第三十九話「大陸会議:その七」
統一暦一二一六年一月一日。
レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、法王庁前広場。皇帝マクシミリアン
ラウシェンバッハの独壇場を呆然と見ている。
(奴は何者なのだ……神に等しい四聖獣様を前にしても法国に謀略を仕掛け、何事もなかったかのように成功させている。確かに恐るべき知力の持ち主だと思っていたが、あの胆力は異常だ……)
この状況で一つ間違えば、四聖獣様の制裁を受け、死に至る。
たとえ、大賢者の弟子であっても聖竜様や神狼様なら、そのようなことは一顧だにせず、消し去るだろう。
そのリスクを考えれば、レヒト法国に対して謀略を仕掛けることなどできないはずだ。
(待て……同じことが我が国にも言えるのではないか? このタイミングで謀略を仕掛けられたら、余もペテルセンも対応できぬ。何か手を打たねば……)
我が帝国への謀略の可能性に気づいて焦るが、対応策が思いつかない。
『では、ゾルダート帝国の考えを聞かせてもらおうか。マクシミリアン帝よ、帝国の方針を聞かせてくれぬか』
我が国が説明する順番になってしまった。
それでも平静に見えるよう余裕の笑みを無理やり作り、立ち上がる。
『では、説明させていただきます。我が国も禁忌に関しては断固たる態度で挑み……』
説明内容はそれまでの国と大して変わらない。
但し、事前にラウシェンバッハから具体性に欠けると言われている。そのため、具体策を提示するが、グライフトゥルム王国やその同盟国に比べれば、まだ甘いと言わざるを得ない。
『具体策ですが、フィーア教の神殿に援助を行い、神官から神の教えを定期的に説明させることを考えております。また、今回の会議についても神殿を通じて説明させるつもりです。これは国から一方的に通達されるより、中立的な神官から聞いた方がより納得するのではないかと考えたからです。我が国の方針につきましては以上ですが、本会議で四聖獣様のお考えを伺い、修正すべき点があれば即座に対応する所存であります』
何とか説明を終えた。
これほど緊張したのは初めてかもしれない。
『マクシミリアン帝よ、ご苦労であった。では、聞きたいことがある者はおらぬかの』
大賢者殿が四聖獣様に視線を向けた。
鷲獅子様が小さく頷き、念話を送ってきた。
『そなたは非常に合理的な考えの持ち主と助言者から聞いている。魔導の戦争への使用について、どう考えておるか答えよ』
『お答えします。確かに私は合理的な考えを持っていると自覚しています。ですので、戦争での魔導の使用は合理的ではなく、これまでも、そして今後も使用することはないでしょう』
『合理的に考えて魔導を使用せぬということか。理由を聞かせよ』
『魔導を戦争に使うことは神の定めた禁忌。それを冒せば、四聖獣様から制裁を受けます。これは魔象界の恩寵の末路を考えれば明らかです。勝利のために魔導を使用したのに国が亡ぶ。合理的でないことは明らかです』
『つまり我らが制裁するから使わぬということか……うむ。そなたの考えはよく分かった』
何か引っかかる気がしたが、すぐに神狼様が質問してきた。
『我からも聞きたい。管理者について、そなたはどう考えておるのか』
先ほどジークフリート王が鳳凰様から受けた質問であり、答えは考えてあった。
『この世界を救う方であり、もし降臨されれば、その偉業の一助となるべく、御許に馳せ参じたいと考えております』
『殊勝である。では、管理者を助けると言ったが、そなたに何ができるのか申してみよ』
この質問は想定していなかった。
『具体的には考えておりませんでしたが、私には一千万人に及ぶ我が帝国の民に命じることができます。この力があれば、神のお役に立てるのではないかと考えます』
『それは人族の代表となるということか』
『まだ我が国は大陸を統一しておりません。ですので、すべての人族の代表とは言えないでしょう。ですので、現時点では代表の一人として、神のお役に立ちたいということになります』
『うむ。理解した』
怒りのような力は感じないが、どこか不信のような感情がある気がした。
(ラウシェンバッハが大賢者を通じて何か吹き込んだのではないか? 私が野心家であり、この世界にとって危険であると……)
そんなことが頭に浮かんだため、聞いてみた。
『私からもお聞きしたいことがございます』
『なんじゃ? 申してみよ』
『ラウシェンバッハ伯爵は大賢者殿の弟子と聞いております。彼と私が激しく対立していることは既にご存じかと思いますが、その彼から何か聞いているのでしょうか?』
私の言葉に大賢者と四聖獣様が一斉に強い感情を表した。
『それは儂らがマティアスに操られておると言いたいのか?』
そこで激しく後悔する。彼らの逆鱗に触れたと思ったのだ。
『そ、そのようなことは申しておりません! ラウシェンバッハ伯爵が世界の存続を優先していることは理解しております。ですが、私に含むところがあることもまた事実。私、そして我が国に対してご懸念があるなら、その旨を教えていただけないでしょうか』
『そなたが野心家であるということはマティアスから聞くまでもなく知っておる。無論、あの者からも聞いておるが、ただの野心家であれば、我らは禁忌さえ冒さねば関与はせぬ。野心家を罰するのであれば、そなたの祖先の多くが罰せられておることになるからの』
その言葉に安堵する。
しかし、大賢者の言葉はまだ続いていた。
『儂が恐れておるのは目的のために手段を択ばぬという点じゃ。確かに禁忌を冒すことは今までなかった。森林地帯で皇国兵に撹乱されても森を焼くという選択を採らなかった。マティアスから聞いたが、森を焼くことが一番有効かつ簡単な方法だそうじゃ。合理的なそなたならやりかねぬと思ったが、そなたはその手段を採っておらぬ。このことからも禁忌を冒すことはないと思っておる……』
『では……』
大賢者の話はまだ続いていた。
『じゃがな、もし管理者ですら見逃しておる世界を滅びに向かわせるかもしれぬ危険な行為があったとしたら、そして、それがそなたの野心に有効な手であったとしたら、そなたは躊躇わずに使うのではないか?』
『それは今時点では禁じていない行為ということでしょうか?』
『そうじゃ。そなたなら禁じられておらぬのであれば、世界が危機に陥る可能性があろうと、その手を使うのではないか?』
そう言われると否とは言えない。
『おっしゃりたいことは理解しました。しかしながら申し上げます。その行為が危険だと認識していれば、私は手を出さないと断言します。ただ、危険だと認識していなければ、お約束はできません。しかし、これは誰であっても同じではないでしょうか』
『そうじゃな。じゃが、そなたほどの才があるなら、新たな危険に手を出すのではないかと危惧してしまうのじゃ』
この言葉には頷けない。
『私の才能を買ってくださることはありがたいですが、才能があるから危険だというのであれば、私などよりラウシェンバッハ伯爵の方が危険ではありませんか?』
こういえば、大賢者はともかく、四聖獣様がラウシェンバッハを警戒するはずだ。
しかし、余の思惑は大きく外れた。
『その通りじゃ。マティアスは危険じゃと思っておる』
まさか肯定してくるとは思わず、言葉が出ない。
四聖獣様たちも各々頷いており、大賢者と同じ認識のようだ。そのことにも衝撃を受ける。
『マティアスの才は儂では測れぬ。じゃから、儂自らが監視しておるし、代行者らも警戒しておる。先ほどからの話でそなたも感じたのではないか』
確かに鷲獅子様はラウシェンバッハに対し、否定的な意見を言っている。
『では、大賢者殿の監視を受け入れればよいのでしょうか?』
『それはせぬ。今の話を心に留め、世界の存続のために尽力してくれとしか言えぬ』
それに頭を下げることしかできない。
(考え方が合理的であるが故に、余は四聖獣様から警戒されているのか? だが、合理性を求めることは人として当然だ。どうしたらよいのだ……まさか、これもラウシェンバッハの策略か!)
そのことに気づくが、頭が混乱し、これ以上考えられなかった。
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