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第二十九話「国王、軍師の考えを聞く:前編」

 統一暦一二一五年十二月二十一日。

 レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、グライフトゥルム王国外交団宿舎。国王ジークフリート


 ゾルダート帝国の皇帝マクシミリアンとの会談を終え、宿舎に戻ってきた。

 皇帝たちから得られた情報を整理するため、マティアス卿、外務卿のルーテンフランツ子爵、アレクサンダー、(シャッテン)のユーダを交えて、話し合いを行う。


 アレクとユーダは護衛と秘書という形で会談の場にいたためだ。


「結局、私には何もできなかった」


 最初に出た言葉は自分自身の不甲斐なさに対するものだった。


「あれは仕方がないでしょう。マティアス殿と皇帝は言葉で斬り合っていたのですから」


 アレクがそう言って慰めてくれる。

 マティアス卿も落ち込んでいる私に優しい笑みを向けてくれた。


「私も皇帝も二十年くらいこんな世界にいるのです。ですが、陛下はまだ政治や駆け引きについて学び始めたばかり。今回はよい経験ができたと思っておけばよいと思いますよ」


 マティアス卿の言葉にルーテンフランツも頷く。


「私も長く外交の仕事に携わってきましたが、あれほどの駆け引きは見たことがありません。あの皇帝と互角以上に渡り合えるのはマティアス卿とイリス卿くらいでしょう。少なくとも私には無理です」


 三人に慰められ、更に情けなさが強くなるが、切り替えた方がよいと思い、無理やり笑みを作る。


「そうだな。それでは皇帝について話をしたい。私は顔色一つ変えずにマティアス卿と舌戦を繰り広げ、更には堂々と大陸を統一すると言ってきたことが印象的だった。噂通り、有能かつ傲慢な君主という印象を受けている。マティアス卿は直接皇帝と話してどのように感じたのだろうか」


 私の問いに少し考えた後、話し始めた。


「直接話して感じたことですか……想像していた通りの有能さと冷静さは感じました。その上、私が思っている以上に自らに自信を持っていることも印象的でしたね」


「有能さと冷静さは分かるが、思っている以上に自信を持っているか……分からないでもないが、具体的にはどういったことだろうか」


 何となく分かるが、詳しく聞いてみたいと思った。


「まず前提からお話しします。即位直後の皇帝マクシミリアンの政権基盤は脆弱なものでした。軍の重鎮マウラー元帥と政府の要であるバルツァー軍務尚書とシュテヒェルト内務尚書が早期に支持を表明しなければ、内乱の可能性すらあったのです」


 この話はラザファム卿から聞いている。

 マティアス卿は先帝コルネリウス二世の時代から第一皇子のゴットフリートと第二皇子のマクシミリアンを対立させ、内乱を誘発しようとしていた。


 その結果、コルネリウス二世が崩御した後、混乱は生じたが、先帝が予め遺言を残していたことと、ゴットフリートが潔く身を引いたことから内乱には至っていない。


「その後は宣言通りにリヒトロット皇国を征服し、大陸一の強国となったため、現状では政権に不安はないと考えているようです」


「つまり、卿が行っている民衆を不安に陥れる策や兵たちの士気を下げる策に気づいていないということだろうか」


 マティアス卿は帝都とその他地域の格差を広げ、民衆の不安を煽ろうとしている。また、帝都にいる兵に安く娯楽を提供し、これまでの帝国軍を支えてきた精神的な強さを弱めようとしていた。


「旧皇国領での謀略の方に気を取られているようですね。兵站の話をした時に皇帝の表情を見ましたが、私の言葉に満足そうに頷いただけで、経済的な危機が訪れる可能性は考えていないように見受けられました」


 兵站の話はさりげなかったため、私もマティアス卿が素直に称賛しているのだと思い込んでいた。マティアス卿は常々、情報と補給の重要性を説いているから、当たり前だと思ったのだ。


「あの話にはそんな意味があったのか……」


 マティアス卿は私の言葉に笑みを浮かべて頷く。


「現在帝国の兵站を支えているのはモーリス商会です。資金調達においては、モーリス商会が多額の投資を行っています。その規模は国家予算の半分を占めるまでに至っているほどです。また、輸送でも大きなシェアを占めております。巧妙に分散させていますが、大動脈であるザフィーア河の水運では八割ほど、穀物輸送の要である帝都向けの海上輸送でも七割以上に達しているのです。もし、兵站に不安を感じているのであれば、モーリス商会と懇意である私に何らかのアクションを起こしたはずですが、何も言ってきませんでした。危機感を持っていない証でしょう」


 何気ない一言に深い意味があると知り、驚きで言葉が出ない。


「南部の街道建設については、こちらが気づいていることをあえて匂わせました」


 その言葉に疑問を持つ。

 あの時は皇帝たちが疑っているにもかかわらず、知らないと断言していたためだ。


「否定していたと思うのだが……」


 マティアス卿は私の疑問に笑いながら答える。


「あの時は確かにとぼけましたが、その直後にわざわざ最高機密である“(オウレ)”の話をしたのです。当然、街道のことも知っていると思ったことでしょう」


 確かに最高機密である暗殺部隊のことを知っているのに、一万人以上の兵士が従事している大規模な作業を“千里眼(アルヴィスンハイト)”と呼ばれるマティアス卿が見逃しているはずはないと考えるだろう。


 しかし、なぜそのようなことをするのか、意味が分からなかった。


「それにどのような意味があるのだろうか。こちらから教えなければ、油断を誘い、大軍をもって帝国軍を打ち破ることができたかもしれないと思うのだが」


 シュッツェハーゲン王国は危険性を認識し、グラオザント城の戦力を拡充すると約束してくれた。また、グランツフート共和国軍も救援に向かうから、油断させられれば大勝利に繋がると思ったのだ。


「皇帝もペテルセン元帥も無能ではありませんから、シュッツェハーゲン王国が防備を固めれば、すぐに気づきます。ですので、あえてこちらが知っていると気づかせた上で、あまり話題にしませんでした。これにより、皇帝とペテルセン元帥は私がこの話題を避けているように感じたことでしょう」


 先ほどの会談の様子を思い出し納得する。


「確かにその通りだ」


「そのため、彼らは私が奇策を使ってくることを警戒するはずです。我が国からグラオザント城に救援に行くには距離がありすぎるからです。そうなると、どのような手を打ってくるのかと考えます。陛下でしたら、どのような策を採るとお考えになりますか? 皇帝になったつもりで考えてみてください」


 そう言われて考えてみる。

 こちらが動けない時は相手を誘導する方策が有効だと、マティアス卿から学んでいる。その方向で考えてみた。


「距離の問題があるから直接的な救援は難しい。ならば、帝国に危機が迫っていると認識させる策を採ると考えるだろう。具体的にはどのような策がよいのか分からないが」


 マティアス卿は私の答えに満足そうに頷いた。


「そこまでお気づきなら充分です。具体的な策は帝国側の軍の動きでも変わりますので」


 彼には何か考えがあるようだと気づき、それを聞いてみた。


「例えばどのような策があるのだろうか」


 マティアス卿は「そうですね」と言った後、少し考える。


「策は二つ、いえ、三つあります」


 一つなら思いつくが、更に二つもあると言われ、考えてみるが、全く思いつかなかった。


「どのような策なのだろうか。一つなら何となく分かるのだが、残りは想像もできない」


 私が聞くと、マティアス卿は小さく頷き、説明を始めた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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