第三十四話「大陸会議:その二」
統一暦一二一六年一月一日。
レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、法王庁前広場。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
大陸会議と名付けられた四聖獣を交えた会合が始まった。
大陸会議という名だが、これは昨日、大賢者からの相談を受けて決まった。
『数年に一度行うのであれば、名があった方がよいの。なんぞよい名はないかの』
私も四聖獣が集まる会合という名では不便だと思っていた。
『そうですね。“エンデラント大陸安全保障代表者会議”というのはどうでしょうか? 大陸で影響力のある方が集まり、安全保障について議論する会議ですから分かりやすい名だと思いますが』
イメージとしては国連安全保障理事会だ。国連安保理が機能しているかは別として、大陸の安全保障を議論するための会議という意味で考えたものだ。
『そうじゃの。じゃが、少し長いの』
『ならば、“大陸会議”でよいのではありませんか?』
叡智の守護者の大導師、シドニウス・フェルケが提案する。
『大陸会議ですか……』
“大陸会議”と言うと、アメリカ合衆国独立前の“コンチネンタル・コングレス”をイメージしてしまうため、どうもしっくりこない。
『それでよいの。大陸のことを話し合う会議じゃと誰にでも分かる』
大賢者の一言で決まってしまった。
しっくりこないだけで特に問題もないので、私も異論は差し挟まなかった。
会議のために集まった四聖獣たちを見たが、神の代行者というだけあって、迫力がある。
最も迫力があるのはドラゴンである聖竜だ。体長は二十メートルを超え、座っているだけでも頭の高さは五メートル以上ある。コバルトブルーの美しい鱗が朝日を浴びて煌めくが、神々しい中にも荒々しさを強く感じている。
巨大な狼である神狼も聖竜に負けず劣らずインパクトがある。
新雪を思わせるような美しい純白の毛に覆われているが、口から覗く鋭い牙と氷河の氷のようなサファイアブルーの鋭い瞳が剣呑さを強めていた。
鳳凰は体長五メートルほどで、形はクジャクに似ている。全身から炎を吹き出しているかのような真っ赤な羽根で、尾羽からは実際に炎が出ている。
こちらに興味がないのか、何の感情も見られない。但し、気まぐれな性格と聞いているので、油断はできない。
既に見知っている鷲獅子だが、以前のような強い感情は見せず、一番安心できる。
いずれも強い力を感じ、彼らが怒りに任せて暴れたら大陸が滅びるというのが本当なのだと私でも思うほどだ。。
幸い、私には魔導器がないからそこまで恐怖は感じないが、一緒にいるジークフリート王や護衛のアレクサンダーが真冬の早朝の屋外であるのに額に汗が浮かんでいた。彼らには私より大きな力を感じており、緊張しているのだろう。
大陸会議は大賢者マグダが進行役となり、最初にレヒト法国の元白狼騎士団長ニコラウス・マルシャルクの罪を問うた。彼は全く反論することなく、罪を認めている。
マルシャルクだが、叡智の守護者の代表団と共に聖都に入っている。
次にレヒト法国としての方針について、法王アンドレアス八世が説明することになったが、四聖獣の神狼と聖竜が怒りの感情を僅かに見せた。
直接怒りを受けていない私には大したことはなかったが、周囲の人々の顔が強張っており、直接受けた法王は動けなくなってしまう。
大賢者もあまり感じていないのか、話を始めない法王を叱責する。
『何をしておる。早う説明せぬか!』
しかし、法王はパクパクと口を動かすだけで話ができない。
このままでは倒れるのではないかと思い、右手を小さく上げて発言を求めた。
『何じゃ、マティアス。そなたの出る幕ではないぞ』
そう言って大賢者は睨みつけてくる。事前の打ち合わせであまり出しゃばるなと釘を刺されていたためだ。
「恐れながら申し上げます。神狼様、聖竜様のお怒りを鎮めていただけなければ、法王聖下も話ができないのではないかと愚考します」
そこで大賢者は拡声の魔導具のマイクを切り、「何じゃと」と言いながら、横にいる神狼たちを見た。
やはり神狼たちが怒りをぶつけていることに気づかなかったらしい。
『神狼、聖竜、怒りを抑えよ』
そこで聖竜が念話で反論する。
『我の怒りはこの程度ではないぞ! 助言者よ、そなたにも分かっておろう!』
そう言って更に強い怒りを噴き出させた。
その結果、会場の多くの者がひれ伏す。法王に至っては無様にも尻もちをつき、そのまま後退って逃げようとしていた。
『やめよ。そなたの怒りは人族では耐えられぬ。この会議の目的を忘れたか』
『忘れてはおらぬ。だが、人族に甘い顔を見せれば、つけ上がるだけだ。我らの怒りを一度見せておいた方がよい』
聖竜は力を見せつけて我々人族に教訓を与えようとしているらしい。
それに神狼が同調する。
『聖竜の言う通りだ。管理者の申しつけを守れぬ者など不要。このような茶番に付き合う気はない』
神狼は管理者に盲従する性質と聞いているが、その通りだった。
『そなたらも納得してここに来ておるのだ! いい加減、怒りを抑えよ!』
大賢者が二体の聖獣を叱責する。
それでも聖竜と神狼の怒りは漏れ出たままだ。
何となくこうなることは分かっていたので、もう一度手を上げて発言を求めた。
『マティアスよ、言いたいことがあるのなら言ってみよ』
大賢者は自分では埒が明かないと思ったのか、先ほどとは異なり、私の発言をすぐに認めてくれた。
そこで私は立ち上がり、拡声の魔導具のマイクを手に取る。
『では申し上げます。今回の会議を提案したのは私、マティアス・フォン・ラウシェンバッハでございます。先ほど助言者である大賢者マグダ様がおっしゃられた通り、今回の会議は管理者が不在の今、どうやってこの最後の地を守っていくのか、それをすべての者に理解してもらうために開いたものです』
そこで聖竜が不機嫌そうに念話を送ってくる。
『我らの話に割り込むな。人族風情が僭越だとは思わぬのか!』
『無礼であることは重々承知しております。ですが、私を含め、人族も管理者によってこの地に遣わされた者なのです。それを否定することはできません。ですので、人族を含め、すべての者がこの大陸を守るために何をすべきか理解しなければならないのではありませんか?』
『理解など不要だ。力ある者が管理者の理念に従い、管理すればよいのだからな。そうであろう、神狼?』
どうやら聖竜と神狼は共闘することを事前に決めていたらしい。
『その通りだ。管理者の命に従ってこそ、この大陸に住むことができるのだ。それを忘れた者たちなど不要! 大陸から消し去ればよい!』
その言葉と強い怒りの感情に、法国関係者から悲鳴が漏れる。
二体はこのような会議をやめさせ、禁忌を冒した者を罰するだけでよいと考えているようだ。
それでは意味がないので、私は賭けに出た。
『それでは管理者が復活されなくともよいと、お二方はお考えなのですね』
私の言葉に聖竜が『何を言っておる!』と怒りをぶちまける。神狼も唸り声を上げ、怒りの感情をぶつけてきた。
予想通りの行動だが、彼らの怒りは物理的な力を持っており、思わずよろめいてしまう。
しかし、何とか踏みとどまって二体の聖獣を睨みつける。
『聖竜様、神狼様にお聞きします。管理者はなぜお隠れになったのでしょうか?』
『『……』』
二体の聖獣は黙っている。
答えられないわけではないが、答えたくないのだろう。
『管理者は世界を守るという大義を忘れ、自分たちの考えに固執する者たちに絶望し、お隠れになったと聞いております。代行者である聖獣様が世界を守るという大義を疎かにし、自らの考えに固執しておられます。これでは管理者が復活されても再び絶望するだけではありませんか? つまり、お二方は管理者の復活を望まれていないことと同じ!』
『何を言う!』
『我らと愚弄する気か!』
二体が同時に吼えた。
それに負けないように声を張り上げる。
『愚弄などしておりません! 純然たる事実を述べているだけです! 今のお姿を管理者が見ればどう思うことか……本気で復活を望まれるのであれば、代行者自らが範を垂れるべきでしょう! それなくして、新たな管理者が生まれることなどあり得ません!』
私の言葉に聖竜と神狼が黙る。
彼らも私が管理者候補であるジークフリート王の指導者であることを知っている。王には大賢者だけでなく、四聖獣も期待していると聞いていた。
私が“管理者が生まれることはない”と断言するということは、候補者であるジークフリート王に悪影響があると考えるはずだ。
そこに思い至れば、私の意見を聞くと考え、賭けに出たのだ。
『マティアスよ、その辺りで矛を収めよ。聖竜、神狼、その方らもまずは大人しく聞け。よいな』
大賢者の言葉で二体の聖獣は怒りを抑えた。
『無礼な発言でした。謝罪いたします』
私はそう言って大きく頭を下げた。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
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