第二十二話「軍師、旧友と再会する」
統一暦一二一五年三月三日。
グライフトゥルム王国南東部ゾンマーガルト城。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵
夕方、国境の城ゾンマーガルト城に到着した。
城門の前に懐かしい顔があった。城主であり、十五年来の親友でもある“双剣ハルト”こと、ハルトムート・イスターツだ。
「思ったより元気そうだな、マティ」
「君も元気そうだね、ハルト」
そう言いながら二人で軽く抱き合う。
ハルトムートは私より低い百七十センチほどの身長だが、がっしりとした身体つきで腰に差した二本の剣がよく似合う。
意志の強そうなグレーの瞳と短く刈られた黒髪は以前と変わらず、懐かしさがこみ上げる。
「疲れているだろう。大した城じゃないが、中に入ろうか。黒獣猟兵団の諸君にも宿舎が用意してある。存分に寛いでくれ!」
今回、私の護衛は黒獣猟兵団の精鋭百人だ。それに影のカルラとユーダのチームが加わるが、二人以外は姿を見せない。
カルラはいつものメイド姿から女騎士に、ユーダも執事姿から副官に姿を変えており、遠征軍の副将の随行員らしくなっている。
城に入ると、思った以上に人が多いことに気づく。
そのほとんどが商人風の男たちだが、中には娼婦らしき煽情的な服装の女性も多い。
「遠征軍で一儲けしようという連中だ。お前が噂を流したんだろ?」
ハルトムートがそう言って笑いかけてきた。
「私じゃないよ。多分イリスだろうね。補給物資の手配をした際に、モーリス商会にそれとなく伝えたんだろう」
食糧などは充分に確保できる見込みだが、行軍中の食事はどうしても単調になる。そのため、比較的大きな町に入る場合は嗜好品などの購入が行われるが、予め準備しておかないと一万人の兵士に対して十分な量が確保できないことが多い。
「さすがはイリスだな。お前のフォローが完璧だ」
「そうだね。いつも助かっているよ」
そんな話をしながら城主館に向かう。
ゾンマーガルト城は約二百メートル四方、高さ十メートルほどの城壁に囲まれている。
グランツフート共和国がレヒト法国から独立する前は重要な防衛拠点だったが、今では自然発生的にできた人口二千人ほどの宿場町に付随するだけの存在だ。
城には三百名ほどの守備兵がいるが、入国審査と盗賊の取り締まりしか仕事がない。
城主館の前に、騎士服姿の大柄な赤髪の女性が立っていた。
「ウルスラ殿、お元気そうですね」
「マティアス卿も元気そうだな」
ハルトムートの妻、元ヴェヒターミュンデ伯爵令嬢ウルスラが笑顔で出迎えてくれる。
彼女は武の名門ヴェヒターミュンデ伯爵家に相応しく、豪放磊落な性格で、伯爵令嬢であったにもかかわらず、剣術にのめりこんだ。
当時、伯爵にその指揮能力を見込まれ、部隊長として招聘されたハルトムートに惚れこみ、伯爵令嬢と平民上がりの騎士爵という組み合わせながらも、周囲に結婚を認めさせた女傑だ。
館に入り、旅装を解き、食堂に向かう。
思ったより使用人が多く、動きも洗練されていることから、ヴェヒターミュンデ伯爵家から送り込まれたのだろう。
ハルトムートたちも着替えており、ハルトムートは二歳くらいの男の子を膝に乗せ、ウルスラはまだ一歳になるかならないかという赤ん坊を抱いていた。
「俺たちの子だ。長男のラルスと次男のヴァルターだ」
少しはにかみながら子供たちを紹介する。
「元気そうな子供たちだね。うちの子も領地に戻っているから、今度会ってやってくれ」
そんな話をした後、子供たちはメイドに預けられ、私たちは席に着いた。
食事をしながら旧交を温めるが、すぐに今回の遠征軍の話になる。
「ラウシェンバッハ騎士団とエッフェンベルク騎士団、獣人族の義勇兵と聞いている。その義勇兵の指揮を俺が執るという話だが、その認識で間違いないか?」
「合っているよ。今回の全体の指揮官はラズだ。ラウシェンバッハ騎士団はヘルマン、エッフェンベルク騎士団はディートが指揮するが、獣人族の義勇兵、突撃兵旅団の二千は君に任せたい」
今回、獣人族の自警団から選抜された義勇兵団に対し、“突撃兵旅団”という名を与えた。これは今後の王国内での政争を睨んでのことだ。
「了解だ。だが、イリスはどうするんだ? 俺はてっきり彼女が指揮するものだと思っていたんだが」
「彼女には私と一緒に参謀をやってもらうつもりだよ。現地を見てみないと何とも言えないけど、別動隊の指揮官をハルト、その参謀にイリスを考えている。彼女は私の考えを一番理解しているし、君のこともよく分かっているからね」
「なるほど。しかし、昔言っていた形になったな」
ハルトムートの言葉にウルスラが首を傾げる。
「どういうことなのだ?」
「俺たちが王立学院の兵学部の頃だ。マティが作戦を考え、ラズが主力を率いて全体の指揮を執る。そして、俺とイリスが別動隊を率いれば、どんな敵にでも勝てるという話をしたことがあったんだ」
「確かにどんな敵でも問題ないと思える豪華な顔ぶれだな。千里眼のマティアスに、氷雪烈火のラザファム、双剣ハルトに、月光の剣姫のイリスか……私も見てみたかったな」
ウルスラはハルトムートに同行したかったようだが、次男ヴァルターがまだ生後五ヶ月ということで断念している。
「それで今回の勝算はどうなんだ? ケンプフェルト閣下が二万から三万、俺たちが一万の兵だが、相手は六万五千と聞いている。マティなら倍の敵でも負けるような策は立てないと思っているが、完全な野戦だ。法国軍が数で押してきたら厄介だと思うんだが」
常識的に見れば、彼の意見は妥当だろう。
しかし、私はすぐに否定する。
「そうだね。現地を見てからになるけど、私はそれほど悲観的じゃない。相手は混成軍で半数以上は世俗騎士軍だ。通信の魔導具を持ち、指揮命令系統がしっかりしている共和国軍との連合軍なら一戦で叩きのめせると思っている」
「倍の戦力でも叩きのめせるか。さすがは我らの軍師殿だ。だが、それにしては浮かない顔をしている気がするが、何か気になることがあるのか?」
「西が気になっている」
「西? ヴェストエッケか。しかし、法国に二正面作戦をするだけの兵站能力はないはずだ。それに今回の共和国への出兵でも法王や南方教会の総主教は反対したと聞いている。さすがに大丈夫なんじゃないのか」
ハルトムートは北方教会領軍の出撃に懐疑的だった。
「今回の侵攻作戦の立案者は神狼騎士団長のニコラウス・マルシャルクの可能性が高い。聖都はともかく、表敬訪問以上のことをする必要がない西方教会領の領都で十日以上も時間を費やしていることが分かっている。そして、共和国へは西方教会領の鷲獅子騎士団と世俗騎士軍が出陣している。これまで外征に全く興味を示さなかった西方教会が動いた。無関係だと思う方が不自然だ」
私の説明にハルトムートは驚きの表情を浮かべている。
「確かにマティの言う通りだな。だとすれば、ヴェストエッケの方が危険だということか」
「それもある。しかし、それよりも王国自体が危険に晒されているのではないかと思い始めている」
「王国自体……何か証拠があるのか?」
「証拠はない。しかし、ユリウスが東のリッタートゥルムに移され、マルクトホーフェン侯爵派の無能な貴族がヴェストエッケの守備兵団長になった。偶然と片付けるにはタイミングが良すぎる。王国内に裏切り者、もしくは工作員が入り込んでいる可能性が高いと見ている」
「裏切り者がいるだと……信じられぬ!」
ウルスラが憤る。
「王国は一枚岩ではありません。マルクトホーフェン侯爵がそこまでやるとは思いませんが、グレゴリウス殿下を玉座に就けるためなら、危ない橋を渡る覚悟をした可能性は否定できませんから」
そう言ったものの、マルクトホーフェン侯爵が法国に領土を譲ってまでグレゴリウス王子を王位に就かせようとしているのか疑問を持っている。
確実に奪い返せる策があるならともかく、マルクトホーフェン侯爵派にそれがあるとは思えないからだ。
「マティがヤバいと思っているなら、そうなのだろう。その上で俺は何をしたらいい?」
優秀な戦術家だけあって、さすがに切替が速い。
「ハルトにやってもらいたいのは、我がラウシェンバッハ領の獣人族部隊の掌握だ」
「獣人族部隊の掌握? お前とイリスがいれば、俺がでしゃばる必要はないと思うが?」
「確かに彼らの忠誠は私とイリスがいれば問題はない。しかし、彼らの能力を百パーセント発揮させるには指揮官も彼らと一緒に行動できるだけの身体能力が必要だ。イリスなら身体強化を使えば行動を共にできるが、彼女に遠慮して百パーセントの力を出さない可能性がある」
「なるほど。俺なら獣人族の圧倒的な身体能力にもついていけると判断したわけだな」
「その通り。彼女以外で、私が信頼して彼らを預けられるラズとヘルマン、そしてハルト、君だけだ。ラズには全体指揮を任せるし、ヘルマンには騎士団を預ける。そうなると、突撃兵旅団を預けられるのは君しかいないんだ」
「了解だ。俺も彼らを率いて戦いたいと思っていた。それもお前の考えた策に従ってな。王国がヤバいというのは気になるが、楽しみになってきたぞ」
ハルトムートはそう言ってニヤリと笑い、やる気を見せた。
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