第二十一話「軍師、白鳳騎士団の暴走に対処する:後編」
統一暦一二一五年十二月十二日。
レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、聖堂騎士団詰所内。ドミニク・ロッシジャーニ白鳳騎士団長
私はこの時期に聖都の警備を任されたことの不運を呪っていた。
三日前、あれほど厳しく禁じていたのにグライフトゥルム王国外交団の馬車に対し、威嚇する者が出てしまった。
(外交問題どころの話ではないことをなぜ理解できんのだ! 我が国が滅びるかどうかの重大事なのだぞ!)
暴走した部下を内心で罵倒したが、厳しい罰を与えると他の部下が反発するため、叱責するだけに留めた。
しかし、それが仇になったようだ。
グライフトゥルム王国のラウシェンバッハ伯爵の使者を名乗る男が悠然と入ってきた。その男は胆力があるのか、我が配下の強い敵意を平然と受け止めた上で、私の副官を恫喝して騎士団長室に入ってきたらしい。
「私が騎士団長のロッシジャーニだ。何が起きたのだろうか」
その男は冷たい目で私を見ると、すぐに答える。
「白鳳騎士団のビュルガー百鳳長を名乗る人物が、百名ほどの兵を率いて我が国の外交団の宿舎に押し入ろうとしています。現在、伯爵が暴発しないように説得しておりますが、突入してくることは時間の問題です。直ちに対処をお願いします」
「押し入ろうとしているだと! それは真か!」
「このようなことで嘘をついても仕方ないでしょう」
そう言って冷笑を浮かべると、更に衝撃的なことを伝える。
「伯爵からの伝言です。国王陛下がおられる屋敷の敷地に武装した兵が一歩でも入ったら宣戦布告とみなすとのことです。伯爵は近衛隊長であるハルフォーフ卿に突破の指揮を命じられました。白鳳騎士団の精鋭とはいえ、共和国の軍神ケンプフェルト閣下に匹敵するハルフォーフ卿とその部下、そして伯爵の護衛、黒獣猟兵団を止められると考えない方がよいでしょう」
アレクサンダー・ハルフォーフの話は聞いている。聖竜騎士団の猛者たちを武力で圧倒し、王国と共和国の連合軍の勝利に大きく貢献した人物だ。
ラウシェンバッハの護衛である獣人族戦士については言うまでもない。敵地ともいえるここに来たということは、精鋭中の精鋭だろう。それが二十名もいるのだ。百名程度の兵ではとても止められない。
「直ちに現場に向かう! 馬を引け!」
私はすぐに愛用の槍を手にすると、団長室を飛び出して厩舎に向かった。
「ビュルガー隊が反乱を起こした! 我に続け!」
ラウシェンバッハを救うためと言えば、ビュルガーに合流しかねない。そのため、反乱を起こしたと叫んだのだ。実際、命令に反する行為であり、祖国への影響を考えれば、反乱に匹敵する暴挙と言える。
馬に飛び乗ると、すぐに王国外交団の宿舎のある住宅街に向かう。
聖都内の大通りは魔導具の街灯があるため、夜でも問題なく馬を走らせることができる。
高位の聖職者たちが住んでいる閑静な高級住宅街に入ったが、その静寂を破るように馬蹄を響かせながら全力で馬を駆る。
(間に合え! いや、間に合わせて見せる! 我が国を亡ぼすわけにはいかぬのだから……)
私の後ろには十数騎の騎兵が追従している。私の護衛隊でその後ろからも馬蹄の響く音が聞こえていた。
詰所から十分ほどで現地に到着した。
屋敷の周囲には松明を持った兵が取り囲み、今にも火を放ちそうだと焦る。
「騎士団長として命ずる! 直ちにその屋敷から離れろ! 命令に反する者は反逆者として斬り捨てる!」
私の声が聞こえたのか、ビュルガー隊の兵に動揺が見えた。
「屋敷から離れろと言った! 何をしておるのか!」
私の恫喝を受け、兵たちがノロノロと下がっていく。
しかし、私が到着したのは裏門だったようだ。暗闇の中で松明が見えたため、勘違いしたらしくビュルガーの姿がない。
「表に回るぞ! 急げ!」
馬を再び駆けさせ、屋敷を回り込んでいく。
すぐに正門が見えてきた。
こちらにも五十名近い兵が松明を持っている。
「騎士団長として命ずる! ビュルガー隊は直ちにその屋敷から離れろ!」
しかし、こちらの兵はキョロキョロと周囲を窺うだけで動く気配がない。
振り返ると後ろには百騎を超える騎兵がいた。
「反乱を起こしたビュルガー隊を制圧する! 但し、王国の宿舎に被害が出ないように細心の注意を払え! 突撃!」
それだけ言うと、私は愛槍を振り回し、ビュルガー隊の兵士をなぎ倒していく。
ここに至ってはやれることは一つしかない。彼らが私の命令に素直に従わない以上、反乱を起こした者として殲滅する。
「やめてくれ!」
「武器は捨てました! お許しください!」
私の決意に気づいたのか、ビュルガー隊の兵たちは次々に武器を捨てていく。しかし、私は槍を振るうのを止めなかった。こちらに意識を向けさせなければ、自暴自棄になって王国側に向かいかねないからだ。
逃げ惑う兵により正門が見えた。幸いまだ門は閉じており、最悪の事態は避けられたと安堵する。
「ビュルガーはどこだ!」
すぐに百鳳長のヘルメットを被った男が驚愕の表情を浮かべて立っていた。
「貴様は国を亡ぼすつもりか!」
そう叫ぶと、ビュルガーが答える前に槍の石突で顔面を薙ぐ。槍を受けたビュルガーは横に吹っ飛んでいった。
「ビュルガー隊はすべて捕縛せよ! 抵抗する者は斬って捨てよ!」
それだけ命じると、馬を飛び降り、正門に向かう。
そこには文官らしいチュニックを来た優男が執事とメイドを引き連れて立っていた。その顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
「白鳳騎士団長のドミニク・ロッシジャーニと申します。ラウシェンバッハ伯爵とお見受けするが、間違いないでしょうか」
あれだけの兵に囲まれながら護衛もなしに笑っていられる胆力に感銘を受けた。鷲獅子様の怒りを受けても意見を言ったという話を聞いたが、今なら素直に頷ける。
「はい。マティアス・フォン・ラウシェンバッハです。高名なロッシジャーニ閣下とお会いでき光栄です。まあ、このような場でない方がよかったのですが」
そう言って苦笑している。
「この度は我が騎士団に属していた者が反乱を起こしたようで、ご迷惑をお掛けしました。鎮圧には成功しておりますのでご安心を」
「ありがとうございます。ですが、この件がそれで済む話でないことは、閣下もお分かりだと思いますが」
当然、理解している。
法王聖下が安全を保証した他国の王に対し、危害を加えようとしたのだから。
「既に法王聖下にも伝令を出しております。この件の扱いについては明日にでも話し合いの場を持ちたいと思っていますが、これより我が国の使節団は港に向かいます。そして船で港の外までいき、そこで待機いたします。私と聖下の話し合いの結果いかんによっては、そのまま出発ということになるでしょう」
王国が使った商船はまだ残っていると聞いている。そのため十分にあり得ることだと焦る。
「それは帰国されるということですか! 四聖獣様に逆らうことになりますぞ!」
私は焦って言葉の選択を誤った。
ラウシェンバッハは私に冷たい視線を向ける。
「逆らうことにはなりません。鷲獅子様、大賢者様が安全を保証されたから、ここに来たのです。貴国がそれを反故にするのであれば、現在王位継承権をお持ちの方がいない我が国は、危険を冒してまでここにいる理由がありません。そのことを説明すれば、大賢者様なら必ずご理解いただけるでしょう」
グライフトゥルム王国はジークフリート王の兄である先王が退位し、王位継承権を放棄した。更に第二王子は行方不明だが、その継承権は剥奪されたと聞いている。探せば遠縁の王族がいるかもしれないが、彼の言うことが認められる可能性は高い。
また、そうなった場合、我が国が責任を追及される。
既に禁忌を冒し、裁きの時を待つ我が国が許される可能性は皆無だ。
「安全は我が名に誓って保証いたします! ですので、お考え直しを!」
そう言って跪き、額を地面に付ける。
部下たちが動揺しているようだが、そんなことには構っていられない。
十秒ほど待っていると、ラウシェンバッハがゆっくりとした口調で話し始めた。
「閣下がそこまでおっしゃるのであれば、考え直すこともやぶさかでありません。ですが、閣下自らがここで護衛の指揮を執ってくださることが条件です。三日前に兆候があったにもかかわらず、何も対処されなかったのですから、ご理解いただけると思いますが」
私はその言葉に安堵した。
「もちろん、そのつもりです!」
「ですが、貴騎士団が信用できないという事実に変わりありません。早急に何らかの対策を打っていただけなければ、ジークフリート陛下には帰国していただきます。そのことはお忘れなく」
それだけ言うと、ラウシェンバッハは静かに屋敷の中に戻っていった。
「この場の指揮は私が執る! グライフトゥルム王国の外交団に対し、敵意を向ける者は我が手で斬り捨てる! そのことを肝に銘じておけ!」
私はそう言うと、槍を持って正門の前に立つ。
平騎士の頃、四十年近く前に歩哨に立って以来のことだが、そのことに何の感慨もなかった。
ただ、ここでこれ以上問題が起きれば、我が国は滅びるという危機感だけが心を占めていた。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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