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第二十話「第三王子、大商人に会う」

 統一暦一二一五年二月二十六日。

 グライフトゥルム王国東部ヴィントムント市、モーリス商会。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵


 王都を出て、領地ラウシェンバッハに向かう途中、商都ヴィントムント市に立ち寄った。

 王都からも速度を優先するため、船を使っており、二百五十キロメートルという距離を僅か三日で移動している。


 王都ではラウシェンバッハ騎士団とエッフェンベルク騎士団の出陣が認められ、更にラザファムが総司令官として全体の指揮を執ることも認められている。

 また、ジークフリート王子の同行も許可され、援軍についてはすべて狙い通りになった。


 しかし、王国西部の要衝ヴェストエッケの防衛力強化については上手くいかなかった。

 理由は王国軍が想像以上にマルクトホーフェン侯爵派に侵食されていたためだ。


 私の提案はヴェストエッケ守備兵団の戦力向上と、援軍派遣体制の整備だった。

 具体的には守備兵団の義勇兵七千の指揮官を前兵団長のライムント・フランケル将軍にすること、西の守護神と言われたハインツ・ハラルド・ジーゲル将軍を顧問として司令部に入れることだった。


 しかし、王国騎士団長マンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵はその二つに対し、否定的な意見を言ってきた。


『守備兵団長のニーデルマイヤー伯爵が認めぬだろう。あの男は尊大で、人の意見を聞かぬ。先代兵団長と先々代兵団長など邪魔だとしか思わぬはずだ』


 ホイジンガー伯爵は疲れた表情を浮かべている。


『それではヴェストエッケを守り切れません。あそこを抜かれたら、ケッセルシュラガー侯爵領と西方街道の半分以上を法国に奪われることになるのですよ』


 ケッセルシュラガー侯爵領はヴェストエッケの北にあり、王国西部最大の都市だ。ここを奪われれば、王国の西はすべて奪われたことと同義となる。


 西方街道は王都とヴェストエッケを結ぶ国内の主要街道だ。この街道を制されると、西との連絡ができなくなり、奪還は困難となる。


『そのようなことは分かっている。だが、変えようがないこともまた事実だ』


 精神的に参っているようで、投げやりな感じがした。


『神狼騎士団が動いたらどう対応されるおつもりなのですか?』


『守備兵団に期待するしかないだろう。あとは陥落後の奪還に全力を尽くすのみだ。もっとも神狼騎士団が動けばだがな。本当に動くのか?』


 法国が二正面作戦を行うことに懐疑的だった。


『それは分かりません。ですが、油断すべきではありません。そのようなことは閣下も理解されておられるのでは?』


『理解はしているが……』


 ホイジンガー伯爵は私の言葉に頷くが、具体的な策は提示しなかった。

 そのため、西部の雄、ケッセルシュラガー侯爵家に対しては情報提供だけを頼み、侵攻を受けた後の対応の依頼は私自身が動いている。


 王国騎士団を通じて依頼することも考えたが、マルクトホーフェン侯爵派が裏切っていないという保証がないため、ケッセルシュラガー侯爵家にいる知り合い、以前第二騎士団の参謀長であったメルテザッカー男爵に直接手紙を送ったのだ。


 また、騎士団の演習を見ようと思ったが、部外者ということで断られている。マルクトホーフェン侯爵派の嫌がらせだった。


 もっとも編成表はホイジンガー伯爵に見せてもらっており、大隊長以上の多くがマルクトホーフェン侯爵派に代わっていたことから、見るまでもないと粘ることはしなかった。


 王国西部に不安は残るが、グランツフート共和国に対する援軍に注力しなければならず、打てるだけの手を打って領地に向かったのだ。


 ヴィントムント市では世界最大の商会、モーリス商会を訪問する。

 モーリス商会の商会長、ライナルト・モーリスとは二十年以上の付き合いであり、情報収集でもいろいろと手伝ってもらっている。


 モーリス商会の建物の前で馬車を止めるが、同行するジークフリート王子が驚いていた。


「ここが世界一の商人、ライナルト・モーリスの本店なのか? ずいぶんと小さい気がするが」


 王子の言う通り、一見すると中小の商会の店舗にしか見えず、帝国の財政を握る大商人モーリスがいるとは思えない店構えだ。


「二十数年前から変えていないそうです。モーリス商会は急激に規模を大きくしましたから、ライバルからやっかみを受けないように以前と同じ店舗を使い続けているのだそうです。それと以前は小さかったことを忘れないためともライナルトさんは言っていましたね」


「そうなのか。さすがは世界一の商人だな。心構えが違う」


 店の中に入ると、知っている顔が出迎えてくれた。


「ご無沙汰しております、マティアス様! お元気そうで何よりです!」


 まだ二十歳を過ぎたばかりの若者、長男のフレディ・モーリスが満面の笑みで出迎えてくれたのだ。


■■■


 統一暦一二一五年二月二十六日。

 グライフトゥルム王国東部ヴィントムント市、モーリス商会。第三王子ジークフリート


 商都ヴィントムント市にあるモーリス商会の本店にやってきた。

 建物は思ったより小さく、そのことに驚いていると、マティアス卿から商会が小さかった頃のことを忘れないように、あえてそのままにしていると教えられる。


 中に入ると、私より少し年上の若い商人がマティアス卿に声を掛けた。私が誰だろうと思っていると、マティアス卿が紹介してくれた。


「こちらはライナルト・モーリス商会長の長男、フレディです。フレディ、こちらはジークフリート殿下だ」


 フレディは私の名を聞き、驚いて片膝を突く。


「ご無礼いたしました。ライナルト・モーリスの長男、フレディ・モーリスでございます。我が商会に殿下をお迎えできたこと、光栄にございます」


 フレディのことは話に聞いており、笑みが浮かぶ。


「ジークフリートだ。卿もマティアス卿の弟子と聞く。ならば、私にとって兄弟子に当たる。同じ師に師事する者同士だ。そこまで遜らなくてもよい」


「し、しかし……」


 フレディが困惑している。


「これは私のミスでしたね。フレディ、済まなかった。君から見たら王族の方を迎えるとなれば、そうせざるを得ないことは理解しているよ。しかし、殿下は気さくな方だ。お言葉通りにしてくれないか」


「マティアス様がそうおっしゃるのであれば」


 そう言ってから立ち上がる。

 私自身、王族として対応されたことはグライフトゥルム市を出た後が初めてだ。また、叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の関係者以外の平民と触れ合ったことがなく、このような対応になるのだと驚いていた。


「ライナルトさんにも殿下がご一緒だと伝えてくれないか。まあ、各国の元首に何度も会っているライナルトさんなら問題ないと思うが」


 そんな話をした後、応接室に入る。

 そこにはよく日に焼けた四十代前半くらいの男とその妻らしいふくよかな女性が待っていた。


「ライナルトさん、マレーンさん、ご無沙汰しています。こちらはジークフリート殿下です」


「マティアス様もお元気そうで」


 ライナルトはそう言うと私の方に視線を向ける。


「商会長のライナルト・モーリスと申します。こちらは我が妻のマレーン。ご尊顔を拝し、恐悦至極にございます」


 言葉は大仰だが、表情は柔らかく、気負ったところがない。

 こういっては悪いが、どこにでもいそうな中年男性にしか見えず、世界一の大商人なのかと考えてしまったほどだ。


「ジークフリートだ。今回の出陣に対して協力してくれると聞き、無理を言って同行させてもらった。迷惑を掛けるが、いろいろと話を聞かせてほしい」


 マティアス卿からは非公式とは言え、王族が平民である商人の店に行くことは誤解を招く恐れがあるからやめた方がいいと言われていた。しかし、世界を股に掛ける大商人、ライナルト・モーリスに会いたいと思い無理を言ったのだ。


「そう言うことでございましたら、私どもの方から出向いたのですが」


 ライナルトは少し困惑しているようだ。


「それについては私が止めたのです。大商人ライナルト・モーリスがジークフリート殿下と私に会いにいったと噂になれば、貴商会の商売にいろいろと悪い影響が出ると思いましたので」


 マティアス卿がそう言ってフォローする。


 今回の訪問は非公式だが、姿もできるだけ見られないように配慮していた。理由を聞くと、モーリス商会は帝国に多額の融資を行っており、マティアス卿やグライフトゥルム王家の私が会えば、皇帝が警戒する可能性があることを懸念したということだった。


「ご配慮くださりありがとうございます。ばれても問題はありませんが、変な方向に話が広がると面倒ですから」


 ライナルトはそう言って微笑んでいる。

 その後、いろいろと話をし、マティアス卿とモーリス商会との関係の深さに驚くことばかりだった。


 特にモーリス商会がラウシェンバッハ子爵領に投資を行い、子爵領が発展したと聞き驚いている。

 そのことを言うと、ライナルトは満面の笑みで答えてくれた。


「マティアス様が立てられた計画は確実に儲かります。それをスケールアップすれば、更に膨大な利益が得られるのです。そのノウハウが得られるだけでも投資の価値は充分にあります。もちろん、そのことを分かった上でマティアス様は私どもに話を持ってきてくださるのですが」


「私の計画は穴だらけですよ。それをきれいに埋めて、ものにしてくださるので成功しているだけです。何といっても私は商売の素人ですから」


 マティアス卿がそう言って笑っている。

 その言葉に対し、モーリス商会側の三人が苦笑している気がした。


「先ほど殿下はマティアス様に師事しているとおっしゃったそうですが、それは真なのでしょうか?」


 フレディが恐る恐るという感じで聞いてきた。

 私が答える前にマティアス卿が答える。


「おこがましいことですが、殿下には指導者として必要になりそうなことを学んでいただいていますよ」


「マティアス様が殿下に……それは殿下に期待されているということでしょうか?」


 ライナルトが驚きの表情を浮かべて聞いてきた。


「はい、期待しています。もちろん、殿下が王国のこと、民のことを一番に考え続けられるという前提ですが」


 その言葉に顔が熱くなる。


「では、我が商会もマティアス様がお認めになる限り、ジークフリート殿下に期待し、支援を行いたいと思います」


 世界の経済に大きな影響を持つ大商会が私を支援してくれるということに、驚きを隠せなかった。

 しかし、すぐに首を横に振った。


「申し出はありがたいが、私はまだ何も成していない。マティアス卿に師事しているとはいえ、彼が満足できる水準に達するには途方もない時間が掛かる。いや、達しない可能性の方が高い。必要になったら私から声を掛ける。その時になったら、そこでもう一度考えてもらいたい」


 正直な思いを伝えた。


「承知いたしました。これからの殿下を注意深く見させていただきます」


 ライナルトは思ったよりあっさり引き下がった。

 そこで気づいた。彼が私を試したということに。


 安易に飛びつけば、マティアス卿に師事していても支援する価値なしと判断したことだろう。

 その証拠にマティアス卿も微笑んでいる。


(このような優れた者たちと語り合うほどの知識と能力を得ることができるのだろうか……)


 そんな思いを抱きながら、彼らを見ていた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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