第二十四話「軍師、三国同盟締結を提案する:前編」
気づいたら200話でした。
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統一暦一二一五年十二月十五日。
レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、シュッツェハーゲン王国外交団宿舎。パスカル・ゲーレン公爵
我らシュッツェハーゲン王国一行は昨日の夕方、レヒト法国の聖都レヒトシュテットに入った。
一ヶ月近い船旅は六十歳を過ぎた私にはきつかった。
聖都に到着した後、揺れない地面のありがたさをしみじみと感じた。そして、商都ヴィントムントの商人モーリス商会が手配した屋敷で、久しぶりに揺れない寝台で休んでいる。
まだ疲れは残っているものの、今日から行事が立て込んでいるため、そんなことを言っていられる状況ではない。
午前中に法王庁を表敬訪問する。
法王と面会するのは、レオナルト王太子殿下と宰相である私だ。
本来なら国王ユリアーヌス三世陛下が来るべきだったが、王都を訪れた鷲獅子様に怯え、聖都行きを拒否された。私より三歳年上なだけだが、すっかり老いており、国王としての気概を失っている。
四聖獣様と大賢者様の命令に反することであり、許されることではないが、体調不良により国王としての任に耐えられない状態だと説明する。
もっとも我々が帰国したら退位を強く進言し、レオナルト殿下に王位を譲っていただくつもりだ。単に気が乗らないから約束を破って行かなかったと知られれば、四聖獣様の制裁を受けることは必定だからだ。
幸い、レオナルト殿下は国王陛下より剛毅な方であり、四聖獣様を前にしても無様なことにはならないのでよかったと思っている。
法王庁に入ると、すぐに法王と外交担当の枢機卿と会うことができた。しかし、今回は到着したという報告を兼ねた表敬訪問であり、特筆するような話はしていない。
我が国と法国の関係だが、国境を接していないことから特にトラブルになるようなこともなく、だからといって狂信的な宗教国家と友好関係にあるわけでもなかった。強いて言うなら、食料の輸入国と輸出国という関係だろう。
我が国は食料自給率が低く、レヒト法国だけでなく、グランツフート共和国やグライフトゥルム王国からも小麦などの穀物を輸入している。法国との取引はそれほど多くないため、下手に出る必要はない。
午後になり、グライフトゥルム王国の国王ジークフリート陛下たちが我が国の宿舎にやってきた。
本来なら、国王自らが出席しているグライフトゥルム王国に気を使い、我々の方から出向くべきだが、ジークフリート陛下から“若輩者であるので、こちらから是非とも出向きたい”という趣旨の手紙が届いたため、待っていたのだ。
玄関ホールでレオナルト殿下、殿下の右腕と言われているタンクレート・アイゼンシュタイン将軍と共に待っていると、十代後半のスラリとした若い国王がマントを翻して入ってきた。その後ろには五十代半ばの文官と三十歳くらいの文官、そして護衛の偉丈夫が付き従っている。
我が国とグライフトゥルム王国は大陸の東と西にある関係で交流は少なく、全員が初対面だ。
「グライフトゥルム王国の国王、ジークフリートです。王太子であるレオナルト殿下に出迎えていただき、光栄です」
そう言って爽やかな笑みで挨拶してきた。
まだ十七歳と聞くが、落ち着きもあり、大器の片鱗を感じた。
「シュッツェハーゲン王国の王太子レオナルト・ハーゲンベルクです。こちらこそジークフリート陛下にお越しいただき、恐縮しております」
レオナルト殿下は四十三歳。ゾルダート帝国との戦いで前線に出ることが多く、その堂々とした振る舞いは既に王の貫禄がある。
応接室に入ると、自己紹介や世間話もそこそこに、ジークフリート陛下が口火を切った。
「レオナルト殿下は帝国に対して危機感をお持ちと聞いています。今回、直接話をする機会を得ましたので、我が国とグランツフート共和国が持つ認識を聞いていただきたいと思います」
レオナルト殿下はその言葉に大きく頷く。
「我が国の望むところです。特に貴国の軍師、ラウシェンバッハ伯爵から直接話を聞けることは非常に有益だと思っています」
今回の聖都行きの最大の目的はラウシェンバッハ伯爵と対帝国戦略について話し合うと言っても過言ではない。
国王陛下は帝国との国境、ゲファール河での防衛で充分とお考えだが、ラウシェンバッハ伯爵から帝国が我が国の西にあるグラオザント城に向かう街道を整備している聞き、対応方針を話し合う必要があるのだ。
「では、まずは帝国の戦略についてラウシェンバッハより説明させます。マティアス卿、よろしく頼む」
ジークフリート陛下がラウシェンバッハ伯爵に命じる。
「承りました」
伯爵は柔らかな笑みを浮かべて答えるが、ダンスや音楽の教師のような印象を受ける人物で、帝国や法国を手玉に取った冷徹な軍略家とは思えない。
伯爵はテーブルに地図を広げると、説明を始めた。
「まず帝国軍の状況からご説明します。現在、帝国には四つの軍団、計十二万人の外征軍があります。そのうち、第一軍団と第二軍団は帝都にて待機しておりますが、第四軍団は旧リヒトロット皇国領の治安維持に従事しつつ、我が国に対して圧力を掛けております……」
全員がその説明に聞き入っている。
「第三軍団ですが、第一及び第三師団が帝国中部のエーデルシュタインに駐留し、南部鉱山地帯やザフィーア湖周辺に潜む旧リヒトロット皇国軍の撹乱部隊に対応しております。また、第二師団は南部鉱山地帯からグラオザント城に向けて街道の整備を行い、来年の春頃には完成するという情報が入っております……」
ここまでは既に聞いている情報だ。
「今のところ、帝国がどのタイミングで動くかは判明しておりませんが、エーデルシュタインに大量の穀物が運び込まれており、大規模な攻略作戦を行う兆候が見られます。但し、グラオザント城に向かうのか、我が国との国境シュヴァーン河に向かうのかは今のところ分かっておりません。ここまでが帝国の状況です」
そこでアイゼンシュタイン将軍が発言を求めた。
アイゼンシュタインは我が国の武の名門、アイゼンシュタイン侯爵家の当主であり、レオナルト殿下と共に帝国との国境ゲファール河で指揮を執ってきた我が国屈指の将だ。
浅黒い顔と鋭い目つき、引き締まった身体で曲刀を使う。一見すると猛将に見えるが、殿下が一軍を任せるほど戦術家としても有能だ。
「ラウシェンバッハ殿に伺いたい。グラオザントまで道を整備し、補給物資を途中に備蓄しておいたとしても、ツィーゲホルン山脈、フォーゲフォイヤー砂漠、ベーゼシュトック山地と難所が多い。どの程度の兵力まで帝国はつぎ込んでくるとお考えか」
「準備期間にもよると思いますが、最大二個軍団六万人は動かせると考えています。その根拠ですが、新たに作られる街道にはおよそ五十キロごとに物資集積所があり、その規模から想定すると、六万人が最大百日間行動可能な物資を保管できることが分かっております……」
“千里眼”と呼ばれるだけあって、帝国領内の辺境の状況まで詳細に把握している。
「エーデルシュタインからグラオザント城までは約四百五十キロ、帝国軍の標準的な行軍速度なら三週間ほどの距離です。つまり、移動時間を除いても二ヶ月間は作戦行動が可能ということになります」
その情報にレオナルト殿下が憂い顔で呟く。
「グラオザント城が危険だということか……」
そこで私が気になっていたことを聞く。
「純軍事的には確かに可能でしょうが、街道の整備だけでも大量の資金が必要です。更にそれだけの物資を準備し、輸送するには追加の資金がいると思うのですが、旧皇国領を得たとはいえ、帝国は元々豊かな国ではありません。ラウシェンバッハ伯爵は帝国に侵攻作戦を行う資金を掻き集めることが可能だとお考えですか」
伯爵は大きく頷き、「可能です」と答えた。そして、その理由を説明していく。
「可能です。帝国は南部の鉱山を担保に大量の債券を発行し、それを商人組合が購入しております。旧皇国領への投資もございますが、資金的には十分可能と考えています」
金の流れまで調べていることに驚くが、それ以上に我が国が危機的な状況にあることが気になっていた。
「そこまで調べているということは打開策があるということかな」
レオナルト殿下が期待の篭った目で伯爵を見ている。
「ございます」
ラウシェンバッハ伯爵は余裕の笑みを浮かべて頷いた。
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