第四十六話「国王、国際会議の準備を行う」
統一暦一二一六年一月二日。
レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、グライフトゥルム王国外交団宿舎内。国王ジークフリート
今日の午後、六ヶ国の首脳がある国際会議が行われる。
そのため、午前中にできる限りの準備を行う。王国から会議に出席できるのは私だけだからだ。
朝食後、我が国、同盟国であるグランツフート共和国、シュッツェハーゲン王国の主要な者が集まり協議を行う。
共和国からは国家元首である最高運営会議議長ミッター・ハウプトマン殿が会議に出席する。
彼は四十年以上の経験を持つベテランの政治家で、マティアス卿が出席できない中、最も期待している人物だ。
シュッツェハーゲン王国の出席者は王太子であるレオナルト殿下だ。殿下は私より二十五歳以上年上で、シュッツェハーゲン王国一の武人として名高い方だ。大陸会議でも四聖獣様を相手にしっかりと説明しており、頼りがいがある。
三人の中では私が最も経験がなく、一番の不安要素だ。
だから、二人に会議でフォローしてもらうべく、集まってもらったのだ。
関係者が集まったところで、マティアス卿が話し始めた。
「今回の国際会議の目的はレヒト法国を帝国に接近させないことです。私が皇帝なら我ら三ヶ国を牽制するため、法国を唆します。我が国と共和国の後方で不穏な動きがあれば、帝国側に戦力を集中できなくなるからです」
「確かにその通りですな。特に国境に大きな要害がない我が国は法国側で動きがあれば、軍を動かせなくなりますので。しかし、今の法国に軍を動かすことができるとは思えませんが」
ハウプトマン議長の言葉にケンプフェルト元帥やレオナルト殿下も頷いている。
私も同感だ。
マティアス卿の策により、我が国と国境を接する北方教会のニヒェルマン総主教が次期法王となる。法王の影響力が強い北方教会領軍が独断で動く可能性は低い。
また、共和国と国境を接する東方教会だが、ランダル河殲滅戦で壊滅的な打撃を受けているし、国境の拠点であるクルッツェンの町も共和国が占領したままだから、軍を動かしようがない。
マティアス卿はその問いにいつもの微笑みを浮かべて答える。
「嫌がらせだけなら、必ずしも軍を動かす必要はありませんよ」
「我々が危険だと思わせる何かを仕掛けてくるということだろうか?」
私の問いに彼は小さく頷く。
「例えば、東方教会領で治安が悪化させるような噂……そうですね、大きな増税が行われるといった政情不安を招くような噂を流します。更に共和国や我が国では獣人族だけでなく、普人族でも移民として受け入れられるという噂を流せば、大量の難民が国境に押し寄せてくるでしょう。そこに破壊工作員が混じっているという情報が入ってくれば、貴国も対応せざるを得なくなるのではありませんか?」
充分にあり得る話だ。
同じことをハウプトマン議長も思ったようで渋い顔をしている。
「確かに……我が国でトゥテラリィ教徒の難民を受け入れることは国民感情的に無理です。そうなると国境で押し留めることになりますが、長大な国境線をカバーしようとすれば、数万の兵を動員せざるを得ないでしょう。厄介なことですな」
「これに対してはこの後、私の方で対応しますが、皇帝が次期法王に直接接触してくる可能性は充分にありますので、会議の場で我ら三ヶ国とニヒェルマン総主教の間に付け入る隙がないように見せねばなりません」
「国際会議の話を出した時、法国との停戦合意について説明すると提案したのは、これが狙いだったのか?」
ケンプフェルト元帥が驚いている。
私も同じだ。あのタイミングでそこまで考えたことに驚きを隠せない。
「はい。元々皇帝は大陸会議の後、アンドレアス法王に接触するつもりだったはずです。アンドレアス法王が責任を取って退位しても、彼の影響力が及ぶ者に次期法王の座を譲るだろうと考えていたでしょうから」
「確かにその通りだ」
ケンプフェルト元帥が頷く。
「ですが、あの場でニヒェルマン総主教が次期法王になる流れになりました。皇帝にとって想定外のことだったでしょう。そうなると、どこかでニヒェルマン総主教に接触する機会を得ようと考えたはずです。しかし、総主教と私が繋がっていると思っているでしょうから、真正面からアプローチしても拒否されると考えたのでしょう。ですから、皇帝は総主教に接近する何らかのきっかけを欲しました」
今度は全員が頷いている。
「そのきっかけを作るのに今日の国際会議を利用しようと考えたようですね。私がいれば必ず妨害してくると考えて、代表者に限定したのでしょう」
あの短いやり取りにこれだけのことが考えられていた。そのことに言葉が出ない。
「ですので、皇帝の思惑を逆手に取ります」
「逆手に取る……ニヒェルマン総主教との間に隙を作らぬということに繋がるのだろうが、具体的にどうするのだろうか?」
私にはさっぱり思いつかない。
「会議の前に私がニヒェルマン総主教と会い、仕込みをしておきます。その上で陛下及び議長閣下には皇帝が総主教に接触しようが構わないという素振りを見せていただきます」
「既に法国への影響力は確保しているから、ニヒェルマンでなくとも我々には問題ないと皇帝に思わせるのだな。そうなると皇帝は迷うだろう。マティアス卿がどこまで手を打っているのか分からないのだから……そうか! 逆に帝国に混乱を与える手ではないかと疑わせるのか! 何度も煮え湯を飲まされてきたから過剰に警戒する。それを狙うのだな」
私の考えにマティアス卿は満足そうに頷く。
「陛下のお考えの通りです。但し、皇帝は非常に有能です。私の想定を超えた策を用意している可能性は充分に考えられます。その時には我々の目的である三ヶ国の安全を第一に考えて行動していただきたいと思います」
最後の言葉にハウプトマン議長が困惑の表情を浮かべる。
「千里眼のマティアス殿の想定を超える策に出てきた場合、相手の思惑が分かりませんから、適切に対応できる自信がありませんな。具体的にどうすべきとお考えでしょうか」
「まずは言質を取られないことです。そして、こちらから情報を極力出さないことです。可能であれば、私が何か企んでいるように示唆していただいても構いません。皇帝は必要以上に私のことを警戒していますので」
「何となく分かりました。腹芸であれば苦手ではありませんので対応できるでしょう。しかし、皇帝が伯爵を警戒する理由が分かった気がしますな」
議長は最後に苦笑していた。
「我々から仕掛けることを考えなくてもよいのだろうか? 私はともかく、ハウプトマン殿やレオナルト殿下がいらっしゃるのだ。例えば、公国のテオドシウス大公は帝国寄りだが、従属している今の状況を脱却したいと考えているはずだ。そこに楔を打ち込んでもよいと思うのだが」
オストインゼル公国はリヒトロット皇国から独立したものの、ゾルダート帝国が軍事大国として頭角を現したことで、皇帝に臣従する旨の公文書を出している。実際には緩い従属関係だが、完全な独立を諦めていないのではないかと考えたのだ。
しかし、マティアス卿は首を小さく横に振った。
「下手に公国に手を出すと、帝国の公国への野心に火が着き、やぶへびになりかねません。私が得ている情報ではオストインゼル公国内の政治情勢は混沌としています。マクシミリアン帝ならその状況を利用して完全征服を目指すことに舵を切る可能性があります。ですので、今回の会議では攻める必要はないでしょう」
私の考えは浅かったようだ。
「了解した。あくまで今回は弱みを見せないことに注力する」
「それがよろしいかと思います」
その後、マティアス卿は会議での発言内容について詳細に説明してくれた。
そして、私たちが理解したところでニヒェルマンのところに向かう。
マティアス卿が去った後、午後の会議に思いを巡らせていた。
(マティアス卿抜きであの皇帝と対決しなければならないのか……気が重いな……)
謀略の天才と言われているマティアス卿が最も危険視しているのが、マクシミリアンだ。
実際に話をして、今の私では全く相手にならなかったという強い敗北感を抱いている。
もちろん、即位から十年近い時を重ねているマクシミリアンと即位間もない私では力の差がありすぎることは理解している。
それでも我が国を守るためにはあの皇帝に対抗できなければならないのだ。
(気が重いことは事実だが、やらなければならない。マティアス卿に言われた通り、相手に言質を取らせず、情報を出さないことに注力する。それならできるはずだ……)
私はそう考えながら気合いを入れなおした。
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