第三十二話「軍師、大賢者に状況を説明する」
統一暦一二一五年十二月三十一日。
レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、叡智の守護者代表団宿舎内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
夕方、四聖獣が聖都に現れた。
私は王国の外交団宿舎にいたが、魔導器を持たない私ですら、その圧倒的な力を感じている。
そのため、大聖堂に向かい、法王たちがパニックに陥っていないか見にいった。
幸い、大きな混乱はなく、準備は順調に進んでいた。
但し、法王を始め聖職者たちの表情は硬く、張り詰めすぎているように感じた。そのため、簡単なアドバイスをして緊張を解している。
それを見届けた後、大賢者がいる叡智の守護者の代表団宿舎に向かう。
叡智の守護者の宿舎も高級住宅街にあるため、歩いても大した時間は掛からない。
大導師のシドニウス・フェルケたち代表団は一週間ほど前の十二月二十三日に聖都に到着した。その翌日に挨拶にいったが、その後も明日の会合について何度も打ち合わせを行っており、大賢者が来ることも知っていた。
宿舎になっている邸宅に入ると、すぐに応接室に通される。
同行するのは陰供であるカルラとユーダだけで、ファルコら黒獣猟兵団は別室で待機する。これは管理者について少し突っ込んだ話をするためだ。
部屋に入ると、本来の姿、妙齢な美女姿の大賢者がソファに身を預けて赤ワインを飲んでいた。
「済まぬの。先に飲ませてもらっておる。鷲獅子の背で揺られて疲れておるのでの」
「それは大変でしたね。お疲れさまでした」
私が労うと、笑みを浮かべて頷く。
「マティアスも座って飲むがよい。カルラとユーダもじゃ」
同行している二人にも座るように命じ、執事役らしい影に声を掛ける。
「彼らにもワインを持ってきてくれぬか。それからシドニウスにもここに来るように伝えてくれ」
すぐに大導師が現れる。
「いよいよ明日ですね」
若々しい森人族の大導師がそう言ってきた。
いつも通りの優しい笑みを浮かべているが、四聖獣すべてが現れたことで、明日の会合のことを考えているのか、少し緊張している感じがした。
赤ワインのグラスが配られたところで、大賢者が私に視線を向けて話し始めた。
「準備の方は順調のようじゃの。で、各国の状況はどうじゃ? そなたの口から聞きたいのじゃが」
「ご認識の通り、準備の方はほぼ完了しています。各国についてですが、すべての国の代表者と会談し、状況を確認しました。話を聞く限りではすべての国が危機感を持っています。ですが、会合で四聖獣様に申し上げる内容を聞きましたが、皆様にご理解いただけるか心許ない国もございました」
「心許ない? どういうことじゃ?」
大賢者は意外そうな顔をしている。
鷲獅子と共に各国を回っており、意図をしっかりと伝えたと思っているからだろう。
「精神論は各国ほぼ同じで、特に問題ないと思います。ですが、具体策となると各国でバラツキがあり、それが少し不安なのです」
「具体策が不安……抽象的過ぎて実効性に乏しいということかの?」
「はい。禁忌である魔素溜まりがある森に火を放つことを禁止するとは言っているのですが、精神論だけでは長期にわたって今回のようなことを防ぐことは難しいと思います。そのことを指摘しても、大賢者様や四聖獣様がどうしてほしいのかが分からないと思っているように感じました」
「つまりじゃ、儂らの懸念を完全に理解できておらぬということかの?」
大賢者は納得いかないのか、眉を顰めている。
「その通りです。四聖獣様と大賢者様は管理者のお考えである、この世界を守るということを第一の目的とされています。ですが、世界を守るという話は大きすぎ、自分たちが何をしていいのか分からないという感じでしょうか」
そこで大賢者の顔が僅かに歪む。
「そなたが申した通り、代行者らの関与が少なすぎた弊害じゃな」
「はい。管理者が不在という状況が当たり前になりすぎて、その考えを概念的にしか理解していないようです。本来なら世界がなくなるかもしれないということに、もっと危機感を持つべきなのでしょうが、その認識が薄すぎるという感じです」
「うむ。分からぬでもない……では、明日はどうすればよいとそなたは考えるのじゃ?」
「今回は四聖獣様の存在感を強く印象付け、次回までに更に具体的に考えるよう命じるだけでよいと思います」
「存在感を印象付ける? 鷲獅子と共に各国の首都を訪問したが、それでは足りぬということか?」
「はい。鷲獅子様を甘く見る者はおりませんが、どこまで具体的に考えればよいのか、見極められなかったようです。お怒りを見せる必要はありませんが、お考えをしっかりと伝えていただく方がよいと考えます」
大賢者は腕を組んで少し唸った後、私の方を見た。
「うむ。それは考えが多少甘くても、今回は咎めるなということかの」
「その通りです。これまでほとんど四聖獣様は人族に関与されませんでした。それが突然、世界を守るために具体的に考えよと言われても、人族側としては困惑するしかありません。ですので、多少時間は掛かりますが、お考えをしっかりと示され、人族に考える時間を与えるべきではないかと思います。そうすることで、ジークフリート陛下も同じように世界についてお考えになるでしょうから」
ジークフリート王は有力な管理者候補であり、四聖獣たちも期待しているはずだ。そのことを意識させれば、いきなり怒りを爆発させるようなことはないと思っている。
大賢者は少し考えた後、頷いた。
「そなたの言わんとすることは理解した。ジークフリートを含め、今回は人族に時間を与えよということじゃな。候補者の指導をしているそなたの言葉であれば、あの者たちも聞き入れてくれるじゃろう」
私はジークフリート王が管理者になるために特別な指導をしているわけではないので、頷くだけに留める。
「私の方では真理の探究者と神霊の末裔に接触はしておりませんが、大導師様に接触していただき、お話を聞いた結果、少し懸念がございます」
「それは何じゃ?」
「どの国にでも対価さえ払えば協力する真理の探究者はともかく、神霊の末裔が帝国に強く関与していることが気になります。これまで神霊の末裔は夜の派遣こそ行っていたものの、魔導師を派遣したと聞いたことがありません。シドニウス様が接触された際、そのことを確認されましたが、明確に否定しなかったそうです」
私の言葉にシドニウスが頷く。
「マティアス君の依頼で神霊の末裔のダグマー大導師に会った際、帝国へ上級魔導師を派遣しているかと尋ねたのですが、否定も肯定もされませんでした。敵対組織である我が塔に情報を出したくないということでしょうが、もう一つ気になることがございました」
「それは何じゃ?」
「ダグマー殿の護衛である夜の魔導器が異常に大きかったのです。感覚的にはカルラやヒルデガルト並み、つまり闇森人の一流の影と同等に感じられたのです。それにその魔導器に違和感を覚えました。人ではなく、魔獣に近い印象を受けたのです。これまで何度か夜を見ておりますが、このようなことは初めてでした」
「魔導器の改造をしておるという噂は聞いておる。じゃが、それと帝国と何の関係があるのじゃ?」
その問いに私が答える。
「帝国では“梟”なる暗殺者部隊を作りつつあります。私が初めて聞いたのが、一二〇八年十月頃、皇国のパルマー提督暗殺の後でした。既に七年の時が経っていますが、その部隊が動いたという情報は一切ありません」
「それはパルマー暗殺で壊滅的な損害を受けたからではないのか? そなたからそう聞いた気がするがの」
「私もそう考えていました。しかし、皇帝マクシミリアンと話をした際、梟のことを仄めかしたのですが、明らかに動揺していました。つまり、まだ組織自体は残っており、今も増強しようとしていると見ていいでしょう」
「うむ。じゃが、それとどう関係するのかが分からぬ」
「皇帝が梟を強化するため、人と金を投入しています。神霊の末裔はそれを夜の強化に使っているのではないかと思ったのです。その根拠ですが、合理的な皇帝が財政的に厳しい状況で七年も結果を出せない部隊に期待していること、神霊の末裔が魔導師を送り込んだことです。送り込まれた魔導師が研究によって強力な部隊ができると唆し、実験用の人族を塔に送り込んだと考えれば、辻褄は合います」
帝国ほど大きな組織であれば、人体実験の条件に合う人族を送り込むことは容易だろう。
そして皇帝に対しては訓練に適合できる人材は少ないと言い、成功事例を見せておけば、計画を中止することはない。
もしかしたら、既に数名の強化した夜が梟にいるが、今回はそのことが露見しないように連れてこなかったのではないかと疑っている。
「あり得ぬ話ではないな。その辺りのことは儂からダグマーに聞いておこう」
大賢者は憂鬱そうな顔でグラスに口を付けた。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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