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第五十一話「軍師、国際会議の結果を知る」

 統一暦一二一六年一月二日。

 レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、グライフトゥルム王国外交使節団宿舎。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵


 ジークフリート王が戻ってきた。その表情は晴れ晴れとしている。

 リビングに入ってソファに座ると、すぐに会議の様子を教えてくれた。


「何とか凌ぐことができた。できたと思う。最初は……」


 予想通り、レヒト法国に混乱を与えるべく、次期法王マルク・ニヒェルマン総主教を精神的に追い詰めようとしたらしい。


「マティアス卿の名を出すと、皇帝は何度も顔をしかめていたし、すぐに引き下がっている。総主教は最初緊張していたようだが、卿の計画通りに進んでいると分かると、笑う余裕すら見せていた。混乱させる策はほぼ潰せたと思う」


「手を打った甲斐がありました。念のため、現法王や他の総主教らにも面会し、釘を刺しておきましょう」


 四聖獣の力に怯えている今なら、彼らに堂々と意見を言った私に畏怖の念を抱いているはずだ。ニヒェルマンを法王に据え、教団改革を推し進めなければ、五年を待たずして国が亡びると脅せば、協力してくれるだろう。


「そう言えば、皇帝が商人組合(ヘンドラーツンフト)がちょっかいを掛けてこないのかと言っていたが、モーリス商会はともかく、関税が安くなることで他の商会が穀物を買い上げ、帝国に売るようなことがあれば、まずいと思うのだが」


 共和国に提案した商船での賠償だが、当初は法国の国力低下と帝国への牽制を狙ったものだった。


 しかし、国力低下については、法王アンドレアスの政治基盤が思ったより脆弱で、ニヒェルマン総主教が法王となることが確定的な今、それほど重要ではなくなっている。


 帝国への牽制については帝国財政への経済的な攻撃として未だに有効だ。

 特に帝都の人口が膨張を続けている今、食料の確保は皇帝にとって頭が痛い問題の一つと言っていい。


 皇帝は無能ではないので、法国からの輸入が途絶えれば、帝都の穀物価格が高騰し、政情不安になることを理解している。


 だから、組合の商人を使って、輸入を継続する策を採る可能性は否定できない。但し、その策は最初から失敗することが分かっていた。

 その理由を説明していく。


「レヒト法国の穀物を帝国に運ぶ商売に手を出すには、関税の引き下げ程度では全く足りません。帝国と法国の間には五千キロという距離があるのです。距離は輸送コストに直結しますから、これだけ離れていれば、普通の商会なら絶対に手は出さないでしょう」


「しかし、法国の商船が帝国に運んでいたのではないか?」


「その通りですが、それには裏があります」


 国王は全く想像できないのか首を傾げている。


「裏とは?」


「まず売り手のほとんどが不良聖職者だったということです。法国から輸出される穀物は税として徴収されたものを不当に横流したもので、売り手からしたら原価はほぼゼロだったのです。更に帝国からは金属を輸入し、騎士団に納入しますので、その分の儲けも入ることになります。ですが、通常の商人であれば、適正な価格で穀物を買いますから、原価が発生します。更に帝国の製品を運んでも買い手が付くか分かりませんから、往復で儲けることが難しいのです」


 国王はそんなカラクリがあったのかと驚いている。


「つまり、原価がゼロで騎士団という伝手があったから成り立っていた商売ということか。だが、皇帝が補助金のような制度を作ったら商人たちも来るのではないか?」


 その問いに私は首を横に振る。


「穀物を輸送するだけなら、より近い旧皇国領のものにするはずです。もっとも旧皇国領からの輸送でも補助金などを設けていますが、利益はほとんど上がっていないそうです。だからといって、組合の商人たちが食指を伸ばすような金額を提示すれば、大量に消費するものですから、財政に大きな負担を強いることになります。第一、モーリス商会以外は帝国マルクでの決済を拒否します。外貨獲得手段が限られている中、長期にわたってできる策ではありません」


 そう言いつつも一つだけ可能性があると考えていた。

 それは法国の指導者が我が国や共和国への野心を諦めず、帝国と手を結ぶ場合だ。その場合は儲け度外視で帝国に穀物を送り込むだろう。


 そうなってもあまり問題はない。

 なぜなら、法国から帝国に船を送るには、我が国、共和国、シュッツェハーゲン王国の港に寄港しなければならないからだ。


 これまでは法国とシュッツェハーゲン王国の間にトラブルはなく、オストインゼル公国への輸出という名目であったことと、量が限定的であったため、あまり問題視されていなかった。


 しかし、シュッツェハーゲン王国と我が国や共和国が同盟を結ぶため、利敵行為は見逃さないから、寄港できなくなるのだ。


 水などの消耗品の関係から、五千キロメートルという長距離を無寄港で航海することは不可能なので、この方法もあり得ない。


「念のため、商人組合(ヘンドラーツンフト)には釘を刺しておきましょう」


 国王が懸念点に気づいてくれたので、それを褒める意味で対応すると伝える。


「今の話では不要だと思うが、無駄ではないだろう。よろしく頼む」


 翌日、法王アンドレアス八世や各教会領の総主教らと個別に会談した。

 法王は疲れたような表情を浮かべていたが、退位の原因となった私に対しても特に怒りを見せなかった。


「ニヒェルマンから聞いたが、法王庁の改革を提案したそうだな。私にはできなかったことを他国の異教徒が成すとは皮肉なものだが、結果としては私の望む形になるのだから反対はできぬよ」


 アンドレアス法王は教団改革を実行しようと、南方教会や西方教会といろいろと方策を探っていたが、外征に積極的な北方教会と東方教会が反対し、実現しなかった。

 今回は私という異教徒が四聖獣の力を背景に強引に迫ったため、実行に至ることができた。


「ニヒェルマンが法王になることもある意味よかった。彼も改革を断行しなければ、マルシャルクと同じ運命を辿ることは重々承知しているのだ。中途半端な改革にはならぬだろう」


 意外にサバサバとしていた。

 予想通り、既にニヒェルマンの次期法王就任は決定として扱われている。


「ニヒェルマン総主教猊下が次期法王に就任されるのはいつ頃になりそうですか?」


「今月半ばには決まるだろう。幸い、最高会議のメンバーがほぼ揃っている。法王庁改革の内容がある程度決まれば、すぐにでも承認されるはずだ」


「改革の内容は皆さまご存じなのでしょうか?」


「ああ。ニヒェルマンが得意げに話していたからな。白鳳騎士団を聖ベネディクトゥス騎士団に編入する手続きが面倒なくらいだろう。もっとも面倒なのは手続きだけだ。白鳳騎士団の者は誰も反対しておらぬからな」


 四聖獣の力を目の当たりにしているだけあって、白鳳騎士団の騎士たちも無意味な反対はできなかったようだ。


「騎士団長方の反応はどうでしょうか?」


 他の教会領の騎士団長についても聞いてみた。彼らの戦力を奪うことになるのだから、慎重な姿勢を示す者がでないとも限らないためだ。


「そちらも問題ない。四聖獣様に逆らうことなどできぬからな。まあ、各領に戻ったら揉めるだろうが、総主教と騎士団長が何とかするだろう。五年後に結果を示せねば、我が国が亡ぶだけでなく、彼らも処罰されるのだからな」


 前途多難な感じだが、少なくとも上層部はやらなくてはならないと覚悟を決めている。妨害はあるだろうが、野心家は排除されるから、大きな問題にはならないのではないかと楽観している。


「それよりも王国と共和国が我が国に投資するという話は真なのか? 卿らにとって我が国は長年にわたる宿敵のはず。仇敵に恩情を見せる必要などないと国内で揉めるのではないか?」


 ニヒェルマンが言った言葉が信用できないようだ。


「反対意見は出るでしょうが、我が国は私が抑えますし、共和国は議長閣下が議会を説得されます。大賢者様の前で話したことを反故にすれば、後々四聖獣様からお叱りを受けると言えば、議会も認めざるを得ないでしょう」


「卿が自信を持っているなら間違いないか……」


 そう言って納得していた。


 この他にも総主教や騎士団長らと話をしたが、未だに四聖獣の衝撃が残っていたため、私の言葉を素直に聞いてくれた。

 宿舎に戻るため、馬車に乗る。


「お疲れ様でした。これでゆっくりできますね」


 (シャッテン)のカルラが労ってくれた。


「そうですね。これで王都に戻れます」


 馬車の窓から外を見ると、夕焼けが空を美しく染めていた。


(聖都でやるべきことが終わったな。ようやく家族のところに戻れる……)


 そんなことを考えながら、冬空の聖都を見つめていた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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