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第三十七話「大陸会議:その五」

 統一暦一二一六年一月一日。

 レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、法王庁前広場。北方教会マルク・ニヒェルマン総主教


 私は法王の座を得るべく、勝負に出た。

 四聖獣様、大賢者様の前で教団批判をぶちあげるのだ。


 先日、ラウシェンバッハから法王アンドレアス八世聖下では腐敗した聖職者の追放までしか提案できず、大賢者様が納得しないと説明された。私もその通りだと思った。


 その際にラウシェンバッハが私にある案を提示した。そして、彼はその案を私の意見として四聖獣様に説明してはどうかと言ってきた。

 私も勝負に出るなら、その方がいいと了承した。


 但し、四聖獣様も大賢者様も露骨な嘘には敏感に気づかれるので、嘘にならないような表現に修正している。


 教義に誤りがあると言うと、教団の者たちが反発しようとしたが、四聖獣様たちの威圧で沈黙する。私も強い衝撃を受けたが、何かあればラウシェンバッハがフォローしてくれると約束してくれたため、何とか耐えられた。


 気合いを入れ直して、説明を始める。


『先ほどグライフトゥルム王国のラウシェンバッハ伯爵が申しました通り、(ヘルシャー)のお考えはこのエンデラント大陸に住むすべての者が世界を守るという大義を理解することだと考えます。しかしながら、我が教団の教義では(ヘルシャー)と姿かたちが近い普人族(メンシュ)こそが神の子であり、他の種族は劣った存在として人とみなされません。実際、ラウシェンバッハ伯爵の護衛である獣人族(セリアンスロープ)の戦士たちに対し、我が教団の者たちは白い目で見ておりました。このような考えでは大陸に住むすべての者が手を取り合って考えることなどできないと愚考いたします』


 ラウシェンバッハから普人族至上主義に対し、大賢者様が嫌悪感を抱いていると聞いており、その話から始めた。


『その通りじゃ。儂は常々そのことが気になっておった。じゃが、教団の者は誰も考えようとせなんだのじゃ』


 伯爵の予想通り、大賢者様が大きく頷く。

 それが自信になり、気をよくして説明を続ける。


『お恥ずかしい話ですが、私もここに来るまで漠然としかそのことを感じておりませんでした。しかし、ラウシェンバッハ伯爵と話をし、この教義こそが我が教団の大きな誤りであり、これを正さずして聖職者や信徒たちが神の考えを正しく理解できることはないと思い至ったのです』


『ほう、マティアスと話をしたのか』


 大賢者様に納得いただくため、あえてラウシェンバッハの名を出した。これも彼が提案したことだ。


『はい。伯爵は私がトゥテラリィ教団で唯一、獣人族に祝福を与えた聖職者として高く評価してくれました。ですが、先ほども申し上げた通り、獣人族に対し祝福を与えた時、神の教えを明確に意識したわけではなく、漠然とした疑念があっただけで、マルシャルクが獣人族を戦力化する際に認めたに過ぎません。ですので、胸を張って言える話ではありませんが、ここに来てようやく腑に落ちたのです……』


 大賢者様だけでなく、四聖獣様も威圧を弱めており、興味を持たれたようだ。

 ここまではラウシェンバッハの考え通りであり、更に自信が湧いてきた。


『私の考えですが、トゥテラリィ教の教義から普人族至上主義を削除し、すべての種族と手を取り合ってこの大陸を守ることを明記するというものです。教義そのものを変えなければ、今の状況を打破できないと聖職者たちが気づけば、危機感を持ち続けることが可能ではないかと思います』


『うむ。それはよいの』


 大賢者様も四聖獣様も納得しつつある。だが、ここでわざわざ否定する考えを示す。これもラウシェンバッハの指示だ。


『ですが、懸念もございます』


 よい情報だけで納得させても、別の懸念が出れば、すぐに否定される。だから、あえて懸念を示し、様々な検討をしたと思わせた方がよいと言ってきたのだ。


『それはなんじゃ?』


 予想通り、興味を示してきた。


『ラウシェンバッハ伯爵と話をした際、彼が言ったのですが、教義を変えてもすぐに効果は出ないだろうということでした』


『どういうことじゃ?』


 大賢者様は首を傾げている。ご自身の考えと異なることに疑問を持ったのだろう。


『伯爵が人族の心理や行動について造詣が深いことはご存じかと思います。その彼から千年に渡って守られてきた教義を十年や二十年で完全に変えることはできないと断言しました。そして、恐らく五十年、百年と長い時が掛かるだろうと言ったのです』


 そこでラウシェンバッハを見る。これも事前の打ち合わせ通りだ。

 私の視線を受け、彼は大きく頷いていた。

 そのことに大賢者様が気づかれた。


『それほど掛かるのか? マティアスよ、真か?』


 大賢者様は私に聞くより、本人から聞いた方がよいと判断されたようだ。

 私は心の中で安堵の息を吐き出した。

 そしてラウシェンバッハが立ち上がって話し始める。


『幼少の頃より教え込まれたことを即座に変えることはできません。そして、その考えに縛られた者が自らの子に教えるのです。教典が書き換えられたとしても、それを教える聖職者も完全に考えを捨てきれないでしょう。恐らくですが、完全に払拭するには少なくとも三世代は必要ではないかと考えています』


『言わんとすることは分かるが、その根拠は何じゃ』


『今より千二百年ほど前、フリーデンなる理想郷がございました。しかし、その理想郷は僅か三十年ほどで滅んでおります。その原因となったのはオルクスなる魔導師集団です。オルクスたちは魔導師(マギーア)以外を見下しておりました』


『そうじゃの』


 大賢者様は暗い顔で頷く。


『そのことを憂いた管理者(ヘルシャー)からその考えを捨てるように諭されましたが、考えを改めておりませんでした。そのことに絶望し、管理者は身罷れたほどです。管理者が身罷れてから三百年後、彼らはフリーデンに対し反乱を起こしました。彼らが長寿であったことを考えれば、普人族であれば百年ほどは続くと見てよいのではないかと思います』


 神話の時代の話まで持ち出すとは思わなかったが、私は小さく頷いて同意を示しておく。


『なるほどの。あの者たちには何度言い聞かせても無駄であった。結局、力で抑えつけて考えを捨てぬ者を滅ぼすしかなかったほどじゃ。そう考えれば、そなたの言う通り、少なくとも百年は必要であろうの』


『そんな教団にあって、ニヒェルマン総主教猊下は違和感を持っておられました。これは稀有なことだと私は考えます』


 それだけ言うと、話が終わったというように片膝を突いた。


『うむ。総主教よ、時が掛かることは理解した。その上で何を提案するのじゃ?』


 ここからが本番だと気合いを入れる。


『私とラウシェンバッハ伯爵が協力し、獣人族に対する差別を根絶いたします。教典の修正はもちろん、聖職者への教育も実行しますが、申し上げた通り、時間が掛かります。それではその間、獣人族は不幸なままで、それを見た子供たちが考えを改めることはないでしょう……』


『うむ』


『それらを防ぐために、我が国の獣人族をグライフトゥルム王国に移住させる事業を実行いたします。ラウシェンバッハ伯爵領の獣人族を見れば、これが一番早く確実に獣人族を幸せにする方法であると確信しております』


『そうじゃの。儂も見ておるが、僅か十年であの者らの表情は大きく変わっておる』


『その陣頭指揮を私が執るつもりです。我が国でこれを行えるのは私だけであると自負しているからです』


『それはそなたが法王になるということかの? 禁忌を冒した責任はどうするつもりじゃ』


 大賢者様は冷たい目で私を見ている。

 怯えそうになる心を抑え込み、真っ直ぐにその視線を受け止めた。


『我が国を変えることこそ、責任を取ることだと確信しております。そのために(ヘルシャー)の教えを否定する者を排除します。どれほどの犠牲を払っても成し遂げる。その覚悟でございます!』


 教義を否定し、更にどれほどの反対があってもやり遂げると宣言する。

 これで多くの聖職者を敵に回すことになるが、このままではマルシャルクと共に断罪されるだけだ。それならば、勝負に出た方がよほどマシだと割り切ったのだ。


『それほどの覚悟を持っておるのか……代行者(プロコンスル)よ、そなたらの意見を聞かせてくれぬか』


 鷲獅子(グライフ)様が最初に意見を言われた。


『我は認めぬ』


 いきなり否定されたことに驚くが、ラウシェンバッハが頷いているので表情は変えない。


『なぜじゃ? 直接関わったわけでもなく、不退転の覚悟で管理者(ヘルシャー)の考えを浸透させると言っておるのじゃ。やらせてみて出来ねば、その段階で断罪してもよいと思うがの』


『マティアスに使嗾されておるところが気に入らぬ』


『なるほどの。マティアスよ、何か言いたいことはあるかの?』


 そこでラウシェンバッハが再び立ち上がった。


『ございます。鷲獅子(グライフ)様は私が王国のためにニヒェルマン総主教猊下を操ろうとお考えではありませんか?』


『その通りだ。我らの力を国のために使おうとしておるとしか思えぬ』


 そこで強い圧力を受ける。

 しかし、ラウシェンバッハは平然と受け止め、笑みを浮かべて話を始めた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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