第三十五話「大陸会議:その三」
統一暦一二一六年一月一日。
レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、法王庁前広場。国王ジークフリート
大陸会議が始まったが、すぐに聖竜様、神狼様が怒りを見せられ、私たちは息をすることも難しいほどの圧力を感じていた。
特に怒りをぶつけられた法王アンドレアス八世は頭を抱えて蹲っているほどだ。
そんな中、マティアス卿が立ち上がり、大陸に住むすべての者がこの世界を守るために何をすべきか理解しなくてはならないと主張した。
(確かにこの会議の目的は世界を守ることだ。だからといって、四聖獣様に向かって、神の復活を望んでいないのかなんて、私には絶対に言えない。お怒りになることは明らかなのだから……)
マティアス卿は聖竜様たちに真正面から正論をぶつけたが、聖竜様、神狼様を説得し、怒りを収めさせることに成功した。
マティアス卿が言い過ぎたと謝罪すると、大賢者殿が会議を再開しようと法王に視線を向ける。
『それでは改めて法王に聞く。禁忌を冒した者はそなたらの国の重臣じゃ。それに教団の上位者でもある。その上でこのことに対し、どう考え、どう行動するのか、儂や代行者らが納得する説明をせよ』
法王は未だに震えており、立ち上がることができない。
『早うせよ』
それでも法王は動けなかった。
そこで私が手を上げた。
『ジークフリート王よ。そなたの番はまだじゃ。待っておれ』
用意してある拡声の魔導具のマイクを手に取り、話し始める。
『大賢者殿に申し上げます。アンドレアス殿は先ほどの衝撃が抜けておられぬご様子。この状態では話もできないでしょう。落ち着くまで時間が掛かりそうですので、先に我が国の方針を説明してはどうかと考えました。いかがでしょうか』
大賢者殿は小さく頷き、四聖獣様たちを見た。
四聖獣様も異論はないようで小さく頷いておられる。
『よかろう。ジークフリート王よ、グライフトゥルム王国としての考えを聞かせてくれ』
『承りました』
そう言った後、ゆっくりと立ち上がり、四聖獣様たちを見る。特に怒りを見せてはいないが、好意的な雰囲気もなく、ゴクリと唾を呑み込んでしまう。
それでも気合いを入れ直してマイクを強く握った。
『それではグライフトゥルム王国の方針について、国王である私ジークフリートより説明いたします。まず、森に火を放つ行為を含め、神の定めた禁忌に抵触する行為については全面的に禁じ、それを国是といたします……』
更に具体的な方策について説明していく。
『森に火を放つ行為につきましては、魔素溜まりから半径五十キロ以内で故意に火を放った者、それを使嗾した者は極刑といたします。また、森に火を放つことを脅迫として使った者については、仄めかしただけでも放火と同罪とします。これらの重罪に対しては、個人、集団を問わず、関係者すべてを処分し、他国の場合は絶縁の上、その他の国と連携して、適正な処罰を要求いたします……』
この他にも狩人組合に対し、新人の魔獣狩人に森での火の取り扱いについて教育を実施させること、組合幹部が定期的に巡視を行い、焚火の不始末などが起きないように配慮させること、今後始まる教育改革で子供のうちから教育を徹底することなどを説明する。
『今回のことは神の定めたことを我々人族が正しく理解していなかったことが原因と考えております。我が国では教育の充実も図りますが、今回の大陸会議の結果をすべての町や村に周知し、四聖獣様がどのようにお考えなのかを正しく広めていく所存です。私からは以上となります』
鷲獅子様と三回も会っているため、四聖獣様の圧力を受けても何とか言い切ることができた。
『うむ。グライフトゥルム王国の方針については理解した。誰ぞ、質問はあるかの』
その言葉に神狼様が私に強い視線を向け、念話を送ってきた。
『人族は管理者の定めしことを正しく理解しておらぬ。そう申したのか?』
この質問はマティアス卿が作った想定問答集にあったため、迷うことなく答えることができる。
『お答えします。我が国では神が残された言葉をフィーア教の神官より聞いております。また、四聖獣様たちが制裁を加えた話も伝承として残っており、概念的なところでは理解していると考えております。しかしながら、あまりに古い話、我々にとっては数十世代も前のことであり、我々の理解が正しいのか、自信がありません。ですので、今回のように四聖獣様に直接お話しできる機会に確認し、それを周知することが必要だと考えました』
『うむ。助言者から聞いておる。普人族の寿命は短い。だから、言い伝えが正しいのか不安が残ると。我はよい考えだと思う』
何とか合格点をもらえたようだ。
『我からも聞きたい』
聖竜様が発言される。
『他国が禁忌を冒した場合、国交を断絶し、他国と連携して適切な処罰を要求すると言ったが、そなたの国は小さいと聞く。強者に対して弱者が吠えても意味がなかろう。その点についてはどう考えるのか』
先ほどのマティアス卿に向けた怒りからは想像できないほど理性的な念話で、そのことに少し驚く。
これも想定問答集にあったため、迷うことはない。
『聖竜様のおっしゃる通り、弱者の遠吠えに過ぎないと思います。それに大国がそのことを理由に戦争を仕掛け、我が国が敗北し、多くの兵が死に民たちが苦しむことになるかもしれません』
『そうであろうな。弱いとはそう言うことだ』
『ですが、国を守るために世界の存続を蔑ろにしては本末転倒です。それに我々に共感する人々が集まれば、大きな力になるはずです。私はこれが神がお考えになった理念ではないかと考えております』
最後の神は千五百年以上前にいなくなっている。その際、あまりに自分勝手な人々、自分たちの生活のために世界を危機に追いやる人々に愛想を尽かせたとマティアス卿より聞いていた。
そのため、世界を守るということを皆が真剣に考えることこそが、神の求めたことではないかと考えている。
『よい考えだ。それにそのような国があるなら、我らが黙ってはおらぬ』
『ありがとうございます。大変心強いお言葉をいただきました』
そう言って頭を下げる。
神狼様と聖竜様は今回の会議に反対のお考えと聞いており、そのお二方から合格点をもらえたことで安堵する。
少し気が緩んだところで予想していなかった方が発言を求めた。
『僕からも聞きたいんだけど』
これまで黙っていた鳳凰様が陽気な念話を送ってきた。
『君は管理者についてどう考えているんだい?』
質問が出た瞬間、大賢者殿が苦笑した気がした。
そのことを気にする余裕はなかった。この質問が想定問答集にはなかったためだ。一瞬戸惑ったが、すぐに気を取り直して答えていく。
『正直なところ、私にはよく分かっていません』
『よく分からないのに管理者が考えた理念だと言ったってこと? それはおかしくないかな?』
陽気な感じだが、強い圧力を感じ、背中に汗が流れる。
『私の考えが正しいのか、神に最も近い場所におられた四聖獣様に確認していただきたいと思って発言しました。私の考えに誤りがあったのでしょうか』
僅かに沈黙が流れる。
『どうだろうね。僕はあまりそう言ったことを考えたことがないからね。助言者、君はどう思うんだい?』
『ここで儂に振るか……』
大賢者殿はそう言って再び苦笑する。
『王の考えが間違っておるとは思わぬ。そなたもそう思っておるのであろう?』
そう言いながら鳳凰様を見る。
『そうだね。僕もジークフリートの考えはよいと思うよ。まあ、やってみないと分からないけどね』
何とか鳳凰様にも合格点をいただけたようだ。
『他に質問がないようなら、次の国に移るが』
そう言って四聖獣様を見るが、誰も口を開かなかった。
『王よ、ご苦労であった。そなたの考えは認められた。但し、次の機会までにどの程度の成果が出たのか、改善点は何か、そのようなことをいろいろと聞くと思う。そのことは覚悟しておくのじゃ』
『承りました。その辺りのことはマティアス卿と話し合っておりますので、充分な回答ができると考えております』
そう言って私は頭を下げた。
再び跪くと一気に汗が出てくる。思った以上に緊張していたようだ。
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