第二話「軍師、獣人族の村で義勇兵を募る」
統一暦一二一六年二月十八日。
グライフトゥルム王国南東部ラウシェンバッハ伯爵領、領主館。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
本日、領都ラウシェンバッハに帰還した。
一月十八日にグランツフート共和国の首都ゲドゥルトを出発し、約一千キロメートルを一ヶ月で踏破した。一日の平均移動距離は三十キロメートルを超えている。特に共和国中部のヴァルケンカンプ市からは一日平均四十キロメートルという強行軍だ。
これほど急いでいるのはゲドゥルトに滞在中、長距離通信の魔導具によって帝都ヘルシャーホルストから情報が入ったためだ。
その情報は帝国軍に関するもので、大量の物資が帝国南部のエーデルシュタインに送り込まれているというものだった。
ゲドゥルトには長距離通信の魔導具があるが、レヒト法国内には機密の観点から一台も設置されておらず、船を使って情報は定期的に入手していたものの、どうしてもタイムラグは生じてしまう。
帝都からの情報を受け、エーデルシュタインにも確認を取ったが、帝国西部からも物資が到着しており、第三軍団の駐屯地に運び込まれたらしい。
エーデルシュタインはシュッツェハーゲン王国への侵攻拠点であるだけでなく、我が国への侵攻作戦の後方基地でもある。ここからリヒトロット市、フックスベルガー市などに物資を送り込めば、王国の東の防衛ラインであるシュヴァーン河へ軍を送り出せるからだ。
今のところ、シュッツェハーゲン王国のグラオザント城と我が国の国境に帝国軍が派遣されると考えているが、どちらが主目標でどちらが陽動か判断がつかない。
但し、これからシュヴァーン河は秋まで増水期に入るため、我々が思いつかないような大胆な策がない限り、渡河作戦は行えないはずだ。それでも水軍を狙った焼き討ち作戦などは充分に考えられるため油断はできない。
こういった事情からシュヴァーン河方面の防衛を固める必要があり、早急に王都に戻り、ラザファムたちと協議したいと思ったのだ。
もちろん、情報は王都にいるラザファムとイリスにも伝わっており、そこからヴェヒターミュンデにいるハルトムートにも入っている。
イリスと話したが、王国軍の再編成が思ったより遅れており、ラウシェンバッハ伯爵領の獣人族が主力とならざるを得ない状況らしい。
『中央軍の再編が遅れているわ。今のところ第一師団と第二師団の計八千五百が動かせる状態。第三師団はアルトゥールとヴィルヘルムが頑張っているけど、最低でも半年は掛かりそうだわ。ヴェヒターミュンデの東部方面軍との連携を考えたら、自警団を戦力化した方が絶対にいいわね』
第一師団と第三師団は元王国騎士団で、第一師団に優先的に優秀な指揮官と兵を配置している。第二師団はエッフェンベルク騎士団で、こちらは再編の必要はないため、いつでも動かせる。
第三師団長はアルトゥール・フォン・グレーフェンベルク伯爵だ。
彼は軍務卿のヴィルヘルム・フォン・ノルトハウゼン伯爵と共に第三師団の編成を行っているが、指揮官とベテラン兵士の不足が響き、戦力化できないらしい。
そのため、ラウシェンバッハ伯爵領で獣人族から義勇兵を募る。
既に東部方面軍第二師団となる予定のラウシェンバッハ騎士団の団長、実弟のヘルマン・フォン・クローゼル男爵が募集を行ってくれているが、領主である私が直接声を掛ける必要があり、急いだのだ。
平均四十キロメートルという移動に加え、真冬ということで私の体調はあまりよくない。影のカルラとユーダに治癒魔導を掛けてもらい、何とか耐えているという状況だ。
幸い、国境の城ゾンマーガルトからは船であるため、馬車より疲れていないが、それまでに蓄積された疲労が祟り、領都に入った際に歓迎する領民たちに簡単な演説を行っただけで、早々に屋敷に入って休んでいる。
翌日、ヘルマンを伴って獣人族入植地に向かう。
「大丈夫ですか、兄上。デニスたちをここに呼ぶこともできますが」
私の顔色が優れないからか、ヘルマンが心配そうな顔をしている。
確かに獣人族の取りまとめ役デニス・ヴォルフやゲルティ・ベーアらを呼べば、すぐに来てくれるし、体調不良だといえば、獣人族たちも納得してくれる。
しかし、私はそれを断った。
「これは領主としての義務だからね。それに今後レヒト法国から来る移住者のことも頼まないといけない。入植地はここではないけど、デニスたちに手伝ってもらうつもりだから、その話もしないといけないからね」
レヒト法国からの獣人族移住者はラウシェンバッハ伯爵領からオーレンドルフ伯爵領に繋がる街道沿いに入植してもらう。
この街道は主要街道である大陸公路の裏街道に当たり、マルクトホーフェン派や北方教会領軍と戦う際、イリス率いる義勇兵が移動に使った道だ。
この街道沿いは大河こそないものの水が豊富で農地として有望だ。
しかし、南にあるヴァイスホルン山脈から魔獣が流入する危険な土地ということで開発が進んでいなかった。
最初は先住者がいる我が領地かエッフェンベルク侯爵領に入植させてはどうかという話もあったが、獣人族の戦士としての潜在能力を考えると、特定の貴族領に集中させることはよくない。
今回の候補地のほとんどが王家の直轄地であり、貴族の固有戦力が増えないことも選ばれた理由だ。
今回ジークフリート王は同行しない。国王自身は同行したかったようだが、私が断っている。
『陛下には王都に向かっていただきたいと思っています。私だけならエンテ河と海路を使えば、追いつくことができますので』
往路は船を使ったが、今回はラウシェンバッハ騎士団と共に王都に凱旋してもらう。重要な会合を成功裏に終わらせたことをアピールするためだ。
そのため、海路より時間が掛かるので、先行してもらう。
『それは分かるが、王国軍に招集するのであれば、私が直接話をするべきだと思うのだが』
一万人もの義勇兵を招集するため、そのことを気にしていた。
『これは伯爵領の問題です。陛下からの要請に従い、領主として私が判断したのです。ここで陛下が声を掛けてしまえば、陛下自らが足を運ぶという前例ができてしまいます。それに私に対する信任が強すぎることは、私が第二のマルクトホーフェンになるのではないかという他貴族たちの不安を増長させる恐れがあります』
『卿にそんな野心はない。そのことは皆分かってくれていると思うのだが……』
『私は大賢者様、四聖獣様に警戒されているのです。その辺りのことも考慮していただければと思います』
それで何とか納得してくれ、本日北に向けて出発した。
昼頃に入植地の中心ヴォルフ村に到着した。
既に村という規模ではなく、商店や居酒屋などもあり、ちょっとした町になっている。
中心部に到着すると、デニスたちが待っていた。以前なら村の外で出迎えたのだが、あまりに仰々しいのでやめさせたのだ。
「四聖獣様との会合、法国との交渉を無事に終えられたと聞いております。大任を果たされたこと、心よりお祝い申し上げます」
デニスが頭を下げると、千人ほどいる獣人たちも頭を下げる。
私は拡声の魔導具のマイクを持った。
『ありがとう。君たちの同胞、ラウシェンバッハ騎士団、黒獣猟兵団、近衛隊が私たちを守ってくれたから、不安は全くなかった。そのことに感謝する』
私の言葉に民衆たちから笑みが零れている。
兵士たちの親族や友人が多くいるためだろう。
『既に聞いていると思うが、国王陛下より義勇兵募集の勅令が出される。我がラウシェンバッハ伯爵領からは自警団員を中心に一万人規模の義勇兵を送り出すことにした。昨年の厳しい戦いからまだ半年ほどしか経っておらず、私としても心苦しい』
多くの獣人が口には出さないものの、そんなことはないという顔をしている。
『しかし、帝国の皇帝マクシミリアンに会って、君たちの力が必要だと確信した。王国を守るため、この故郷を守るため、私に力を貸してほしい』
そう言って頭を下げる。
「我らにとっても王国は祖国です。祖国を守るために我々の力が必要であれば、いつでも使ってください」
デニスの言葉に獣人たちが各々に声を上げる。
「俺を使ってください!」
「義勇兵になります!」
その言葉に私はもう一度頭を下げ、感謝の意を示す。
『ありがとう! 義勇兵についてはクローゼル男爵に任せている。各村から候補者を決め、駐屯地に集合してほしい。ヘルマン、頼んだぞ』
ヘルマンは私の言葉に「はっ! 承りました!」と力強く答えた。
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