第四十話「大陸会議:その八」
統一暦一二一六年一月一日。
レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、法王庁前広場。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
大陸会議はほぼ私の思惑通りに進んでいる。
レヒト法国の法王アンドレアス八世を退位させ、北方教会の総主教マルク・ニヒェルマンを次期法王とすることを、四聖獣と大賢者に認めさせた。
これにより、法国内でニヒェルマンの法王就任に反対する声が上がる可能性は限りなくゼロになった。反対するということは四聖獣に逆らうことであり、国を亡ぼすことになりかねないからだ。
また、ゾルダート帝国の皇帝マクシミリアンについても、行動に一定の制限をかけることに成功している。大賢者だけでなく、四聖獣が皇帝を警戒していると認めたことで、今後皇帝が新たな動きを見せた時に、情報操作を仕掛けやすくなった。
但し、四聖獣が私に対して強い警戒を示したことが気になっている。
以前から鷲獅子が、私が彼らを利用しているのではないかと警戒していることは知っているし、他の四聖獣も同じようなものだと思っていた。
しかし、大賢者までもが私への懸念を明言したことで、各国の指導者たちが私に対して隔意を持ち、私の言葉を受け入れない可能性を懸念している。
そんなことを考えるが、会議自体は順調に進み、オストインゼル公国の説明も終わった。公国は帝国と事前調整していたのか、ほとんど同じ内容だった。そのため、具体策を詰めるように言われただけで、特に問題にはなっていない。
また、魔導師の塔についても一番手である叡智の守護者の説明が終わっている。大導師シドニウス・フェルケは大賢者マグダの盟友と言える人物であり、説明内容は具体的かつ納得性のあるもので、四聖獣たちも何も言わなかった。
真理の探究者の説明が始まろうとしていた。
説明者は大導師ゲルトルートだ。
白髪交じりのバサバサの髪を無造作に括り、灰色のローブを身に纏った五十代半ばの普人族の女性に見える。
実際には五百歳を超えているらしく、巨大な紅玉が嵌め込まれた杖を持っている姿は、私が見てもただ者でないと思うほどだ。
大賢者やシドニウスから聞いた話では、五十年ほど前に最高位の大導師に昇格したそうだ。
その頃から真理の探究者の活動方針が大きく変わっている。
以前から魔導具の研究を進めていたが、フリーデン時代以前の遺跡などに残る魔導具を積極的に購入し始めた。
また、比較的若く、研究に積極的な魔導師を多く登用している。
そのため、その若い魔導師たちが暴走し、少し前に大規模な召喚魔導を行って、村が一つ全滅しているらしい。
『ゲルトルートよ。以前より儂は懸念を伝えておった。それを含めて、この大陸を守るためにどうするのか、儂だけでなく、代行者が納得する説明を頼むぞ』
ゲルトルートはふてぶてしい感じで頷くと、説明を始めた。
『そもそも我が塔の方針はこれ以上の世界の崩壊を防ぎ、失われた地を回復すること。よって、特に方針を変更する必要性を認めません。但し、比較的若い魔導師が研究に没頭するあまり、暴走気味になっていることは事実。特に塔の監視の目が届きにくい地方の支部ではいくつかの不適切な事例が見られたことは謝罪したいと思います……』
大賢者の顔を見るが、眉間に皺を寄せている。今の説明にあまり納得していないようだ。
『それを防ぐためにまず大規模な魔導を使用する際は塔の許可を得ることを徹底させます。また、新たな魔導具の開発も塔に届け出ることを徹底させ、危険な兆候があれば禁止します。それに加え、地方支部の統制の強化を図るため、導師級の監察官を定期的に派遣し、暴走気味の導師や上級魔導師がいないか確認させます。発見した場合は、私自らが確認、処分いたします。我が塔の対応策は以上です』
大賢者の表情は硬いままだ。また、四聖獣たちも興味がなさそうな鳳凰以外は不機嫌そうに唸り声を上げている。
『そなたらの組織では競争が激しいと聞く。素直に塔の許可を得るとは思えん。無断で研究を行おうとする者が必ず現れるはずじゃ。監察官を派遣するというが、その者は信用できるのかの? 派閥争いがあるそなたの組織で有効に機能するとは思えぬがな』
真理の探究者は三つの塔の中でも最大の構成員数を誇る。他の塔に比べ、世俗と関わることが多く、魔導師たちの虚栄心が強いと大賢者は考えていた。
『やってみなければ分からぬのではありませんか? 我が塔だからと最初から否定されるのでは何もできませんが?』
ゲルトルートはふてぶてしく言い放つ。
塔で最高位の魔導師である大導師といえども、四聖獣や大賢者と比較することもおこがましいほどの差がある。四聖獣が怒りに任せて力を振るえば、何もできずに消滅するとシドニウスから聞いていた。
『やらせてみればよい。但し、馬鹿なことをする者が現れたら、塔ごと潰せばよいだけだ』
聖竜が不機嫌そうに言い放つ。
『我も聖竜の意見に賛成だ。世界を滅びに向かわせるような研究をする者を存在させておく必要性を感じぬ』
鷲獅子がそう言うと、神狼も同意するように頷いて鼻を鳴らした。
『代行者らはこう言っておるが、その覚悟があるということでよいのじゃな。明らかに禁忌を冒した者が出たら儂も代行者らと共にそなたらを潰しにかかる。それでよいのじゃな』
口調は平板だが、ゲルトルートに対して怒りを覚えているようだ。
『明確な証拠があった場合はそれでも構いません』
『合成獣程度の召喚なら大事に至らぬと思っておるのであろうが、炎の巨人の魔導を暴走させ、村を一つ全滅させたことは充分に制裁の対象となる。幸い、魔素溜まりは生まれなんだが、あの辺りの魔素が不安定になったこともまた事実じゃ。次に同じことを起こせば、組織ごと潰す』
詳しくは聞いていないが、グランツフート共和国の南部で魔導師がキメラを召喚し、更に妨害しようとした魔獣狩人を始末するために大規模な魔導を使った上、暴走させたらしい。
その言葉にゲルトルートの顔が青くなる。
恐らくだが、大賢者がそこまで知っていると思わなかったようだ。
各国の代表団を始め、レヒト法国の出席者からも驚きと不信の声が漏れる。
『そ、それは……』
『ゲルトルートよ、そなたが責任をもって対応すればよいだけじゃ。下がるがよい』
大賢者はそう言って突き放す。
『次は神霊の末裔じゃ。ダグマーよ、そなたらにも我らは疑念を抱いておる。そのつもりで確と説明せよ』
神霊の末裔の大導師ダグマーが前に出る。
その姿は独特だ。ゆったりとした真っ白なローブを身に纏い、白い仮面を付けている。そのため、見ただけでは性別すら分からないが、大賢者に聞いた話では女性らしい。
仮面は素焼きの陶器のような質感で、眼のところにだけ細い切れ込みがある。銀色の髪と相まって神秘的ともいえる雰囲気を漂わせていた。
『では説明させていただく。我らは管理者の忠実なる僕。そのお言葉に逆らうことなど考えられぬ。よって今まで通り、管理者の復活に備えて研鑽を積むのみ』
仮面によってややくぐもった感じの中性的な声だが、思ったより若々しい声だ。
(ゼロ回答か……四聖獣が納得するとは思えないんだが、何を考えているのだろうか?)
まさかのゼロ回答に驚いていた。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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