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第七話「ライナルト、長男の成長を確認する」

 統一暦一二一六年二月二十一日。

 グライフトゥルム王国南東部ラウシェンバッハ伯爵領、領主館。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵


 昨日、ライナルト・モーリスらと会談した後、領主館に戻った。

 本日、領民に声を掛けてから王都に出発する。


 昨日のうちに通達してあったため、早朝にもかかわらず、領主館の前には多くの民衆が詰めかけていた。

 いつも通り、拡声の魔導具を使い、彼らに話をする。


『先日も話した通り、レヒト法国との戦いは終わった! しかし、ゾルダート帝国という更に強力な敵が我々の平和を脅かそうとしている! それに対し、私は祖国を守るべく、全力を尽くすつもりだ! 昨日まで獣人族(セリアンスロープ)たちの村にいた。そこで彼らの協力を仰ぎ、一万人の義勇兵団を結成することにした!』



「「「オオ!!」」」


 一万という数を聞き、民衆から歓声と驚きの声が上がる。


『諸君らには義勇兵たちへの支援を頼みたい! 具体的には装備の調達や食事などの支援だが、働き手が減った入植地の手伝いなども頼みたいと思っている。細かな話はフリッシュムートに伝えてある。彼から随時依頼があると思うが、それに積極的に参加してもらいたい!』


 そこで再び歓声が上がる。自分たちにもできることがあると知り、やる気を見せているのだ。


『もちろん無償ではないし、無理な依頼をするつもりもない! 諸君らのできる範囲で、命を懸けて祖国を守る戦士たちの不安を解消してもらいたい! 私はこれより王都に戻り、帝国の侵略に対抗する策を練る! ここに戻ることはなかなか難しいが、我が家臣たちを助けてもらいたい!』


 そこで民衆から万歳の声が上がる。


「「「マティアス様、万歳!」」」


「「「義勇兵、万歳!」」」


「「「王国、万歳!」」」


 それを聞きながら演台から降りていく。


「相変わらずマティアス様の人気は凄いものですね」


 見送りに来てくれたライナルトが声を掛けてきた。


「ありがたいことです」


「私の仕事もやりやすくなります。ありがとうございます」


 そう言ってフレディ・モーリスが頭を下げる。

 彼は酒造職人を帝国の旧皇国領に連れていき、彼の弟であるダニエルと行動を共にすることになっている。


 職人たちは積極的に賛成してくれたが、帝国に利する可能性があるということで、領民たちからはあまりいい感触は得られていなかった。


 しかし、私の策の一環だという噂を流せば、今の熱狂ぶりからいろいろと手伝ってくれると考えたようだ。


「フレディ、無理は絶対にするなよ。この策で得られる利益より、君たちの方が圧倒的に価値はあるのだからね」


「分かっております。弟にも同じことを言うつもりですが、あいつも分かっていると思いますよ」


 そんな話をした後、実弟のヘルマン・フォン・クローゼル男爵の前に立つ。


「ヘルマンには面倒なことばかり頼んでしまうが、よろしく頼む」


 弟にはラウシェンバッハ騎士団五千、突撃兵旅団(シュトースブリガーデ)二千に加え、一万の義勇兵を預けることになる。一人が指揮する軍としては大陸一の戦力だが、その分責任は重い。


「お任せください。少なくとも義姉上やハルトさんに預けられるくらいには鍛えておきますから」


 弟も騎士団長として連戦し、自信を付けたようだ。


 この他にも簡単に声を掛け、私はエンテ河を下る船に乗り込んだ。


■■■


 統一暦一二一六年二月二十一日。

 グライフトゥルム王国南東部ラウシェンバッハ伯爵領、モーリス商会ラウシェンバッハ支店。商会長ライナルト・モーリス


 マティアス様が出発された後、領都の支店に入った。

 息子のフレディと今後について話し合うためだ。

 防音処置が施されている会議室に二人だけで入る。


「マティアス様の策について話をしたい。まず旧皇国領の酒造産業の復興だが、お前はどの程度危険だと考えているのか聞かせてくれ」


 息子は少し考えた後、自信に満ちた顔で答えていく。


「正直危険はあると思う。ダニエルからの情報でも総督府の役人は上ばかり気にしているそうだから、今回の大陸会議で皇帝がマティアス様を危険視したという話が広まれば、最悪拘束されると思っている。だけど、対応できないほどじゃないとも思っているよ」


 考えは私と同じだが、自信を持ちすぎているところが気になる。


「危険を認識していることはいいが、どう対応するつもりだ?」


 言ってくることは分かっているが、抜けがないか確認しておきたいと思ったのだ。


「まずは拘束されようとも無抵抗を貫く。その上で帝国の利益になると訴える。それも真摯にね。モーリス商会を敵に回したくはないだろうから、いきなり処刑なんていう無茶はしないはずだから、ダニエルが動くまで待つよ」


 これも私の考えと同じだ。

 もし、総督府の役人を挑発して暴走させるなどと言ってきたら、この任務から外すつもりだったが、そんなことはなかった。


「それでいいだろう。職人たちを運び終わったらどうするつもりだ? 素直に帰ってくるつもりなどないのだろう?」


「父さんには隠せないか」


 そう言って苦笑いを浮かべている。


「当たり前だ。お前にしてもダニエルにしてもマティアス様の弟子だけあって、同じくらい無茶をするからな。それで何をするつもりだ」


「使えそうな総督府の役人を見つける。そこそこ優秀で虚栄心が強い人物、そうだね、ヴィージンガーのような者がいれば声を掛けるつもりだよ」


 マルクトホーフェン侯爵と共に処刑された、元腹心エルンスト・フォン・ヴィージンガー子爵は学院を首席で卒業した人物だ。しかし、臨機応変の才がなく、マティアス様に翻弄されてなすすべもなく自滅している。


「目的は商務府か?」


 私が言い当てたため、また苦笑する。


「やっぱり分かってしまうね。その通りだよ」


「私が商務府の提案をするからその内容を理解させ、帝都に送り込むのだな……いいだろう。その代わり、目的の人物が見つかったら、帝都のネーアーに連絡を入れておけ。私が帝都に着いたら情報を得られるようにだ」


 ヨルグ・ネーアーは帝都支店の支店長であり、私が信頼する部下の一人だ。

 息子は真剣な表情で頷く。


「了解。できれば三人ほど候補を見つけておくよ」


 さすがによく分かっている。

 虚栄心が強い若者を複数送り込めば、皇帝の目に留まるように無理をする。無理をすれば、反発が起きるが、若造にそんなことは理解できない。


 うちの息子たちも若いがよく理解している。これはすべてマティアス様の下で学んだからだ。


「一ヶ月ほどで目途を付けろ。その後はエーデルシュタインに向かえ。理由は分かるな」


「もちろん」


 そう言って自信ありげに笑う。

 私が目で理由を言うように促すと説明を始めた。


「エーデルシュタインには叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の情報分析室の諜報員はいるけど、(シャッテン)はほとんどいないし、積極的に情報収集は行っていない。その点私なら商会の名を使って物資の流れなどの情報を得られる可能性がある。そう言うことだよね」


「その通りだ」


 エーデルシュタインは帝国軍にとって重要な都市だ。以前は皇都リヒトロット攻略の拠点であり、今では南のシュッツェハーゲン王国侵攻の拠点だ。また、グライフトゥルム王国への侵攻作戦の後方拠点でもある。


 そのため、真実の番人(ヴァールヴェヒター)の間者が多く配置されており、(シャッテン)の安全をお考えになったマティアス様は長距離通信の魔導具の操作要員以外は配置されなかったのだ。


「エーデルシュタインから可能であれば、南に向かえ。新たに作った街道がどの程度のものか調べるためだ」


「鉱山の視察という目的で南に行って、その輸出ルートの調査ということで現地の帝国軍と交渉してみるよ」


「物資集積所の守備隊相手の商売も匂わせても構わん。鉱山地帯を過ぎれば、町どころから開拓村すらほとんどないと聞く。酒などの嗜好品を売りたいと言えば、帝国軍も認めてくれるだろうからな」


 私の意見に息子は大きく頷いた。

 それから細かな話をした後、一人になった。


(フレディもダニエルも思った以上に視野が広い。それに目的をはっきりさせているから、話を聞いても不安にならない。私がフレディと同じ年の頃にあったのは度胸だけだ。大賢者様が私に対する褒美として、子供たちをマティアス様に預けることが決まったが、本当に得難い褒美だった。この恩にも報いなければならないな……)


 モーリス商会は世界一の商会だ。それも他の追随を許さないほどの。

 土地の価値を無視すれば、我が商会の総資産はオストインゼル公国全体に迫るほどだ。


 もっとも帝国内の資産が半分ほどを占めている。だから、帝国が傾けば、資産が半減することになる。


 それも想定内だ。

 マティアス様に恩を返すためなら、資産のほとんどを失ってもいいと思っている。私が商会長になる前の資産は今の一パーセントにも満たないのだから。


(皇帝がどこまで警戒しているかがカギだな。マティアス様の凄さを目の当たりにしたのだから、私に対しても警戒してくる可能性は高いのだから……)


 そんなことを考えながら、出発の準備を始めるため立ち上がった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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