失った彼女にとって、リーゼルは唯一残った姉のような存在だ。幸せになってもらいたいと考えたのだろう。
「私にできることがあれば何でも協力する。イリス卿にもそう伝えてくれないか」
「承りましたわ。イリスさんを味方に付けたなら、必ずよい結果になるでしょうから」
「そうだな。彼女はマティアス卿に次ぐ天才軍師だ。ラザファム卿といえども陥落するだろう」
そう言ったところで、二人で顔を見合わせて笑った。
彼女と話ながら、ようやく帰ってきたのだと実感していた。
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