表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
228/297

第一話「軍師、聖都を出発する」

 統一暦一二一六年一月四日。

 レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、港湾地区。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵


 六ヶ国での国際会議も終わり、公式行事はすべて終わった。

 また、法王アンドレアス八世や各教会領の総主教、騎士団長らと個別に会談し、脅しを入れている。


 この他にもシュッツェハーゲン王国を含めた三国同盟の仮調印も実施し、対ゾルダート帝国戦略も一歩前に進んだ。


 各国の外交使節団も昨日から帰国の途に就き始め、我々も本日、聖都レヒトシュテットを出発する。


「一ヶ月ほどの滞在だったが、その倍はいた気分だ」


 ジークフリート王が船に乗り込みながら私に話しかけてきた。

 昨年の十二月七日に到着してから毎日のようにいろいろあったので、私も同じ気持ちだ。


「そうですね。これでようやく王都に、家族の下に戻れます」


「早くみんなに会いたいものだ」


 国王も同じ気持ちだったようで、そう言って大きく頷いていた。



 復路の航海は比較的順調だったが、やはり何度か船酔いに悩まされた。

 それでも十日ほどでグランツフート共和国の首都ゲドゥルトに到着する。

 共和国の使節団は我々より先行しており、港の桟橋で出迎えを受けた。


「長い船旅、お疲れ様でした。ここからは安心ですな」


 ゲルハルト・ケンプフェルト元帥が満面の笑みを浮かべてそう言ってきた。

 数ヶ月前まで敵国だったレヒト法国はもちろん、海も決して安全とは言えないが、元帥の言う通り、ここからは同盟国と我が国の領土であり、護衛も十分であることから不安は全くない。


 桟橋から港湾地区に入ると、そこにはゲドゥルトで待機していたラウシェンバッハ騎士団第三連隊と偵察大隊がきれいに整列して待っていた。


「ジークフリート陛下に敬礼!」


 第三連隊長のヴィルギル・ベーアの野太い声が響く。

 その直後、千三百名の兵士が一斉に敬礼する。

 ジークフリート王が機嫌よく応える。


「出迎えご苦労! 既に聞いていると思うが、法国での交渉はすべて成功に終わっている。出発は三日後だ! 明日の式典には諸君らにも参加してもらうぞ!」


 式典とは戦勝式典のことだ。

 往路でも歓迎の式典はあったが、聖都での交渉のこともあり、本格的なものではなかった。

 ジークフリート王がいることもあり、大々的に開催したいと共和国から提案があったのだ。


 一月十六日、議事堂前に共和国軍、王国軍の兵士が整列する。その前にジークフリート王やハウプトマン議長が並び、私とケンプフェルト元帥もその後ろに立つ。

 兵士たちの後ろには多くの市民が詰めかけ、どのくらいの人数がいるのか分からないほどだ。


 議長は演壇に上がり、拡声の魔導具のマイクを握った。


『親愛なる共和国市民諸君! 仇敵レヒト法国は我々の要求をすべて呑んだ! また、東方教会領の騎士団も縮小されることが決まった! 我が国の脅威は去ったのだ! これもすべて共和国軍、グライフトゥルム王国軍の勇敢なる兵士諸君の活躍の賜物である!』


 議長は普段の温厚な語り口とは異なり、強い口調だ。


(一国の元首になるだけのことはあるな。兵や民を鼓舞するのが上手い……)


 議長の演説は続く。


『しかし、まだ我々の脅威がすべて去ったわけではない! ゾルダート帝国の皇帝は王国だけでなく、大陸のすべての国に対して、野心を持っていると自ら明らかにした! だが、私は楽観している! 諸君ら共和国軍の精鋭と信頼できる同盟国軍がいるからだ! 今日は王国軍に感謝の意を伝えると共に、勝利を祝いたいと思う!』


 そこで万雷の拍手が起きる。

 一分ほど拍手が続き、徐々に落ち着く。


『では、我らの窮地を救ってくださったグライフトゥルム王国軍の総司令官にして、現国王ジークフリート陛下にもお言葉をいただきたいと思う。陛下、よろしくお願いします』


 そこでジークフリート王が演壇に登る。


『親愛なる共和国の皆さん、グライフトゥルム王国国王ジークフリートです。ハウプトマン議長の言葉の通り、我が国と貴国は固い絆に結ばれた同盟国です。今回の戦いではその強い絆により、強大な法国軍を完膚なきまでに叩き、大勝利を得ることができました……』


 国王は議長と異なり、落ち着いた語り口だ。

 それを見た共和国軍の兵士や民衆は驚きをもって見ている。


『議長の言葉にもありましたが、近い将来、ゾルダート帝国が我が国に襲い掛かってくることでしょう。帝国はリヒトロット皇国を征服したことで、国力は我が国と貴国を合わせたものより大きくなりました。また、軍事国家として十五万を超える軍を有し、その実力もレヒト法国軍とは比較になりません……』


 若い国王の悲観的な言葉に聴衆たちはざわつき始める。


『ですが、私も議長と同様に悲観していません。我が軍には優秀な将が多数いますし、兵士たちも貴国軍に学び、実力を付けつつあります。また、ケンプフェルト元帥率いる中央機動軍を始め、精鋭である貴国軍が我らの後ろに控えており、大変心強いからです。貴国軍と我が軍が力を合わせれば、十五万の帝国軍であっても恐れる必要はないと確信しています。今後も貴国との関係を密にし、この世界的な脅威に立ち向かっていきましょう! 我々にはそれを成功させた実例があるのです! 本日は貴国と我が国の栄光ある勝利を一緒に祝いましょう!』


 そこで先ほどと同じように拍手が巻き起こる。


「「「ジークフリート陛下、万歳!」」」


「「「グランツフート共和国、万歳!」」」


「「「グライフトゥルム王国、万歳!」」」


 ラウシェンバッハ騎士団の兵士が声を合わせて万歳と叫ぶ。

 これは私がヴィルギルに依頼したことだ。

 その声に共和国軍も唱和し、更に民衆にも伝搬していく。


 ハウプトマン議長が両手を上げて鎮めるまで、数分間続いた。


『それでは王国軍、及び我が軍のパレード開始する! 市民諸君は彼らの奮闘に感謝し、祝福してほしい!』


 その言葉で第三連隊から行進を始める。

 礼装を身に纏い、ピカピカに磨かれた軍靴の兵士が一糸乱れぬ行進を見せる。そのことに市民たちから“オオ”という感嘆の声が上がった。


「陛下の演説も板についてきたな」


 ケンプフェルト元帥が私に話しかけてきた。


「はい。今回の大陸会議でずいぶん自信を付けられたようです。このまま驕ることなく、伸びていってくださればいいのですが」


「それは大丈夫だろう。増長の兆しが見えたらお前が釘を刺せばいい。お前の言葉には耳を傾けられるだろうからな」


 その言葉に頷くと、ラウシェンバッハ騎士団に目を向ける。


「前より揃っている気がするな」


「我々が聖都に言っている間に練習していたようですよ。共和国の民衆に無様な姿は見せられないと言っていました」


 戦勝式典があることは出発前から分かっており、練習していたと聞いている。


「マティアス卿、我々も出発するぞ」


 ジークフリート王が笑顔でそう言ってきた。

 我々もオープンの馬車でパレードに参加するのだ。


 馬車に乗り込むと、近衛隊長のアレクサンダー・ハルフォーフが漆黒の馬に乗って先導する。馬車の周囲には近衛兵と黒獣猟兵団が固め、周囲を警戒している。


「四聖獣様の命令もあるし、第一ここは同盟国の首都だ。ここまで厳重な警備が必要なのだろうか」


 国王の言葉に首を横に振る。


「ここで陛下か私を暗殺できれば、王国と共和国の間に大きな溝を作ることができます。旧マルクトホーフェン侯爵派の貴族を唆せば、私や陛下に恨みを持っていますから簡単に踊らされるでしょう。帝国は困窮する元協力者に金を出しただけという言い訳ができますから、約束を破っていないと言い訳できます」


 私も国王と同じく実行される可能性は低いと思っているが、油断はしたくない。


「なるほど。では、油断はしないようにしよう」


「それでお願いします。ですが、笑顔はお忘れにならないように」


 私はそう言いながら、笑顔を作って手を振った。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


感想、レビュー、ブックマーク及び評価(広告下の【☆☆☆☆☆】)をいただけましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ