第二十五話「軍師、三国同盟締結を提案する:後編」
統一暦一二一五年十二月十五日。
レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、シュッツェハーゲン王国外交団宿舎。王太子レオナルト
グライフトゥルム王国の国王ジークフリート陛下たちと対ゾルダート帝国戦略について話し合っている。
その中で“千里眼のマティアス”こと、マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵は帝国軍が着々と侵攻作戦の準備を進めていると説明した。
その説明を聞く限り、我がシュッツェハーゲン王国は戦略的に後れを取っていることは明らかで、早急に対応策を考えねばならないと焦りを覚える。
(まずい状況だ。父上が消極的であったことが事態を深刻化させている。何とかしなくてはならないのだが……ここまで調べ上げているということは千里眼殿に策があるのかもしれない……)
そう考え、ラウシェンバッハに打開策がないか確認すると、あると断言した。
「どのような策なのだろうか」
私の問いにラウシェンバッハは笑みを消し、真剣な表情になる。
「仮に帝国軍が二個軍団六万人を投入してきた場合、守りに定評がある貴国軍でも帝国軍の侵攻を止めることは至難の業でしょう」
「その通りだ。戦い慣れたゲファール河流域ならともかく、障害物が少なく守りに適さないグラオザント城の北側で六万の軍を押し留めることは不可能だろう」
我がシュッツェハーゲン王国軍は歩兵中心だ。また、総兵力は十万に達するとはいえ、ゲファール河と王都を空にするわけにはいかないから、投入できる兵力は精々四万といったところだ。
防御陣地に篭って弓兵と槍兵で敵を削る戦法が通用するならまだ何とかなるが、グラオザント城からツィーゲホルン山脈までは障害物が少ない荒野であり、騎兵中心の帝国軍に勝てる見込みはほとんどない。
「ですので、グランツフート共和国に援軍を要請するのです。ヴァルケンカンプ市にはケンプフェルト元帥閣下率いる中央機動軍三万がいます。そのうち、二万が増援に駆け付ければ、兵力的は互角になります。また、我が国からも南部に位置するラウシェンバッハ領から一万程度の獣人族部隊を出すことができますので、帝国軍相手でも互角以上に戦えるでしょう」
「確かにそうだが、帝国軍が現れてからでは間に合わないのではないか?」
グラオザント城からヴァルケンカンプ市までは二百五十キロメートル強、すぐに出陣しても十日以上掛かる。ラウシェンバッハ領は更に五百キロメートル以上遠く、足の速い獣人部隊であっても一ヶ月近い時間が掛かるだろう。それだけの期間、我が軍だけで耐えることは難しいと言わざるを得ない。
「もちろん、帝国軍がグラオザント城に現れてからでは間に合いません。ですが、帝国軍がエーデルシュタインから出陣するタイミングで情報を得ることができれば、充分に間に合うのです」
「そのようなことが可能なのか……いや、貴殿は千里眼であったな。ならば、可能ということか……」
ラウシェンバッハはレヒト法国軍の動きを読み、ランダル河での戦いで勝利を掴んでいる。
得られた情報から考えると、西方教会領軍が出陣してから三週間ほどで、援軍の出陣を決めている。
敵国内の奥深く、距離にして二千キロメートル以上あるのに、ほぼ時間差なしで情報を得ているということだ。そして、その情報の確度も出陣を決定できるほど高いものだったのだろう。
そう考えれば、おかしな話ではない。
「その前提として、貴国と我が国、そしてグランツフート共和国との間で軍事同盟を結ぶ必要がございます。本来であれば、ユリアーヌス陛下に直接この話を聞いていただき、仮調印まで済ませてしまいたかったのですが……」
さすがの千里眼殿も我が父が四聖獣様の命令に逆らうとは思っていなかったようだ。
「その点は問題ない」
そう言って宰相であるパスカル・ゲーレン公爵を見る。
「聖都に赴く際、王太子殿下は国王陛下より外交上の全権を委ねられております」
出発前、今回の会合では各国の首脳が集まるので、我が国だけ持ち帰るという回答は避けるべきといって父から外交に関する全権を委任されている。
父も最初は渋ったが、それが嫌なら自身が聖都にいかなくてはならないと言って説得すると、すぐに折れた。
「それならば、貴国と同盟を結べるということですね」
ジークフリート陛下が確認してきたので、私は大きく頷いた。
「問題ありません。我が国が優柔不断であったことが原因ですが、本来ならもっと前から三ヶ国で対帝国同盟を結んでおくべきだったと考えております」
私がグライフトゥルム王国とグランツフート共和国との三国同盟は絶対に必要だと何度訴えても、父ユリアーヌス三世はゲファール河での防衛で充分であり、同盟を結ぶ必要はないと頑なに拒否した。
理由はグライフトゥルム王国から援軍要請があれば、軍を出さないといけなくなるというものだ。
確かにリヒトロット皇国を下した後、帝国の目はグライフトゥルム王国に向いており、二千キロメートル以上離れた遠方に軍を派遣することが現実的でないという考えは理解できる。
しかし、グライフトゥルムが敗れれば、帝国は更に強大になってしまう。それを防ぐためには同盟が必要であると私は強く考えていた。
ジークフリート陛下は私の言葉に満足そうに頷いた。
「では、グランツフート共和国も交えて、同盟の話を進めましょう。既にハウプトマン議長とは調整を終えていますので、貴国の同意がいただければ、すぐにでも調印できるでしょう」
動きが早いと思った。
それほど強い危機感を持っているということだ。
その後、年明けの会合までにいろいろと調整していくことを決め、初回の会合は終わった。
翌日、グランツフート共和国と話し合ったが、彼らもグライフトゥルム王国と同じ懸念を持ち、同盟には積極的だった。
特に印象に残ったのは共和国軍の軍神、ゲルハルト・ケンプフェルト元帥の言葉だった。
『マティアスがおらねば、我が国がどうなっていたか自信がありませんな。少なくとも東方教会と西方教会の連合軍を相手に苦戦したことは間違いないですし、最悪の場合、ヴァルケンカンプを放棄することになったでしょう。それが完勝に変わったのです。奴が味方でよかったと今回も思いましたな』
他にもフリッツ・ヴェーグマン外交部長の言葉も印象的だった。
『マティアス卿を味方に付け続けることが我が国の取り得る最高の戦略だと思っておりますよ。彼が敵に回れば、我が国の政府は一年も経たずに崩壊するでしょうから』
その言葉に国家元首であるミッター・ハウプトマン議長が大きく頷いていた。
具体的な話は聞いていないが、冗談とは思えないほど真剣な表情だった。
グランツフート共和国との話し合いが終わった後、ゲーレンとアイゼンシュタインを交えて今後のことを調整した。
実務的な話が終わったところで、思っていたことが出た。
「それにしても千里眼の噂は真だったようだな」
私の言葉に二人も頷いている。
「我が軍の組織も変えていかねばならないな。昔ながらの古い軍隊である皇国軍や法国軍が敗れ、新しい組織の帝国軍や共和国軍、グライフトゥルム王国軍が勝利している。この事実は重い」
「そうですね。特に軍の編成では以前のグライフトゥルムと同じ問題を抱えております。軍での階級と身分を分けるという考えは画期的だと思いますね」
アイゼンシュタインは侯爵だが、我が国には王家の他に王位継承権を持つ三つの大公家があり、身分で苦労したことがあるらしい。
「軍編成だけでなく、防衛計画についてもマティアス卿の助言を受けるべきでしょう。特に情報共有方法については早急に考えるべきです」
ゲーレンが真剣な表情で提案する。
「そうだな。千里眼殿の情報が早い段階で入れば、それだけ対応に余裕ができる。国力的に劣るのであれば、それを覆すだけの速度が必要だからな。問題はグライフトゥルム王国と我が国が離れていることだ。共和国までは十日ほどで情報が届くそうだが、そこから船でも半月近く掛かる。その時間をいかにして縮めるかが課題だろう」
そんな話をしながらも、私は満足していた。
これまで帝国に対抗できるのかと不安だったが、希望が見えてきたからだ。
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