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第二十三話「軍師、更に法国に謀略を仕掛ける:後編」

 統一暦一二一五年十二月十三日。

 レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、法王庁内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵


 私は法王の執務室で、法王アンドレアス八世、外交担当のフェーベル枢機卿、そして、今回問題を起こした白鳳騎士団が属する南方教会の責任者イェローム・シャンツァーラ総主教と対応方針について協議している。


 シャンツァーラは王国外交団の宿舎を襲撃しようとしたジムゾン・ビュルガー百鳳長らを処刑すると言ってきたが、それでは解決にならないため、その理由を説明することにした。


「ビュルガー百鳳長らを殉教者もしくは英雄としないためには、彼らの行動が正義ではなく、国を危うくする行為であったと、貴国のすべての方々に認識していただかなくてはなりません。まずは鷲獅子(グライフ)様がどれほどお怒りだったのか、そのことを認識させるべきでしょう。猊下は鷲獅子様に直接お会いしていませんので実感はないかもしれませんが、法王聖下なら私の言いたいことがご理解いただけるのではありませんか」


 そこで法王に視線を向ける。


「確かに理解できる。四聖獣様が(ヘルシャー)代行者(プロコンスル)であり、その怒りは人がどうこうできるものではない。しかし、実際に身に受けなければ、理解できぬのではないかとも思っている」


「私もその通りだと思います。そこで私から提案があります。まず、現在の聖都にいる者のうち、鷲獅子様を目の当たりにしていないのは当時聖都にいなかった者たちです。それ以外の方々はあの怒りに触れ、ここで問題を起こそうとは考えないでしょう」


 四聖獣は念話を使って意思疎通をするため、その声と感情を広範囲に届かせることができる。そのため、聖都にいたすべての者が鷲獅子の言葉を聞いたはずだ。


「確かにその通りだ」


 法王が私の言葉に頷く。


「ですので、鷲獅子様の声を聴いた者だけなら、聖都の治安は法王庁の衛士隊で充分に保てるのです。そこで白鳳騎士団を聖都から出し、衛士隊に治安維持を任せてはどうでしょうか。その上でビュルガー百鳳長らは拘束しておき、四聖獣様がお集りになった後、騎士団と共に聖都に入れるのです。そこで四聖獣様の姿を目の当たりにすれば、ご命令に反することの愚かさを感じ、ビュルガー百鳳長たちを英雄視することはなくなるでしょう」


 四聖獣すべてが怒りを見せるかは分からないが、あの存在感を目の当たりにするだけでも、人族がどうこうできる存在ではないと分かるはずだ。


 法王はともかく、シャンツァーラは納得した様子がない。そのため、更に説明を続けた。


「教団関係者と元々住んでいた敬虔な信徒である市民以外で、現在聖都にいるのは各国の外交使節団だけです。そして、使節団は数十名程度の人員しかおらず、法王聖下を外敵からお守りする任務に騎士団が必要だとは思えません。そもそもですが、安全な聖都で五千人もの騎士団が警備を行う必要はなかったのではないでしょうか」


 聖堂騎士団が聖都の警備を理由に輪番制で駐屯するのは、各教会が法王に圧力を掛け、教会領に不利な決定をしないようにしたことが始まりだ。


「ラウシェンバッハ伯爵の意見には聞くべきところがある。他の時期はともかく、今現在、白鳳騎士団が聖都にあることは大きなリスクだ。今回のことでそのことがよく分かった」


 法王は私の意見に大きく賛同した。

 我が国との交渉で大きく譲歩していることに白鳳騎士団が不満を持っていると知っているのだろう。

 しかし、シャンツァーラが反論する。


「それでは騎士団の者が納得しますまい。彼らは名誉ある聖都の警備を任されたことを誇りに思っているのですから」


「仕方あるまい。今回と同じようなことがもう一度起きれば、我が国は消滅するのだ。そのことを理解できない者をここに置いておくことは危険すぎる。それとも総主教にはよい考えがあると言うのか?」


「そうおっしゃられると返す言葉もございませんが……」


「対案がないのであれば、伯爵の案を採用するしかあるまい」


 法王の言葉にシャンツァーラは不満そうな表情を浮かべている。

 思惑通り、法王とシャンツァーラの間がギクシャクし始めた。


「それではビュルガー百鳳長らの処刑は延期し、白鳳騎士団を聖都の郊外に移すということでよろしいですね」


 私がそう言うと、法王は満足そうに大きく頷き、シャンツァーラは渋々頷いた。


「では、話を元に戻しましょう。百鳳長たちの処分以外に何か決められたことがあるのでしょうか?」


 シャンツァーラは頷くと説明を始める。


「貴国に対し、南方教会として正式に謝罪いたします。また、私とロッシジャーニ白鳳騎士団長は年明けの会合が終わり次第、責任を取って辞任いたします。それで貴国にご納得いただきたい」


 こちらも目論見通り、厄介な二人を排除することに成功したようだ。


「ジークフリート陛下を始め、我が国の外交使節にこれ以上危害が加えられる恐れがなくなるのであれば、私の方から言うべきことはありません」


 シャンツァーラは私の回答に安堵の表情を見せる。


「ご理解いただき、ありがとうございます」


 私は更に手を打っていく。


「ですが、懸念もございます」


 その言葉にシャンツァーラだけでなく、法王たちも不安そうな顔をする。


「それはどのような?」


「私が猊下やロッシジャーニ閣下の解任を迫ったという噂が流れれば、白鳳騎士団が暴発しかねません。どのような発表をされるおつもりでしょうか」


「そこまでは考えていませんでした……」


 シャンツァーラはそう言って下を向いてしまう。


「今回の件も、私が謀略のために聖職者たちの追放を法王聖下に迫ったという噂が発端なのです。確かに提案はしましたが、私が強要したわけではありません。あくまで四聖獣様にご納得いただくための案であり、謀略ではないと聖下もお認めになったはずです。第一聖下にのみお伝えするという条件で、私は提案を行ったのです。それがこのような事態を招いたのですから、同じことが起きないとは言えないでしょう」


「確かに私だけが聞いた話だし、伯爵が提案したことだとは言っていない。ただ、貴国との交渉の後に出たから、タイミング的にそう受け取った者が多かったということだろう。だとすれば、同じことが起きるかもしれないという伯爵の懸念は理解できる」


 法王は申し訳なさそうな表情でそう言ってきた。

 実際には私が噂を流したのだが、法国の諜報能力では真実に気づくことはない。


「では、どうしたらよいのでしょうか?」


 シャンツァーラはそう言って私を見る。その目には不安そうな色が見えた。


「私から申し上げることはありません。ただでさえ同じことが繰り返されるリスクがあるのですから」


 法国側に重苦しい空気が漂う。

 法王が私を見ながら口を開いた。


「ちなみに伯爵、貴殿ならどう対応するのだろうか?」


「考えはありますが、これは貴国の問題です。聖下たちを操ったなどと言われるのは心外ですので」


 法王に落胆の表情が見えた。

 そこで少しだけヒントを与える。


「誰もが正しいと思う手続きに基づくべきでしょう」


「誰もが正しいと思う手続きか……」


 私が言いたいのは、総主教の任命権は法王にあるということだ。

 厳密にいえば、法王と四人の総主教、五人の枢機卿からなる法国最高会議で、辞任する総主教が後継者を指名し、会議メンバーが問題ないことを確認した上で法王が承認する。


 つまり、最高会議に諮った上、法王がシャンツァーラ総主教の辞任と後任の承認をしろということだ。


 こうすれば、私ではなく法王が主導したように見える。当然、南方教会の者たち、特に白鳳騎士団の兵士は法王に不満を持つはずだ。


 そんな雰囲気を作った上で北方教会のニヒェルマン総主教が法王の責任を問う。法王を擁護するはずのシャンツァーラは辞任するから力はなく、更に白鳳騎士団の兵士は法王の対応に不満を持っているため、法王が声明を出すだけの安易な対応を取ることは難しい。


 法王の多数派工作の失敗を意味することになるから、ニヒェルマンの提案で法王は辞任に追い込まれるだろう。


「これ以上お話しすることもないでしょうから、私はここで退席させていただきます」


 そう言うと、私はゆっくりと立ち上がった。


 その日の午後、白鳳騎士団は聖都から十キロメートルほど離れた場所に移動することが決まった。


 そして、その二日後、シャンツァーラ総主教とロッシジャーニ団長が法王の命令により解任されたと発表された。


 騎士団の移動については、私が抗議した結果ではないかという噂があったが、総主教らの解任については、タイミングをずらしたことで、私の関与に関する噂は出ていなかった。

 もちろん、今回の処置については更に混乱を与えるような情報操作は行っていない。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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