第二十二話「軍師、更に法国に謀略を仕掛ける:前編」
統一暦一二一五年十二月十二日。
レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、グライフトゥルム王国外交団宿舎内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
白鳳騎士団のビュルガー隊の暴走は騎士団長ドミニク・ロッシジャーニによって制圧された。
私としては最良の結果に満足している。
ロッシジャーニは十二年前のヴェストエッケ攻防戦で法国軍の壊滅を防いだ名将、フィデリオ・リーツ黒鳳騎士団長を留任させ、鳳凰騎士団の再建を命じた人物だ。
今回の白狼騎士団長ニコラウス・マルシャルクが考えた戦略に対しても強く反対し、その結果、南方教会は敗戦の影響を受けていない。
戦略眼のある優秀な将であり、人望もあることから、この機に潰しておきたいと考えていたのだ。
そのため、白鳳騎士団の兵を挑発したのだが、思っていた以上に反応し、危うく収拾がつかなくなるところだった。
(危なかった……もし、ビュルガーが剣を抜いてこの敷地に入ってきたら、すべての元首を集める会合が失敗に終わったはずだ。調子に乗って挑発し過ぎたようだ……)
会合が失敗に終われば、法国だけでなく、私も責任を問われた可能性が高い。鷲獅子や大賢者は私が何かしたと疑うだろう。そして、影たちから事情を聴き、私が謀略を仕掛けたと気づくはずだ。
(いずれにせよ、最良の結果だ。これで法王は更に追い詰められた。それに南方教会のシャンツァーラ総主教の責任も問える。これでニヒェルマンに反対するのは西方教会のヴィテチェク総主教くらいだ……)
イェローム・シャンツァーラ総主教は南方教会領を発展させた優秀な統治者だ。現実的でありながらも教団改革にも積極的で、南方教会では不良聖職者の多くが排除されており、理想的な聖職者と言えるだろう。
そんな彼を残しておけば、法国が早期に力を取り戻してしまう。それを防ぎたかったのだ。
屋敷の中に入っていくと、ジークフリート王が心配そうに私を見ていた。他にも黒獣猟兵団のファルコたちも安堵の表情を浮かべている。
「何もなかったからよかったが、無茶をする」
「ご心配をおかけしました。ですが、ビュルガー百鳳長も無理やり押し入る気はなかったようです。こちらを挑発して先に剣を抜かせようとしたのでしょう」
途中から確信を持ったのだが、ビュルガーは怒鳴り散らすものの、終始探るような視線を屋敷の中に向けていた。そのため、護衛であるファルコら獣人族の高い忠誠心を利用し、挑発していると気づいたのだ。
「明日、法王に面会してきます」
「私はどうすればよいのだろうか?」
「まずは私が交渉し、法国側がこちらの満足いく対応となった段階で、陛下には最終的な話し合いに出ていただく予定です。それまではご不自由をお掛けしますが、ここで待機していただきます」
「では、ルーテンフランツ子爵ら外交団と共に行くのだな」
「いいえ。私と黒獣猟兵団のみで行くつもりです。今回のことは国同士の問題でもありますが、四聖獣様の言いつけを守らず、会合を台無しにしかねない事態でした。それならば私の方が適任です」
「そうだな。だが、私にもやることがある方が嬉しいのだが」
国王は少しでもできることがあるなら、それをやりたいようだ。
「陛下にはグランツフート共和国のハウプトマン議長とヴェーグマン外交部長に今回の件を伝えていただき、今後の方針のすり合わせをお願いしたいと思っています」
「今後の方針のすり合わせ? 今回の件で何か変わるのだろうか?」
「今回のことで法国は我が国に対し、強い負い目を感じているでしょう。ですので、陛下の行動に制限がなくなったと考えています。この機に共和国と今後の対帝国戦略を詰めてはどうかと思っています」
これまでは白鳳騎士団の暴走を怖れ、ジークフリート王を屋敷から出すことをためらっていた。しかし、今回の件でロッシジャーニ団長は強い危機感と我が国に対する負い目を感じ、今まで以上に強い姿勢で騎士団を引き締めるはずだ。
そうなれば、国王の安全は確保されるから、行動の制限もなくなる。それに共和国とのすり合わせは外交を学ぶ上でもよい経験になる。私としてもベテランの文官ルーテンフランツ子爵がいるから、問題が起きることはないので安心だ。
「なるほど。そろそろシュッツェハーゲン王国の使節も到着する頃だ。その前に共和国とすり合わせをしておくのだな」
「その通りです。その他にも帝国に対して、接触することも考えています。その辺りのことを協議していただきたいと思います」
シュッツェハーゲン王国、ゾルダート帝国、オストインゼル公国の使節はまだ来ていないが、そろそろ到着するはずだ。
シュッツェハーゲン王国とは明確な同盟関係にないが、この機に同盟の内諾くらいは行っておきたい。このことはジークフリート王にも話してあり、共和国とすり合わせを行ってほしい内容だ。
また、帝国の皇帝マクシミリアンにも一度会っておく必要がある。どのような人物なのかを直接肌で感じたいためだ。
そのことも共和国と調整する必要があり、それを任せる。
「承知した。私でできることはやっておきたい」
やれることがあると聞き、嬉しそうに微笑んでいる。真面目でよいのだが、もう少しゆっくり仕事を覚えてもよいのではないかと思った。
翌日、法王庁に向かう。
ファルコ率いる黒獣猟兵団十名と影であるカルラとユーダが同行する。他の影も見えないところで護衛しているはずだ。
法王庁に入ると、すぐに法王の執務室に通される。
そこには法王と外交担当の枢機卿フェーベルの他に、恰幅のいい五十代半ばの聖職者が待っていた。
「南方教会のイェローム・シャンツァーラと申します。この度は我が教会の白鳳騎士団が大変なご迷惑をお掛けしました」
そう言って大きく頭を下げた。
このような聖職者なら信じてしまいそうだと思うほど誠実そうに見える。
「総主教猊下の謝罪のお言葉、確かに受け取りました。ジークフリート陛下にも必ずお伝えします」
「ありがたいことです」
シャンツァーラはそう言うと、もう一度大きく頭を下げた。
「ですが、言葉だけで済ませられる問題ではないと思います」
「とおっしゃいますと?」
「確かに我々に実害がありませんでした。ですが、一歩間違えれば、年明けの会合、すなわちすべての四聖獣様が集まる重要な会合が失敗に終わった可能性があるのです。会合を提案した私としましては、何もなかったというわけにはまいりません。まだ半月以上もあるのです。貴国の者が暴走しないとも限りませんから」
シャンツァーラは生真面目そうな表情で頷く。
「おっしゃることは理解します。そのことについて、本日ラウシェンバッハ伯爵に聞いていただきたいことがあります」
今回の件で決めたことを教えてくれるようだ。
私が頷くと、シャンツァーラはゆっくりとした口調で話し始めた。
「まず、今回の首謀者ビュルガー百鳳長は命令違反と聖都での反乱の罪を問い、公開で処刑いたします。また、部下の十鳳長たちも同様です。兵士につきましては全員破門した上で鞭打ち刑とし、騎士団から放逐します」
その処分に待ったをかける。
「お待ちください。それでは逆効果ではありませんか?」
「どういうことでしょう?」
「私が貴国軍に大きな損害を与え、多くの兵士の命を奪ったことは誰もが知るところです。その私に対し、恨みを晴らそうとしたビュルガー百鳳長たちが処刑されれば、彼らは貴軍兵士にとって英雄になるでしょう。それでは第二、第三のビュルガー百鳳長が出てくることは容易に想像できます」
「なるほど。では、処刑を取りやめろと」
突然のことで深く考える余裕がなかったらしい。そこに付け込む隙があると心の中で気合を入れる。
「そもそも今回の事件が起きた原因をどうお考えですか?」
「法王聖下のご命令を無視しただけでなく、四聖獣様のお言葉を軽んじたことだと認識しています」
「つまり、貴軍の統制が緩んでいるということではありませんか?」
「そうとも言えます。ですので、引き締めを図るために厳しい処分を科すのです」
何も分かっていない。ますます利用できるとほくそ笑みそうになる。
「厳しい処分を下すことで組織の引き締めを図るのであれば、一罰百戒とならなければなりません。ですが、先ほども申し上げた通り、このままではビュルガー百鳳長たちは殉教者、もしくは英雄となってしまいます。総主教猊下は彼らの行動が正しいと思っておられますか」
「そのようなことは……」
シャンツァーラはそう言って大きく首を横に振った。
私は彼らに危機感を持ってもらうべく、説明を続ける。
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