第二十三話「軍師、歴戦の将と再会する」
統一暦一二一五年三月十六日。
グランツフート共和国北部ヴァルケンカンプ市、共和国軍駐屯地。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵
グランツフート共和国中部の都市ヴァルケンカンプに到着した。
ヴァルケンカンプはエンデラント大陸の大動脈、大陸公路にある交易都市で、グランツフート共和国、グライフトゥルム王国、シュッツェハーゲン王国の物産が集まる。
商業都市ではあるが、ケンプフェルト元帥率いる共和国軍の精鋭、中央機動軍が駐屯する軍事都市でもある。
元帥に会うため、郊外にある駐屯地に直接向かった。
ヴァルケンカンプはデュレハイデ高原というやや乾燥した地域にあるが、町の周囲には農地が広がっており、その中を進んでいく。
駐屯地では百名の漆黒の装備の獣人族部隊に驚くが、事前に連絡を入れてあるため、すぐに司令官室に通された。
「よく来てくれた! 思ったより元気そうだな!」
長身でがっしりとした武人、ゲルハルト・ケンプフェルト元帥が出迎えてくれた。
彼の後ろには三人の将軍が笑みを湛えて立っている。
元帥と最後に会ったのは七年ほど前の統一暦一二〇八年六月だ。その頃に比べると、髪は真っ白になり顔のしわも増えている。しかし、六十歳を超えたはずなのに力強さは全く変わっていない。
「元帥閣下もお元気そうで何よりです。キーファー将軍、ホーネッカー将軍、ヒルデブラント将軍、ご無沙汰しております」
後ろに立つ三人はケンプフェルト元帥の側近で、共和国軍の勇将たちだ。彼らともラウシェンバッハ子爵領で合同演習をした際に面識がある。
ロイ・キーファー将軍は厳つい顔の偉丈夫で、元帥が指揮する中央機動軍を構成する師団のうち、歩兵主体の第一師団の師団長だ。
見た目通りの猛将だが、歩兵戦を得意とする優秀な戦術家でもある。合同演習の後に更に延長してラウシェンバッハ騎士団を鍛えてくれた。
豪放磊落な性格で、自他共に認めるケンプフェルト元帥の後継者だ。
「マティアス殿の元気な姿が見られてよかった。貴殿の見事な戦術で我々を助けてもらいたい」
六万五千にも及ぶ大軍が迫っているということで、以前のような気さくさはなく、真剣な表情だ。
「全力を尽くす所存ですが、私は楽観していますよ。ケンプフェルト閣下や皆さんという優秀な指揮官に率いられた精鋭に負ける要素はありませんから」
正直な思いだ。相手は大軍とはいえ寄せ集めに過ぎないが、共和国軍は連携に問題はなく、地の利もある。また、ラウシェンバッハ騎士団は合同演習で気心が知れているので、こちらも連携に問題はない。
「マティアス殿にそう言ってもらえると心強い」
そう言って右手を差し出してきたのは、第二師団長のフランク・ホーネッカー将軍だ。
細面の美丈夫で、騎槍の名手であり、騎兵戦の達人と言われる名戦術家だ。
「今後、私はズィークホーフ城に向かい、戦場となる場所を見ておくつもりです。その前に皆さんの演習を見させていただきたいとは思っていますが」
ここまでほとんど休むことなく移動してきており、明日は一日休養を取る予定でいた。また、合同演習から七年という時間が経っているので、共和国軍の実力を見ておく必要がある。
「ならば、明日にでも見ていただきましょう。できれば、私に助言をいただきたいですが」
そう言ってきたのは参謀長であるダリウス・ヒルデブラント将軍だ。寡黙な紳士で、視野は広く、ケンプフェルト元帥の懐刀と言われている。
「儂にも助言を頼むぞ、マティアス。だが、まずは歓迎の宴だ。お前のところを参考に、この駐屯地でも宴会ができるようになっているのだ。ガハハハ!」
ラウシェンバッハ騎士団の駐屯地では領民との交流を定期的に行うため、大規模なイベントが行えるように厨房や冷蔵施設が整備されている。以前、合同演習の打ち上げを行った際、共和国軍の駐屯地でも採用したいと言っていたことを思い出した。
「よろこんで参加させていただきます」
その夜は連隊長以上の指揮官と顔合わせを兼ねて宴が行われた。
開始早々、ケンプフェルト元帥から紹介される。
「知っている者も多いと思うが、彼がグライフトゥルム王国の軍師、“千里眼のマティアス”こと、マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵だ。こんな優男だが、帝国軍の正規軍団三万のうち、二万を捕虜にした恐るべき男だ。儂にとっては十万の援軍を得たに等しい……」
連隊長の多くは以前の合同演習で面識があったが、それでも七年近い歳月が経っており、知らない顔も多い。
「……作戦はこのマティアスとダリウスが考えることになる。無論、儂らが策通りに動くことが前提だが、二倍以上の敵であっても勝利は疑いようがない。マティアス、お前からも一言頼む」
突然話を振られる。
「ご紹介にあずかりました、マティアス・フォン・ラウシェンバッハです。元帥閣下は少し大袈裟に紹介してくださいましたが、まだまだ若輩の身、貴軍から学ばせていただこうと思っています」
そう言って頭を下げる。
「学ぶのは儂らの方だぞ」
そう言ってケンプフェルト元帥は笑っている。
その後、和気藹々とした宴会が始まり、いろいろと話をした。
「通信の魔導具を使った指揮を考えたのは貴殿と伺った。明日にはいろいろと改善点を聞かせてほしい」
「シュヴァーン河の中流域で帝国軍を翻弄した策について聞かせていただけまいか。未だにどうやったのか、全く理解できぬのだ」
という感じで軍人らしい会話が弾む。
長旅の後ということで、早々に切り上げ、翌日の演習に挑んだ。
ケンプフェルト元帥率いる中央機動軍は通常時は二個師団二万だが、これに予備役の兵一万が合流し、現在では計三万の軍になっている。
グランツフート共和国では国民皆兵制を採用しており、定期的な訓練が義務付けられ、予備役といえどもその実力は侮れない。能力的には王国軍の主力、王国騎士団の兵士と同等か、それ以上と考えている。
今回のように法国軍が侵攻してきた場合に、予備役は招集され、常備軍に編入されるシステムが構築されている。今回も十万人の大都市、ヴァルケンカンプとその周辺から予備役が招集され、二週間ほど前から演習が行われているらしい。
突貫で編成された軍に見えるが、常に予備役を編入できるように常備軍には士官や下士官が多く、指揮命令系統の点でも問題はない。
「今回は新たに編成した第三師団を儂自らが率いるつもりだ。本来なら総司令部にいるべきだが、今回に限って言えば、お前がいる。ダリウスと共に全体を見てくれれば、儂が前線に出ることができるからな」
共和国軍の宿将であるケンプフェルト元帥が前線に立つつもりと聞き、驚きを隠せない。
「閣下には全体を指揮していただかないと困るのですが」
そこでヒルデブラント参謀長が話に加わってきた。
「私からもお願いしたのですが、聖竜騎士団二万に鷲獅子騎士団一万が相手では後ろにいるわけにはいかないとおっしゃられて……確かに余裕はないのですが、元帥閣下が前線に出るほどでは……」
ヒルデブラント将軍の言葉が終わる前にケンプフェルト元帥が発言する。
「王国軍一万が加わるとはいえ、劣勢であることに変わりはないのだ。儂が前線に出て兵を鼓舞した方がよい。その前提で作戦を考えてほしい」
ケンプフェルト元帥に対する兵たちの信頼度は信仰の域にまで達している。そのため、元帥が前線に出れば、兵の士気は大きく上がり、勝率を上げることが可能だ。
「確かに閣下が前線に出た方がよいかもしれません。ですが、指揮命令系統のことを考えると、不安が残ります。ヒルデブラント将軍が総司令官代行として全体の指揮権を持つと明確にしていただく必要があります」
「分かった。命令書を作っておこう。それで問題ないな」
それだけ言うと、演習の準備に向かってしまった。
「閣下は変わりませんね」
私がそう言ってヒルデブラント将軍に同意を求めると、彼も苦笑気味に頷いていた。
演習は駐屯地に近い平原で行われる。
駐屯地周辺は農地には向かない乾燥した草原地帯で、早春である現在は枯れた草が残っているだけだ。
そこに三万の兵が整列し、命令を待っていた。
私語はもちろん、咳払いすら聞こえない。騎馬の嘶きが聞こえなければ、三万もの兵士がいるとは思えないほど静寂に包まれている。
演習が始まったが、見事な動きで精鋭であることはすぐに理解できた。
「素晴らしいですね。帝国の正規軍団以上の動きだと思います」
近くにいるヒルデブラント将軍にそう言うと、満足そうに頷いている。
「マティアス殿にそう言っていただけると自信になりますな。通信の魔導具を供給してもらったお陰で、以前より緻密な機動が行えるようになりましたからな」
中央機動軍にも叡智の守護者製の通信の魔導具が多数供給されている。といっても王国軍より数は少なく、各連隊に一台だけ配備されている状況だ。
それでも王国騎士団より遥かに動きはよく、大規模な会戦になれば、その威力を発揮してくれるだろう。
半日ほど演習を確認した後、改善点などを話し合い、翌日、戦場になるであろうズィークホーフ城に向けて出発した。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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