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第三十一話「法王、更に軍師に翻弄される」

 統一暦一二一五年十二月三十一日。

 レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、法王庁。法王アンドレアス八世


 激動の統一暦一二一五年が終わろうとしていた。

 明日にはすべての四聖獣様と大賢者様が各国の元首と各魔導師の塔の指導者との会合が行われる。


 既に四聖獣様たち以外の出席者は聖都に集まっており、各国の元首たちは外交に勤しんでいる。しかし、私にその余裕はなかった。


(遂に新年がやってくる。私の一言で私だけでなく、多くの信徒が命を落とすかもしれない。誰か代わってくれと叫びたいが、それを言うことはできない……)


 代わってもらおうと思えばそれは可能だ。

 実際、北方教会の総主教マルク・ニヒェルマンは私に辞任を迫り、自分を後継者に指名するなら、新たな法王として会合で発言してもいいと公言しているのだから。


 しかし、それに乗る気はない。

 私自身、法王を辞任することは避けられないと思っている。四聖獣様にご納得いただくにはトップが襟を正す必要があるからだ。


 それに今の状況でニヒェルマンを後継にすることは避けたい。せっかくトップが襟を正すのに、マルシャルクの上司が就任すれば、反省していないと思われるからだ。


 私が考えていた候補は二人いた。

 一人は南方教会のシャンツァーラ総主教、もう一人は西方教会のヴィテチェク総主教だ。


 ちなみに五名いる枢機卿も候補となり得るが、この国難にあってすべての教会領と調整と取ることは至難の業だ。そのことは枢機卿たちも分かっており、手を上げる意思がある者は皆無だ。


 私の思いとは別に、ニヒェルマンが次期法王になる可能性は非常に高い。

 既に東方教会のアイレルズ総主教は支持を表明している。また、私を支持していた枢機卿のうち一名が私を見限ってニヒェルマンに付いたため、三名の枢機卿がニヒェルマン派だ。


 シャンツァーラは白鳳騎士団の暴走の責任で解任したから、候補者になり得ない。それどころか、解任によって最高会議の投票権を失っている。彼の後任は指名されているものの南方教会領にいるから、欠員状態で選定会議が行われることになる。

 つまり、現状ではニヒェルマンが過半数を確保しているということだ。


(多数派工作で後手に回ったことが悔やまれる。いや、ニヒェルマンが思いのほか動きが早かった。誰かに入れ知恵されているようだが、それが誰なのか分からない……)


 ニヒェルマンは(ヘルシャー)の考えに従っているのは自分だと主張し始めた。その根拠が“名誉普人族(エーレンメンシュ)”という仕組みを導入し、獣人族(セリアンスロープ)に人権を与えたからというものだ。


『私なら大賢者様も納得してくださるはず。聖下に大賢者様に認めていただく案がおありか?』


 その言葉に反論できなかったが、まだ逆転の目を探し続けており、彼に主導権を握らせないために辞任は表明していない。



 日が大きく傾いた頃、強い気配を感じた。

 その直後に秘書である大主教が慌てた様子で執務室に入ってくる。


「し、四聖獣様がご降臨されました! すぐに大聖堂前にお越しください!」


「わ、分かった!」


 それだけ言うと、私は大聖堂の中を走っていく。

 但し、外に向かうにつれ、圧倒的な力を感じて足が前に出なくなりそうになっていた。


(すべての四聖獣様がいらっしゃる……そこに行かねばならんのだが……)


 それでも意志の力を総動員して、大聖堂の外に出た。

 そこには以前お見えになった鷲獅子(グライフ)様を始め、聖竜(ドラッヘ)様、神狼(フェンリル)様、鳳凰(フェニックス)様が降臨されていた。


 その圧倒的な存在感を前に、多くの聖職者が跪き、額を地面に付けている。

 私も同じように跪くと、額を地面に付ける。


「久しいの。アンドレアス法王」


 大賢者様の声が聞こえてきた。四聖獣様の姿に目を奪われ、気付かなかったのだ。


「ようこそおいでくださいました。我が国の各教会領の責任者及び騎士団長はもちろんのこと、各国の元首、各塔の責任者もすべて聖都に入っております」


「それは重畳。明日の朝、夜明けに皆をここに集めよ」


「はっ! 承りました!」


代行者(プロコンスル)らは明日の朝までここを離れる。この者らがいては寝ることもできぬであろうからの」


 いなくなっても寝ることはできないと思うが、そのことは考えないようにして頭を下げ続けた。


 四聖獣様たちは一言も発することなく、離れていった。

 心の中で安堵の息を吐き出すが、すぐに顔を上げ、大賢者様を見る。


「大賢者様はどちらに?」


「儂は叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)のところにおる。何かあれば、そこに参れ」


「承知いたしました」


 そうおっしゃると、ローブを靡かせて歩いていかれた。

 聖職者たちは頭を下げたままで動けない。


「四聖獣様、大賢者様はここを離れられた! 明日の朝、ここで出迎えねばならん! 準備を怠るな!」


 そう言ったものの、ある程度準備は終わっていた。

 会場となる大聖堂前の広場は既に清められており、後は各国各塔の代表者が座る椅子を並べ、用意しておいた拡声の魔導具を置くだけだ。


 それでも何か指示を出さないと、あの存在感に圧倒されて動けないと思い、声に出したのだ。

 それが功を奏したのか、聖職者たちはノロノロと動き始める。


 ちなみに準備についてはグライフトゥルム王国のラウシェンバッハ伯爵の意見に従っている。私にはどのような指示を出していいのか分からなかったからだ。


 伯爵は私が困惑していると知っていたのか、数日前にいつも通りの笑みを浮かべて現れ、やるべきことを教えてくれた。


『大聖堂の前を四聖獣様たちが立たれる場所としましょう。大賢者様には椅子と拡声の魔導具を用意します。各国各塔の代表者は四聖獣様の前に席を用意し、こちらにもマイクを用意しておきましょう。魔導具は我が国が用意しておりますのでご心配なく……』


 提案者だけあって既に段取りまで考えていた。


『発言の順番ですが、まずは関係者である貴国、そして我が国の順番がよいでしょう。四聖獣様も貴国と提案者である我が国の意見を先にお聞きしたいでしょうから。その後は公平にくじ引きで決めることを各国に提案しましょう。各魔導師の塔につきましては、我々より叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)のシドニウス・フェルケ大導師様に調整いただく方がよいと思います……』


 私はその説明に頷くことしかできなかった。

 それどころか、彼がいてくれてよかったと思ったほどだ。彼がいなければ、このような事態にならなかったのだが、そんなことはすっかり失念していた。


『貴教団の聖職者と騎士団関係者は可能な限り出席させてください。広場には入りきらないでしょうが、拡声の魔導具で声が届く範囲に入っていただくよう調整した方がいいでしょう……』


 怒涛の説明に私が呆けていると、ラウシェンバッハ伯爵が気遣ってくれた。


『今回は初めての試みです。四聖獣様はともかく、大賢者様は多少の不手際があっても許してくださるでしょうし、四聖獣様を宥めてくださいます。私からそのことを大賢者様にお願いするつもりですので、あまり思い詰めないでください』


 その言葉で少し落ち着き、部下たちに指示を出している。


 四聖獣様が去った少し後、そのラウシェンバッハ伯爵が数名の護衛と共にやってきた。


「準備の状況はどうでしょうか? 何か困ったことがあれば、私でよければ相談に乗りますが」


 明日に向けて準備状況を確認に来たらしい。


「会場の準備はほぼ終わっている。関係各所へ連絡も命じた。他にすべきことはあるのだろうか」


 抜けていることはないと思うが、四聖獣様たちが相手であり、万全を期したいと思い聞いてみた。


「大賢者様に明日の段取りを説明しておいた方がよいでしょう。あの方が進行役になられますから」


 確かにその通りだと思った。


「そ、そうだな。では、叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の宿舎に向かわねば……」


 私が焦っていると気づき、伯爵が笑いながら止める。


「お待ちください。聖下はここの責任者です。みだりに動かない方がよいと思います。変更がないのであれば、私の方から大賢者様に説明しておきましょう」


 その言葉に安堵する。

 大賢者様に説明するだけでもかなりのプレッシャーが掛かるからだ。


「そう言ってもらえると助かる。私より段取りを考えた貴殿から説明を受けた方が大賢者様もご納得されるだろう」


「そうですね。もし、変更があるようでしたら、すぐに連絡します。では、私はこれで」


 世間話でもしにいくかのような軽い足取りに嘆息する。


(明日はあの者も四聖獣様に話をすることになっているのだ。それなのにあの余裕……知略だけでなく、あれほどの胆力を持っている。マルシャルクらが敗北したのは必然だな……)


 そんなことを一瞬考えたが、すぐに準備の状況を確認していった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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