第四十五話「大賢者、四聖獣と国王について語り合う」
統一暦一二一六年一月一日。
レヒト法国中部聖都レヒトシュテット西山岳地帯。大賢者マグダ
議事録の確認が終わった後、儂は代行者らと会うため、聖都の西三十キロメートルほどの場所にある山岳地帯に向かった。彼らは会議が終わった後、そこで儂を待っておるためじゃ。
普段は緊急時以外、魔導を使って飛ぶことはないが、今回は自ら飛んでいく。
魔導を使わぬ理由は、管理者から不必要な魔導の使用は可能な限り控えるよう命じられているからじゃ。
飛翔の魔導程度では魔象界から取り出す魔素は少なく、世界への影響は無視できるが、助言者である儂が使わぬ姿勢を示すことで、他の魔導師たちを牽制するのじゃ。
既に日が落ちているが、代行者から溢れ出る力を目指せばよいだけであるため、迷うことなく飛んでいける。
三十分ほどでひと際高い山の山頂に彼らの姿を認めた。
『遅いぞ、助言者』
『待ちくたびれたよ』
聖竜と鳳凰から文句が出る。
遊んでいたわけではないから言い返したいところじゃが、素直に頭を下げておく。
「済まぬの。議事録についてはその方らに興味はなかろう。まずはジークフリートと話したことを伝える」
彼らが残っていたのは管理者候補であるジークフリートのことを知りたいためじゃ。
「あの者はそなたら代行者に対し、よい感情を持ったようじゃ。力があるだけでなく理性的で、今後も話を聞いてくれるのではないかと言っておった。最初は恐怖を感じたようじゃが、世界を守るためにあえて怒りを見せたのではないかとも言っておる。これについては過大評価のような気もするがの」
少なくとも聖竜と神狼は法王に対し、感情的に怒りをぶつけていた。そこに世界を守るという大義はなかったはずじゃ。
『それは僕を含めてということ?』
鳳凰が首を傾げている。突拍子もないことを言ったと自覚があるようじゃ。
「最初は困ったが、きちんとした理由があると気づいてからは尊敬していると言っておったの」
これも過大評価な気がしている。フェニックスに深い考えがあったためしがないからじゃ。
『それは嬉しいね』
「儂が見るところ、ジークフリートは確実に成長しておる。あの若さで自らの感情を抑え、やらねばならぬことに真摯に対応しようと考えておる。無論まだ未熟ではあるが、周囲の意見に耳を傾ける姿勢はよい管理者になる素質を秘めていると思っておる」
そこで鷲獅子が話し始める。
『そなたの言っていることは何となく我も感じた。だが、あのマティアスに任せておる点が気になる。確かにあの者が指導し、ジークフリートが成長したことは認めよう。しかし、あの者は自らの目的に沿っているから、助言者の頼みを聞いているだけではないのか?』
「言わんとすることは分かる。マティアスが自分の愛する者を守るために、そなたらを利用しているのではないかと儂も疑っておるからの」
『その通りだ。我らがジークフリートに期待しておることはあの者も気づいておろう。であるなら自らの価値にも当然気づいているはずだ。新たな管理者の誕生という悲願のためなら、我らが譲歩すると考えているのではないか』
「あり得ぬ話ではないの」
そこで聖竜が怒りを見せる。
『我らを利用しようとしているのであれば、許されざることだ!』
「儂はそれでもよいと思っておる」
『なぜだ!』
聖竜は儂の言葉の意図を図りかね、更に怒りを増大させる。
「あの者の守りたい者の中に、ジークフリートも入っておるからじゃ。あやつは自らの弟子を切り捨てるようなことは絶対にせぬ。それに儂らがマティアスを利用している側面もある」
『どういう意味だ?』
神狼が聞いてきた。
「儂はあの者に“世界を守るために管理者候補を指導してほしい”と頼んでおる。つまり目的は世界を守るということじゃ。あの者は目的を違えるようなことはせぬ」
『話が見えぬな』
「焦るな。まずは今回の会議のことを思い出してみよ。マティアスはそなたら代行者に何度も逆らっておる。しかし、そなたらはあの者を罰しなかった。それはなぜじゃ?」
『世界を守るという目的に対し、間違ったことを言っておらぬからだ』
「その通りじゃ。つまり、代行者は断罪者という恐怖の対象ではあるが、正当な発言であれば、聞く耳を持っているということをあの場にいた者に示したのじゃ……」
鷲獅子を始め、全員が黙って聞いている。
「これまで儂らは管理者が復活するまで、恐怖によって人を縛り、世界を守ろうと考えておった。じゃが、それは上手くいかなかった。だから、理によって世界を守るという方法をあやつは提案した。そして、恐怖の対象に過ぎなかった四聖獣を神の代行者であると示したのじゃ。儂らの中にそんなことを考え、実行ができる者がおるか?」
儂の問いに全員が沈黙しておる。
「だから儂らがあの者を利用している側面もあると考えたのじゃ。儂の考えは間違っておるかの?」
『助言者の言いたいことは理解した。目的のために我らにできぬことをあの者にさせる。そのために我らを利用することを許容するということだな』
鷲獅子の言葉に頷く。
「その通りじゃ。無論、無条件ではないぞ。儂が悪用させぬと約束する。まあ、あのマティアスのことじゃ、儂らがこのような話をすることも考えておるじゃろうから、その心配はないと思うがの」
神狼が懐疑的な念話を送ってくる。
『そこまでの者だとそなたは考えているのか?』
「あの者の底が見えぬのじゃ。儂には分からぬよ。じゃが、今時点では間違っておらぬと断言できる。少なくともジークフリートを指導するという点において、あの者以外には考えられぬからの」
儂の言葉に全員が同意を示した。
『ジークフリートが管理者になる目があるということか?』
神狼が期待を込めて聞いてきた。
「残念ながらそれについてはまだ懐疑的じゃ」
『どういうことだ? よき指導者を付け、確実に成長しておるのだ。十分に可能性があると考えるのが普通であろう』
そこで儂は頷く。
「確かに可能性はある。じゃが、ジークフリート自身が管理者が孤独であることに懸念を持っておる。それに世界を背負い続けることに苦痛を感じるだろうと考えておった。まだ覚悟がないからと言えば、それまでじゃがの」
『その覚悟を付けさせるのもマティアスに任せるつもりなのか?』
鷲獅子の質問にすぐに答えられない。
「……先代の管理者が身罷ってから多くの候補者を見てきた。その中でもジークフリートは群を抜いておる。王として民を率いる覚悟、目的を違えぬ知性、人を慈しむ優しさ、不屈の心、これらは元々本人が持っていたものもあるじゃろうが、マティアスの存在が大きいと思っておる……」
『ならば……』
鷲獅子の言葉を遮り、発言を続ける。
「じゃが、マティアス本人が言っておった。自分にはよき統率者となるための指導はある程度できるが、神になるための指導は無理だと。もう少し様子を見るしかないと思っておるよ」
鷲獅子は儂の言葉に黙ってしまう。
『僕はそれでいいと思うよ。少なくとも退屈はしないからね』
鳳凰の言葉に聖竜を含め、他の全員が苦笑する。
『もし失敗しても前に戻るだけだよ。なら、任せても問題ないと思うけどね』
「そうじゃな。いずれにせよ、ジークフリートの成長には少なくともあと二十年は掛かろう。その間、儂らは注意深く見守るのみ。それでよいな」
儂の言葉に全員が頷いた。
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