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第三十話「国王、軍師の考えを聞く:後編」

 統一暦一二一五年十二月二十一日。

 レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、グライフトゥルム王国外交団宿舎。国王ジークフリート


 皇帝マクシミリアンたちとの会談において、マティアス卿がどのような意図で会話をしていたのか聞いたが、さりげない一言に大きな意味があったことに驚く。


 更に帝国がシュッツェハーゲン王国に侵攻しようと街道を整備していることについて、あえて情報を知らないと見せかけたと説明を受ける。

 しかし、その理由が分からない。


 マティアス卿は帝国軍がシュッツェハーゲン王国に進攻した場合、我が国が取り得る戦略について説明を始めた。


「三つある策のうち、一つは常識的なもので、ヴェヒターミュンデから帝国西部に侵攻する策です。帝国の第二軍団と第三軍団がシュッツェハーゲン王国侵攻作戦に投入されれば、帝国中部から西部にかけては第四軍団と各総督府軍が守ることになります。総督府軍は治安維持が主ですから、実質的な戦力は第四軍団の三万人だけということになります……」


 帝国には遠方の領地を治めるための総督府という組織がある。行政の他に防衛も担当するが、旧皇国領である中部総督府と西部総督府では治安維持に力を入れており、城塞での防衛戦ならともかく、野戦では戦力とみなされない。


「我が国が中央軍と東部方面軍を投入すれば、三万という兵力になります。更にラウシェンバッハ領とエッフェンベルク領から自警団員を送り込めば五万近くになるでしょう。これに共和国からの増援一万を投入すれば、倍の六万ですので、西部総督府のあるフックスベルガー市はもちろん、中部総督府のあるリヒトロット市まで危機に陥ると考えるはずです」


「なるほど」


「そうなれば、帝都にいる第一軍団を投入せざるを得ませんが、私がそのようなありきたりな手だけを打つのか、皇帝とペテルセン元帥は迷うはずです」


 マティアス卿は以前から思いもよらぬ策を用いることが多く、常識的な策だけではないと皇帝が考えるというのは頷ける。


「そうなると、他の策を警戒するということか」


「はい。もう一つの策ですが、シュヴァーン河を船で遡上し、南部への補給ルートを遮断する策です。ラウシェンバッハ師団五千を投入すれば、皇帝は迷うことでしょう。第一軍団をヴェヒターミュンデ方面からの軍に当てるのか、補給線の確保に当てるのかで」


 この策は以前検討されたことがあるとラザファム卿から聞いたことがあった。

 しかし、シュヴァーン河を遡上する作戦は、兵站の関係から五千人を超える大軍は運用できない。


「確かに難しい判断だが、投入できるのは一個師団五千人が限界だ。それなら第一軍団の一個師団でも輸送線の確保はできると思うのだが」


 第一軍団は帝国軍の中でも精鋭であり、相手がラウシェンバッハ師団であっても補給線を守るという目的だけなら倍の一万人もいれば十分だと考えるはずだ。


「ラウシェンバッハ師団の機動力をどう見積もるかで変わってくると思います。特にエーデルシュタイン周辺は森林地帯ですから、騎兵よりも獣人族歩兵部隊の方が機動力で勝ります。以前、僅か千三百の兵力で一個軍団を翻弄していますから、一個軍団すべてを当てることは充分に考えられます。そうなると、中部から西部が不安になり、皇帝としては南部での作戦を短期決戦に切り換えなければならないと考えるはずです」


 そこまで説明してもらい、ようやく理解できた。


「皇帝に短期決戦を強いる……つまり、グラオザント城に牽制部隊を置いて、本隊がシュッツェハーゲン王国内に大きく侵攻して決戦を強いるという選択肢がなくなり、城を力攻めにするしかなくなる。しかし、先日の会合で城に充分な兵力を送り込むことが決まっている。それに共和国軍の増援も期待できるから、短期間では陥落しない。帝国の戦略の幅を狭めるために、あのような会話をしたということか……」


 私だけでなく、アレクやルーテンフランツも驚きの表情を浮かべている。


「そこまで上手くいくとは思っていません。ですが、我が国がキャスティングボードを握っていると思わせれば、皇帝の思考はこちらに向かざるを得ません。本来なら中止という選択肢もあるのですが、大量の資金を投入した作戦ですので安易に中止はできませんから、皇帝も悩むことでしょう」


 思考の誘導についてはマティアス卿から学んでいるが、ここまで深く考えていることに驚くしかない。

 内心で溜息を吐いたが、あることに気づいた。


「ところでもう一つの策とは何なのだろうか?」


「ゴットフリート皇子に接触し、遊牧民を動かすという策です」


「しかし、ゴットフリートは動かぬのではないか?」


 元第一皇子ゴットフリートは遊牧民を掌握したものの、野心を見せることなく、草原で静かに暮らしている。モーリス商会を通じて情報を得ているが、帝国に反旗を翻す可能性は皆無と聞いていた。


「その認識で間違いありません。ですが、実際に動かなくても良いのです。私がゴットフリート皇子を焚き付けて動かそうとしているという危機感を、皇帝が持てばいいだけですので」


「草原にも警戒するとなると、更に兵力を分散させることになるからか……勉強になる」


 そこでルーテンフランツが質問する。


「暗殺の話を出したことにも何らかの理由があるということでしょうか?」


「あの話は南部の話に意識が向かないようにするために出しただけです。ですので、正直な思いを語りました」


 その言葉にアレクが大きく頷く。


「俺も暗殺という手段は好きになれません。効果的だから使うという皇帝に仕えたいとは思いませんでした」


 マティアス卿も大きく頷く。


「私も同じ気持ちです。合理的でないから私はやらないと言いましたが、あれは皇帝に対する牽制です。感情論だけでは皇帝も納得しなかったでしょうから。それに戦いに犠牲は付き物だということは理解していますし、それを数として考えることも否定しません……」


 あの時のマティアス卿はいつになく真剣な表情だったことを思い出していた。


「ですが、犠牲者は数字ではなく、それぞれの人生を生きていた人なのです。確かに数千の兵を守るために一人の暗殺者を犠牲にするという考え方は合理的でしょう。それでも私は数字で損得を考えることしかできない方に仕えたいとは思いません」


 これは私に対する言葉だろう。

 これまでは兵たちと一緒に戦場に出たが、今後は王宮や城で全軍の指揮を執ることになる。その時、兵たちをただの数字としか考えないようなら、私を見限るということだろう。


 その雰囲気を変えるように、マティアス卿がアレクとユーダに質問する。


「皇帝の護衛の実力をどう見ましたか?」


 その問いにアレクが先に答えた。


真実の番人(ヴァールヴェヒター)の間者で間違いないでしょう。実力から言えば、黒獣猟兵団の兵士よりかなり劣ると思います」


 その言葉にユーダも頷く。


「アレクサンダー様と同じ意見です。少なくとも“(ナハト)”の暗殺者ほどの実力は感じませんでした。“(オウレ)”の兵を見せたくなかったのか、まだそれほどの実力がないのかは分かりませんが」


「ありがとうございます。参考になりました」


 マティアス卿は礼を言った。


(オウレ)なる組織が気になるのだろうか? 近衛と黒獣猟兵団、陰供(シャッテン)なら“(ナハト)”でも問題ないと思っていたのだが」


「気になったことはあるのですが、これは大賢者様にお話しする内容ですので」


 そう言ってそれ以上説明しなかった。

 大賢者殿に説明するということは、会合に関わることだろうと考え、それ以上聞かなかった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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