第八話「軍師、王都に帰還する」
統一暦一二一六年二月二十六日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ伯爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
約五ヶ月ぶりに王都に戻ってきた。
昼過ぎに屋敷に入ると、妻のイリスが子供たちと一緒に出迎えてくれる。その後ろには両親も柔らかい笑みを湛えて立っていた。今日は平日だが、予め連絡を入れていたため、この時間でも屋敷にいたのだ。
「お帰りなさい。無事に帰ってきてくれてありがとう」
妻はそう言いながら私を抱き締める。その目は少し潤んでいた。
私が四聖獣相手に無茶をすると思っていたからだろう。
「「「お帰りなさい! 父上!」」」
長女のオクタヴィア、長男のリーンハルト、次女のティアナが元気いっぱいに出迎え、私に抱き着いてくる。
半年近く見なかったので少し大きくなったが、変わらない姿に家に帰ってきたという実感が湧き上がってくる。
「ただいま。タヴィア、リーン、ティア。お土産があるからカルラさんからもらっておいで」
そう言うと三人はバタバタという感じで後ろに控えていた影のカルラの下に走り出す。
「無事で何よりだ。また無茶をしたようだが、それについては何も言わん」
そう言って父リヒャルトが苦笑していた。
「陛下と一緒ではないけど、何かあったの? 馬車も目立たないものだったし」
領都からヴィントムント市を経由して海路で王都に戻ってきた。領都でやることがあったからだが、熱を出して療養していたということにしている。
「陛下は明後日ご帰還される。私も王都に入る前に合流するが、その前に君とラズに帝国、特に皇帝マクシミリアンについて話をしておきたいと思ったんだ」
「それほど時間に余裕がないということかしら? 確かに帝国軍が動き始めているという情報はあるけど、皇帝が帝都に戻るのは三月の中頃でしょ。それに出陣は早くても五月よ。五月ならシュヴァーン河は増水期に入っているから、帝国軍の目標はグラオザント城のはずよね。時間があるわけじゃないけど、そこまで急ぐ必要があるのかしら?」
彼女の言っていることは正しい。
「そうなんだけど、我々がシュッツェハーゲン王国への侵攻を予想していると皇帝に示唆している。これはシュッツェハーゲン王国の防衛体制を整えるための時間稼ぎのためなんだけど、あの皇帝が素直にこちらの思惑に乗るとは思えない。君やラズの意見を聞きたいと思っているんだ」
これまでも私が一人で考えるより、視点が違うイリスやラザファムと協議した方がいい案が出ることが多かった。そのため、先に話をしておきたかったのだ。
「そう言うことなら理解するわ。それよりも身体の方は大丈夫なの? 領地でも熱を出したと聞いているのだけど」
「ゆっくり休んだし、領都からは船での移動だったから体調は悪くない。それに当分王都にいるから身体に負担は掛からないはずだ」
そう言ったが、彼女は疑わしいという目で見ている。
「軍制改革と国政改革が待っているのよ。それに帝国への対応もあるし、のんびりできるわけがないわ」
彼女の言うとおりであり、返す言葉がない。
「でも、皇帝と直接言葉を交わしたあなたが急ぐ必要があると言うのなら、仕方がないわ。兄様には私の方から連絡を入れておくわね。でも、今日くらいはゆっくりして」
その言葉に素直に頷く。
その後、屋敷にいるリヒトロット皇国の皇女エルミラ・リヒトロットとその付き人リーゼル・ヴァルデンフェラー伯爵令嬢が現れた。
二人は安全のため、我が屋敷で過ごしている。
「無事なご帰還、お慶び申し上げます」
エルミラ皇女が微笑んでいる。
会っていないのは五ヶ月弱だが、ずいぶん大人びた印象を受けた。
「ありがとうございます。ジークフリート陛下も明後日には戻られますので、すぐにお会いできますよ」
その言葉に花が咲いたような笑顔になる。この笑顔は十四歳という年相応だなと思った。
しかし、すぐに不安そうな表情を浮かべた。
「ジーク様は、いえ陛下はお忙しいと聞きました。私に会ってくださるのでしょうか?」
ジークフリート王は大陸会議での報告や帝国への対応、更には国政改革と軍制改革への対応と、忙しくなることは事実だ。そのため、私事にかまけている時間がないと不安に思ったようだ。
「大丈夫です。忙しいと言ってもエルミラ様と会う時間くらいは、私が必ず作りますから」
そこで再び笑顔になった。
「イリスから聞いていると思いますが、婚約発表については来月早々を考えております。それが終われば、お会いできる機会も時間も増えると思いますよ」
「婚約……本当にジーク様と結婚することになるのですね……夢のようです……」
少しもじもじとしている姿を微笑ましく思った。
皇女との話が終わった後、子供たちを交えてのんびりとした時間を過ごす。
「やっぱり家族と一緒がいいね」
「そうね。あなたは一年くらい動き回っていたから」
一年前の二月二十四日に王都を出てからグランツフート共和国、王国内と転戦し、二ヶ月ほど王都にいただけで聖都に向かった。
我ながらよく身体を壊さなかったものだと思っているほどだ。
翌日、ラザファムがやってきた。
「思ったより元気そうだな。何度か熱を出したと聞いて心配していたんだぞ」
「身体の方は問題ないよ」
「それにしてもずいぶん活躍したそうじゃないか。大賢者様が呆れておられたぞ」
大賢者マグダは鷲獅子と共に一月の初めに王国に戻っている。そして、十日ほど前に王都に来たそうで、その時にラザファムに聖都でのことを話したらしい。
「大賢者様にはずいぶん叱られたよ。それに公の場で私を警戒していると明言されているしね」
「そのことだが、王都では全く問題視されていないぞ」
そのことは昨夜イリスから聞いていた。
大賢者は宰相であるレベンスブルク侯爵らに大陸会議や六ヶ国会議について話をしている。
その際、私がこの世界のために頑張っていると褒めたそうだ。
『マティアスが無茶をするから閉口したわ。まあ、奴は分かってやっておるし、王国のことはもちろん、世界のためにいろいろと考え実行しておることはよく知っておる。じゃが、鷲獅子らが納得せんのじゃ。あの者は切れすぎる。何をするのか予測できぬと不安に思ったのじゃろう。じゃから儂があの者を警戒し、監視していると言ったのじゃ。無論、マティアスが世界に仇なすようなことをせぬと確信しておるよ』
予め手を打ってくれたようだ。
この話は宰相以下の重臣たちにしたものだが、既に王都中に広まっており、すぐに王国中に広まるだろうと聞いている。
詳しくは聞いていないが、イリスが今後のことを考え、叡智の守護者の情報分析室に依頼したのだろう。
「大陸会議のことは大まかに聞いているが、君が一人で先に帰ってきたということは帝国が動くということなのか?」
まだ話していないが、予想していたようだ。
「皇帝が私を警戒していることは知っていたけど、想像以上だった。法国を混乱させないためにいろいろと手を打ったが、それで更に警戒を強めている。シュッツェハーゲン王国への侵攻は確実だと思っていたけど、我が国への侵攻が主となることも充分にあり得る」
「我が国が主目標となる確率はどの程度だと君は考えているんだ?」
その問いにはっきりと応えられない。
「五分五分だと思う。皇帝が帝都に戻って帝国軍が動き始めれば、もう少し精度は上がると思うんだけどね」
「では質問を変える。君が皇帝なら、どんな戦略を立てる? 皇帝と直接言葉を交わした君ならある程度予想できると思うのだが」
ラザファムの言葉にイリスも目を輝かせる。
「私も聞きたいわ」
「分かったよ。大胆な考えだけど聞いてもらえるかな」
そう言って、私はこれまで考えていた帝国の戦略について説明を始めた。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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