第四十二話「大陸会議:その十」
統一暦一二一六年一月一日。
レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、法王庁前広場。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
白狼騎士団長ニコラウス・マルシャルクの処刑が終わった。
彼自身は一瞬で消滅し苦痛はほとんど感じていないだろうから、ある意味慈悲深い処刑方法かもしれないが、見ていた私たちは四聖獣の力の凄まじさに強い衝撃を受けていた。
その衝撃が未だに残っているが、私にはまだすることがあった。
『マティアスよ、そなたから提案があると聞いておる。一応、代行者には話しておるが、この場で今一度話すがよい』
大賢者の言葉に私は大きく頭を下げると、心を落ち着かせながら立ち上がり、拡声の魔導具のマイクを手に取る。
『発言の機会を与えていただき、ありがとうございます。今回の会議ではいろいろな議論がございました。また、四聖獣様、大賢者様のご懸念を各国の代表が直接聞くことができたこと、そして禁忌を冒した者の末路を目の当たりにしたことで、自らの行動を顧みるよい機会になったのではないかと思います』
まずは簡単に会議を総括し、その上で提案を行う。
『そこで私からの提案ですが、本大陸会議を不定期ではなく、定期的に開催してはどうかというものです。具体的には五年に一度、今回のように各国の首脳や魔導師の塔の責任者が集まり、今回説明したこの世界を守るという行動について、どのような結果になったのか報告し、更なる提案があれば議論することが必要だと考えます。定期的に開催する目的は会議の中でも話が出ましたが、四聖獣様、大賢者様のお考えを継続的に確認するためです』
そこで一度呼吸を整える。
『また、開催場所も輪番制にし、各国の首都としてはどうかと考えております。この理由ですが、現在六ヶ国ありますので、一巡するのに三十年掛かります。三十年であれば、前回の記憶を持つ者が残っているでしょうし、基本的に各国の首都は人口も多く、政治の中心ですので首脳以外の影響力を持つ者も多いことから、効果的であると考えるためです』
事前に説明しているため、途中で質問が出ることはなかった。
『質問や反対意見がないようですので、私の提案をお認めいただいたということでよろしいでしょうか』
『それでよい。次回は一二二一年一月、場所はグライフトゥルム王国の王都シュヴェーレンブルクじゃ。皆もそれでよいな』
大賢者の言葉に人族側は頭を下げて同意を示す。
『もう一点、提案がございます。今回の会議について公式の記録を残し、各国で公表すべきと考えます。記録につきましては、私の方で議事録を作成し、本日の午後に四聖獣様、大賢者様、各代表者の皆様に確認、承認いただきたいと考えておりますが、いかがでしょうか?』
『議事録を作って全員が同意するか……うむ。儂はよいと思う』
大賢者は賛成するが、四聖獣から苦情が出る。
『まだ拘束するというのか?』
聖竜が文句を言うと、鳳凰もそれに同調する。
『僕も面倒だな。助言者が確認するだけでいいんじゃないの』
それに大賢者が答える。
『儂はそれでも構わんが、鷲獅子、神狼、その方らもそれでよいか?』
二体の聖獣も頷いて同意を示す。
『では、四聖獣様の代理として大賢者様にご確認いただくことにいたします』
これで大陸会議については終わりだが、もう一つ提案を行う。
『これは四聖獣様には関係ありませんが、せっかく各国の首脳が集まっているのですから、明日にでも国際会議を開いてはどうかと考えております。議題は安全保障や通商に関することがよいかと思いますが、今回は我が国及びグランツフート共和国と、レヒト法国との間で定められた停戦合意について説明したいと考えております。いかがでしょうか?』
四聖獣たちは興味を失っているが、大賢者は大きく頷く。
『それはよいことじゃな。マティアスが言う通り、国を代表する者が集まっておるのじゃ。この機に話をすれば、相互の理解が進むやもしれぬ。完全には理解できぬとしても、直接言葉を交わせば、多少は相手のことが分かる。疑心暗鬼に陥る恐れが減るだけでもよいことじゃと思うぞ』
大賢者の言葉に各国の首脳も頷く。
各国とも個別で会談は行っているが、六ヶ国すべてが集まるということに魅力を感じているようだ。
そこで皇帝マクシミリアンが発言を求めた。
マイクを手に取ると、私を見てニヤリと笑った後、話し始める。
『その会合に出席するのは代表のみとしてはどうだろうか。大賢者殿の言葉ではないが、代表が言葉を交わすことが重要であるなら、忌憚のない意見が言えるよう、人数を絞るべきだと思うが』
私を出席させないための提案のようだ。
『私もそれがよいと考えております。付け加えるなら、その会議の場では他国を非難するような言動は慎み、建設的な意見の交換としてはどうかと考えます。そのためにも大賢者様にご参加いただくことが望ましいと思います』
私が賛成すると思っていなかったのか、皇帝の笑みが消え、右の眉が上がる。
大賢者と各国の首脳から賛同が得られたため、明日の午後に大聖堂の会議室で首脳会議が開かれることが決定した。
大賢者によって大陸会議の終了が宣言され、四聖獣たちは聖都レヒトシュテットから飛び立っていった。
四聖獣たちを見送った後、各国の首脳たちも立ち上がり始める。
「見事なものだ。法国の政治に介入し、余に掣肘を加える。誰にも真似できぬことであろうな」
皇帝マクシミリアンが笑顔を浮かべて話しかけてきた。
「いやぁ、陛下のおっしゃる通りですな。次期法王ニヒェルマン殿も貴殿には逆らえぬでしょうし、西と南の安全を見事に確保されましたな」
ヨーゼフ・ペテルセン元帥が隠し持っていた蒸留酒の小さなボトルを取り出しながら笑っている。
「陛下もお見事でした。私に対する疑念を各国の首脳に植え付けるとは思いませんでした。それに明日の会議の主導権もしっかりと握っておられます。さすがは政戦両略の天才と謳われた方と感服いたしました」
そう言って笑顔で返す。
「その顔は負け惜しみというわけでもなさそうだな。ジークフリート殿も侮れぬから、明日は気を引き締めねばならんようだ」
それだけ言うと、マントを翻して去っていった。
それと入れ替わるようにグランツフート共和国の関係者が現れた。
「それにしてもヒヤヒヤさせる。四聖獣様にお前が殺されるのではないかと何度も思ったぞ」
ゲルハルト・ケンプフェルト元帥が呆れたような表情をしている。ミッター・ハウプトマン議長とフリッツ・ヴェーグマン外交部長も大きく頷いていた。
「危険はありませんでした。聖竜様も神狼様も本気ではありませんでしたので。まあ、あとで大賢者様からお叱りは受けるでしょうけど」
そこで話を変える。
「話は変わりますが、四聖獣様が一堂に会したところを見て、どのような感想をお持ちになられましたか?」
ケンプフェルト元帥はこれまで四聖獣に会ったことがなく、フェアラート会戦で帝国軍に囲まれても全く怯まなかった彼がどのような感想を持つか聞きたかったのだ。
「事前に聞いていたが、聞いただけでは分からぬというのは実感した。一度でも目にすれば、あの方々に逆らおうなどとは絶対に思わぬ。神の代行者なのだと魂で理解した。まあ、目の前に逆らった者がいるのだが、今でも信じられぬ。儂にはあの威圧を受けて立っていられる自信はないぞ」
私が苦笑していると、ジークフリート王が加わってきた。
「私も同じ思いでした。マティアス卿の凄さを改めて感じています」
「確かに。ですが、陛下もなかなかの胆力をお見せになりましたな。一番に説明を行い、見事にお答えして四聖獣様から認めていただいたのですから」
「無我夢中でしたのであまり覚えていないのです。それに質問への対応はマティアス卿が作ってくれた問答集がありましたから、私でも答えられたのだと思いますよ」
元帥の称賛に国王が照れている。
二人の会話を聞きながら、ジークフリート王のことを考えていた
(大賢者様だけでなく、四聖獣様も陛下に期待を寄せている。それも並々ならぬ期待だ……干渉してくることはないと思うが、大賢者様に話を聞いておいた方がよいかもしれないな……)
そんなことを考えながら、議事録を作るために大聖堂の会議室に向かった。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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