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第四十三話「国王、大賢者と語り合う」

 統一暦一二一六年一月一日。

 レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、グライフトゥルム王国外交団宿舎内。国王ジークフリート


 大陸会議が終わった。

 マティアス卿は議事録の作成のため、法王庁に残っているが、私と外務卿のルーテンフランツ子爵、護衛のアレクサンダーは午後の議事録確認まで時間があるということで一旦宿舎に戻ってきた。


 リビングのソファに座ると、どっと疲れが込み上げてくる。

 会議は二時間ほどで、まだ午前九時を過ぎたところだが、想像以上に精神的な疲労が溜まっていたようだ。


「疲れた……それにしても濃い会議だった……」


 私の独り言にルーテンフランツが頷く。


「ラウシェンバッハ伯爵の独壇場でございましたね。事前に聞いていたからこの程度の驚きで済んでいますが、他国の首脳たちは信じられない思いで見ていたことでしょう」


 聖竜(ドラッヘ)様、神狼(フェンリル)様が怒りを見せて威圧してくること、それに対してマティアス卿が正論をぶつけること、鷲獅子(グライフ)様が彼に懸念を示すことなどは、マティアス卿が予想しており、事前に聞いていた。


 但し、あの力を目の当たりにしても描いた絵の通りに進めた手腕に正直驚いている。


(それにしてもここまで凄いとは思わなかった。一年前に師になってもらおうと考えた時には、こんなことになるなんて全く想像していなかったな……)


 アレクも私と同じようなことを考えたようだ。


「一年前にネーベルタール城を出る時には、四聖獣様に会うことになるなんて全く考えませんでしたね」


「そうだな。一年前の自分にこうなると言っても絶対に信じないだろう。いや、今でも信じられないくらいだ」


 そんな話をしていると、陰供(シャッテン)のヒルデガルトが声を掛けてきた。


「お疲れのところ申し訳ございません。大賢者様がお見えになっており、陛下にお話があるとのことです。いかがされますか?」


「大賢者殿が?」


 大賢者殿もマティアス卿が法王庁に残っていることは知っているはずだから、私に用があるのだろうが、どのような話なのか想像も付かない。

 午後までやることはないし、大賢者殿の感想も聞いてみたい。


「応接室に通してくれ。私もすぐに行く」


 そう言って立ち上がる。

 応接室に入ると、大賢者殿が一人で待っていた。叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の大導師シドニウス・フェルケを同行していると思ったのだが、予想が外れた。


「先ほどはご苦労であったの。聖竜(ドラッヘ)らの相手で疲れたであろう」


 進行役であった彼女の方が疲れているはずだが、労ってくれた。


「あの短い時間でいろいろとありましたから、正直疲れています。大賢者殿もお疲れでは?」


「うむ。正直、儂も疲れておる。マティアスが事前に説明しておれば、もう少し楽であったのだがの」


「昨日、打ち合わせをされたと聞いていますが?」


 そこで大賢者殿が苦笑する。


「段取りはしっかり聞いておるし、法王があのようになるであろうことも聞いておった。それに聖竜(ドラッヘ)らの行動もある程度は予想として聞いておる。じゃが、己のことに関しては何も言っておらぬ。まさか聖竜らに喧嘩を売るとは思わなんだ。あの時は本気で焦ったの」


「私も驚きました。四聖獣様相手にあのようなことを言えるのかと」


「本当にそうじゃ。聖竜も神狼もすぐに感情的になる。そうなったら儂でも止められぬ。マティアスには以前そのことを伝えておるから知っておるはずなのじゃがの……あれも奴の予想の範囲ということなのじゃろうが、肝が冷えたわ」


 呆れたという感じで肩を竦めている。


「私に話があるとのことでしたが?」


 大賢者殿は小さく頷くと、先ほどの会議とは異なり、昔通りの優しい笑みを浮かべた。


「うむ。大した話ではない。時間があるのでそなたの感想を聞きに来たのじゃ。代行者(プロコンスル)相手に話をした普通(・・)の人族の感想を聞きたい。マティアスに聞いてもよいが、あれは普通(・・)とは言えぬからの」


 “普通”と言う部分を強調したことに笑みが零れる。


「確かにそうですね。マティアス卿の感想では一般的とは言えないでしょう」


「それでどう思ったかの? 何でもよい。思ったことを教えてくれぬか」


「そうですね……鷲獅子(グライフ)様はともかく、聖竜(ドラッヘ)様と神狼(フェンリル)様については、最初は恐ろしいと思いました。この方たちに我ら人族の意見を聞いていただけるのかと不安を感じました……」


 法王アンドレアス八世に対し、聖竜様と神狼様は怒りをぶつけられた。マティアス卿が窘めなければ話が進まないほどで、事前に聞いていたものの、そのまま制裁が行われ、我々にもとばっちりが来るのではないかと思ったほどだ。


「しかし、私が説明した後、お二方から質問を受けましたが、非常に理性的だと思いました。神の代行者とは力があるだけではなく、我々のことも考えてくださる尊敬できる方々なのだと納得した記憶があります。お怒りになったのも世界を守ることを一番に考えたためだろうと」


「うむ。鳳凰(フェニックス)についてはどうじゃ? 突拍子もないことを聞き、最後は儂に話を振ってくるような者じゃが」


 そう言って苦笑している。あの時も苦笑していたなと思い出したが、そのことは口にせず、感想を述べていく。


「確かにびっくりするような質問で最初は面食らいましたが、きちんと意味のあることを聞いておられたので、同じように尊敬できる方なのだと思っています」


「つまり、四聖獣すべてが尊敬できる存在じゃと思うのじゃな」


「はい……」


 そこであることが頭に浮かんだ。


「今になって思えば、マティアス卿は私たちにそのことを教えようとしたのかもしれません。世界を守るためには四聖獣様が相手であってもきちんと意見を言う。それに対して、四聖獣様もきちんと答えてくださる。恐ろしいだけの存在ではないと思えるように、あのような会話をしたのではないかと思い始めました」


 そこで大賢者殿が頷く。


「王もそう思ったか。実は儂もそうではないかと思っておったのじゃ。あの者のやることには必ず意味がある。自分の主張を認めさせるためだけなら、あのような言い方をせずともよい。聖竜も神狼も頑固で短気じゃが、話が分からぬ者たちではないからの」


 大賢者殿の考えを聞き、腑に落ちた。


「確かにそうですね。そう考えると、ニヒェルマン総主教を法王にすることも、法国の弱体化と獣人族の救済だけでなく、別の意味があるのかもしれません」


「そうかもしれぬの。じゃが、考えがあるなら先に言ってくれればよいものを」


 そう言って大賢者殿は頭を横に振っている。

 確かに知っていれば、四聖獣様の怒りを受けることもなく、もう少しスムーズに話が進んだかもしれない。

 しかし、そこであることを思い出した。


「先入観を持っていると思わぬ方向に話が行き、制御できなくなることがあると以前マティアス卿は言っていました。ですので、彼は自分だけが知っていた方がよいと考えたのかもしれません」


「あのマティアスであれば、充分にあり得るの。人の心を読むという点では誰よりも優れておるからの」


「そうですね。いつも後から知って驚いています」


 私が笑うと、同じ思いなのか、大賢者殿もクスリと笑った。


 それからいろいろな話をした。

 ネーベルタール城でのことやマティアス卿から学んでいること、ケンプフェルト殿から剣を学んだこと、エルミラ殿との結婚のことなどだ。


「ところで管理者(ヘルシャー)についてどう思うかの? 鳳凰(フェニックス)が聞いた時には困っておったが、落ち着いて考えられるようになって何か思ったことはないかの?」


 唐突な質問に驚く。


(ヘルシャー)についてですか……以前、マティアス卿から千五百年前に自ら命を絶たれたと聞いた時は、なぜ?としか思いませんでした。四聖獣様や大賢者殿という強い力を持った方たちがいらっしゃるのに、死を選ぶ理由が分からなかったのです。しかし、今日の会議に参加して、何となくですが、気持ちが分かったような気がしています」


「ほう、それはどういうことかの?」


 大賢者殿は興味深そうに聞いてきた。


「この世界を守る。つまり、四聖獣様を始め、我々人族を含むすべての者を一身に背負うということです。確かに四聖獣様の力は強力ですし、大賢者殿もいらっしゃいます。ですが、責任は(ヘルシャー)が一人で負うことになるのです。私も国王として五百万の民に責任がありますが、未来永劫ではありませんし、宰相や重臣たちもいます」


 最近よく考えることだ。責任の重さに苦しくなる時がある。


「もちろん、私が判断を誤れば、子孫たちにも影響が出ますが、私もいずれ死にますから、その責任から逃れることができます。ですが、神は逃れることができません。それに世界から人が住める場所が徐々に減っていると聞きます。それに対して責任を感じれば、私なら圧し潰されてしまうでしょう」


「なるほどの。陛下ならどうすればよいと思うかの?」


「難しい質問ですね」


 本気で難しいと思った。それが顔に出たのか、大賢者殿は笑いながら付け加える。


「ただの雑談じゃ。難しく考えずに思ったことを言えばよい」


 そこであることが頭に浮かんだ。


「そうですね……解決する手段ではありませんが、もう一つ思ったことがあります」


「それは何じゃ?」


(ヘルシャー)には寿命がありません。長く生きれば、親しい者を徐々に失っていくことになります。もちろん、信頼できる四聖獣様や大賢者殿がいらっしゃいますが、親しい者の死を見続けることは苦しいことではないかと思います。私もマティアス卿やイリス卿、ラザファム卿、アレク……そんな心から信頼できる者たちがいなくなっていけば、心が折れるかもしれません。もっとも私が未熟だからそう思うだけかもしれませんが、それを防ぐ方法は思いつきません」


 想像すると悲しい気持ちになる。しかし、あり得ないことではない。マティアス卿たちは私より十五歳くらい年上なのだから。


「そうじゃの。友を失うことは悲しいことじゃ。管理者(ヘルシャー)であっても同じであろうの」


 そこで大賢者殿が数千年の時を生きていることを思い出した。


(この方はどれだけの死を見てきたのだろう……私には耐えられないだろうな……)


 寂しそうな彼女の顔を見て、そんなことを考えていた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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