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第二十一話「第三王子、落ち込む」

 統一暦一二一五年二月二十八日。

 グライフトゥルム王国南東部ラウシェンバッハ子爵領、領主館。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵


 昨日、久しぶりに領地に戻ってきた。

 前回領地に戻ったのは統一暦一二一〇年二月頃で、その後は赤死病の発病や暗殺者による南方の風土病で倒れたため、戻ることができていない。


 昼過ぎに領都に到着したが、領都の東を流れるエンテ河の船着き場には多くの領民が待ち受けていた。


「マティアス様! お帰りなさい!」


「ご領主様、万歳!」


 見える範囲だけでも数百人が私の帰還を歓迎してくれている。


「凄い人気だな。さすがはマティアス卿だ」


 一緒に船を降りたジークフリート王子がうんうんと頷きながら感心している。


「父と弟、家臣たちのお陰ですよ。私が不在の間にも領地を発展させてくれましたので」


「そのようなことはないのではないか? 彼らの顔は心から歓迎しているように見えるが」


 王子の言う通り、歓迎してくれていることは分かるが、父を始めとした家族や家臣たちが頑張ってくれた結果だと思っている。


 馬車に乗り込むと領民たちの間を抜けて領主館に向かう。

 領主館に入ると、父リヒャルトらが待っていた。


「リヒャルト・フォン・ラウシェンバッハと申します。ジークフリート殿下、ようこそラウシェンバッハへ。我ら一同は心より歓迎いたします」


「歓迎に感謝する。リヒャルト卿には面倒を掛けるが、よろしく頼む」


 本来なら私が王子の相手をするべきなのだが、明日にはグランツフート共和国に向けて出発するため、父が責任者となる。


 屋敷に入ると、母ヘーデ、弟のヘルマン・フォン・クローゼル男爵らが紹介される。

 その間に妻のイリスと話をする。


「ライナルトさんに聞いたが、補給体制の方は順調のようだね。編成の方はどうかな?」


「補給の方は完璧よ。既にヴァルケンカンプまでの手配は終わっているし、ズィークホーフ城までも動き始めているわ。編成の方はヘルマンとデニスに相談して、二千人の義勇兵は確保したわ。選ぶのに苦労したけどね」


 獣人たちの私に対する忠誠心は非常に強く、私が出陣すると聞いて、獣人族入植地の自警団員の多くが義勇兵に応募した。その数は六千人以上で、それを三分の一に絞ることは騎士団長のヘルマンと獣人族の取りまとめ、デニス・ヴォルフがいても大変だったようだ。


「それはお疲れさま。まだ訓練もあるから、引き続きよろしく頼むよ」


「ええ。ハルトが来るまでは私が対応するわ。でも、あなたは大丈夫なの? ここまで結構な距離を移動しているし、この後も共和国まで行くのよ。今度はほとんどが陸路だし、身体が心配だわ」


「今のところ問題はないよ。それに私が先行した方が騎士団の移動を早められる。私の馬車に合わせる必要がなくなるからね」


 私は移動の際、騎乗ではなく、馬車を使う必要がある。一応馬に乗れるほどには回復しているが、三月の初旬ということでまだまだ風が冷たく、長時間の騎乗に不安があるからだ。


 また、馬車の場合、一日当たりの移動距離はせいぜい三十キロメートルだろう。それ以上の移動は振動が大きな馬車では身体に負担が掛かりすぎるためだ。


 通常なら更に鈍重な輜重隊が同行するため、問題にはならないが、今回は必要な物資を予め運んでおくため、実戦部隊だけの移動となる。


 普通の人間である普人族(メンシュ)が多いエッフェンベルク騎士団はともかく、ラウシェンバッハ騎士団や義勇兵は頑健な獣人族(セリアンスロープ)が主であり、通常の行軍でも一日当たり四十キロメートルは移動できる。


 今のところ、時間的に余裕があり、急ぐ必要性はあまりないのだが、不測の事態に備えることを考えると、私が同行しない方がいい。


 共和国との国境にあるゾンマーガルト城の城代、ハルトムート・イスターツは私やイリスの親友で、彼に義勇兵部隊を率いてもらうつもりだ。これについては王国騎士団長のホイジンガー伯爵の許可を得ており、既に伝令を送ってある。


 正式な命令書は今回の派遣軍の副将である私から渡すため、五日後にここに来ることになるだろう。


「ラズたちが来るのはまだ三週間くらい先だから、充分な訓練期間は取れる。できれば君にも参謀として参加してほしい」


「分かっているわ。私も実戦からずいぶん離れているし、鍛え直さないといけないと思っているから」


 そんな話をした後、子供たちを交えて家族団らんの時間を楽しんだ。


■■■


 統一暦一二一五年三月一日。

 グライフトゥルム王国南東部ラウシェンバッハ子爵領、騎士団駐屯地。第三王子ジークフリート


 昨日ラウシェンバッハ子爵領に到着した。

 マティアス卿は今日の早朝にグランツフート共和国に向けて出発している。

 私も同行したかったのだが、彼に反対された。


『ここで学んでほしいことがあります。殿下は数千人規模の軍を見たことがありません。彼らがどのように戦うのか、演習を見てよく学んでください』


 彼の言う通り、数十人レベルの護衛はともかく、騎士団と呼ばれるレベルの軍をきちんと見たことがない。

 そのため、今日からラウシェンバッハ騎士団の駐屯地に行き、イリス卿から指揮を学ぶ。


 騎士団駐屯地は領都の西五キロメートルのところにあり、馬を使えばすぐだ。

 到着したのは午前八時過ぎだが、既に完全装備の騎士団員たちが整列していた。


 彼らは漆黒のマントと銀色の鎧を身に纏い、五つの集団に分かれて方陣を作るようにきれいに並んでいる。

 特に二つの集団は身長二メートル以上の兵士が多いのか、遠目に見ても威圧感があった。


「凄いものだな。私のような素人でも精鋭だと分かるよ」


「以前より更に鍛えられている感じです。ここまで鍛え上げたクローゼル男爵には感服しますわ」


 そんな話をしていると、騎士団長のヘルマン・フォン・クローゼル男爵が演説を始めた。


『既に諸君らも知っていると思うが、我らラウシェンバッハ騎士団は同盟国、グランツフート共和国への援軍の主力となることが決まった! そのため、子爵閣下は先行して共和国に向かわれた! 私は閣下に諸君らの鍛錬の成果を見てほしいとお願いしたが、閣下は不要とおっしゃられた!』


 その言葉に声には出さないが、兵士たちから落胆する雰囲気が感じられた。


『閣下はこうもおっしゃられた! ラウシェンバッハ騎士団が私の要求に応えられることは見るまでもない! 彼らの実力は法国軍を相手に存分に見せてもらうと! 閣下は我々を信頼し、勝利のために休息を摂ることなく、出発されたのだ! 我らはその信頼に応えねばならない! 本日より奥方であるイリス様も参加される! 閣下の代理人たる奥方様に無様な姿を見せることは許さぬ! 心して演習に臨め! 以上だ!』


 騎士団員たちは声を上げることなく、一斉に動き始めた。


「ヘルマンも気合いが入っていますね。気負いすぎなければいいのですけど」


「ヘルマン卿はマティアス卿の実弟と聞いているが、ずいぶん違うのだな」


 マティアス卿は学者のような柔らかい雰囲気だが、ヘルマン卿はがっしりとした戦士らしい身体つきで、いかにも武人という雰囲気を持つ。


「ええ。マティは参謀向きですけど、彼は指揮官向きです。まあ、そのようにマティが鍛えたのですけど」


 詳しく聞くと、ヘルマン卿が十歳くらいの頃からラザファム卿とイリス卿の実弟ディートリヒ卿と共に、王都三神童と呼ばれたマティアス卿ら三人から、王国軍の中核的な指揮官となるべく鍛えられたらしい。


「では、殿下。私たちもヘルマンに合流しましょう。彼の指揮を間近に見て、どのような点が優れているか、どのような点がよく分からなかったか、感想でよいですので、後で教えてください」


「分かった」


 そう言うものの私は五千人の戦士がきびきびと動く姿に興奮しつつも、緊張していた。


(将来、彼らのような兵士を率いることになるのか……私にそのようなことができるのだろうか……)


 ラザファム卿から学んだとはいえ、士官学校で正式な教育を受けたわけではなく、イリス卿やヘルマン卿のような天才や秀才の指揮を見て学べるのだろうかと疑問を感じていたのだ。


 そんな緊張も演習が始まったところで吹き飛んだ。


『第一連隊! 展開が遅い! お前たちの持ち味はスピードだ! 第二連隊に後れを取ってどうする!』


 ヘルマン卿の声が響くが、第一連隊は二百メートル以上離れており、聞こえる距離ではない。


「この騎士団では通信の魔導具を使っています。ヘルマンの後ろにいる兵士が今の言葉を第一連隊の通信兵に伝えているんですよ。今のところ、魔導具の数が少なくて連隊と大隊、偵察中隊にしか配備できていませんが、魔導具を前提にした運用は王国騎士団より進んでいます」


 イリス卿の解説を聞いて驚きつつも納得した。

 ヘルマン卿が命令を出すと、すぐにそれが実行される。また、変更命令にも即座に対応しており、盤面の駒を動かしているのかと思うほどだ。


『第三連隊! 隊列が乱れているぞ! お前たちは盾だ! 盾が守りを疎かにしてどうする!』


 ラウシェンバッハ騎士団は連隊ごとに役割が違うらしい。第一連隊は万能型、第二連隊は攻撃型、第三連隊は防御型、第四連隊は撹乱型だそうだ。これは獣人族が主体であるため、氏族ごとの特性を生かすために、マティアス卿が考えた編成だ。


 その後、演習は問題なく進んでいったが、私はただ感嘆するだけで、結局イリス卿の問いにまともに答えられなかった。


(こんなことで国を守ることができるのだろうか……)


 一月にネーベルタール城を出た時、自分がいかに驕っていたかに気づき、落ち込んでいた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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