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第二十話「軍師、白鳳騎士団の暴走に対処する:中編」

 統一暦一二一五年十二月十二日。

 レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、グライフトゥルム王国外交団宿舎内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵


 法王アンドレアス八世と北方教会のニヒェルマン総主教を焚き付けることに成功した。

 法王は私の予想通り、聖職者追放のみを法国の最高意思決定機関、最高会議に提案した。


 しかし、ニヒェルマンは未だに法王の辞任を要求していない。

 これは私がそうするように依頼したからだ。


 法王の提案により、法王庁内は大混乱に陥っている。その混乱によって、法王の求心力が落ちているが、ここで辞任要求を行えば、法王派が結束する可能性がある。そのため、法王派が完全に瓦解した頃を見計らって辞任要求を出すべきと指示したのだ。


 また、法王が孤立するように噂も流している。

 それを実行しているのはモーリス商会だ。


 モーリス商会は以前ほどではないが、高位聖職者に対するコネクションを持っている。その聖職者たちは賄賂を要求するような者たちであり、追放の対象だ。そのため、少し危機感を煽ってやると、簡単に踊ってくれた。


 夕食を終えた後、二階に与えられた部屋で王都の妻や子供たちへの手紙を書いていると、メイド姿の(シャッテン)、カルラがやってきた。


「白鳳騎士団の警邏隊が現れ、屋敷の正門と裏門を抑えました」


 この屋敷に出入口はその二ヶ所しかない。

 厄介なことになったと思ったが、状況を確認する。


「人数はどれくらいですか?」


「合わせて百名ほどです。ビュルガー百鳳長を名乗る者がマティアス様に謀略の疑いがあるから連行すると言っております。いかがされますか?」


 工作が効きすぎて、因縁のある白鳳騎士団の一部が暴走したようだ。


「法王庁と白鳳騎士団のロッシジャーニ団長に連絡を入れてください。使者にはこのように伝えるよう命じてください。具体的には……」


 使者が言うべき内容について伝えると、警備側の対応についても簡単な指示を出す。


「正門と裏門の警備に就いている近衛隊と猟兵団の兵を一旦下げるようアレク殿に伝えてください。常識的に考えれば、向こうから手を出してくることはないでしょうが、常識が通用しない者も法国軍には多くいますので」


 私が指示を出し終えると、カルラは頭を下げて部屋を出ていく。私も部屋着からチュニックに着替え、下に降りる。

 玄関ホールにはジークフリート王を始め、近衛隊長のアレクサンダーらが集まっていた。


「マティアス卿を連行すると言っているようだ。理由は法王を唆し、教団に混乱を与えたからだそうだ」


 国王が苦虫を噛み潰したような顔で教えてくれた。

 ある意味事実であり、困惑しているのだろう。


「兵士たちは指示通り下げさせたが、この後はどうするのだ。正面から打ち破っていいのなら簡単なのだが、そう言うわけにもいかぬだろう」


 アレクサンダーが困惑した表情でそう言ってきた。


 白鳳騎士団の兵士百名程度なら、アレクサンダー率いる近衛兵十名とファルコ率いる黒獣猟兵団十名で充分に対処できる。

 国王と私の守りが薄くなるが、陰供(シャッテン)だけでも実力的には充分だ。


「私が話をしてきましょう。カルラさん、ユーダさん、一緒に来てください」


 ファルコが硬い表情で一歩前に出る。


「我々も同行いたします」


「それには及ばないよ。時間稼ぎをするだけだから」


「しかし!」


 忠実なファルコにしては珍しく、食い下がってきた。

 私が危険だと思っているようだ。


「人数が多い方が不測の事態が起きかねない。それにこの二人に守ってもらえば、君たちが飛び出してくるまでの時間くらいは充分に稼げる。そうだろう?」


 私には武術の心得がないから分からないが、カルラとユーダの腕は(シャッテン)の中でも抜きんでているらしい。そのことは手解きを受けているファルコの方がよく分かっており、渋々ながら頷いてくれた。


「分かりました。ですが、ご命令があればすぐに出られるように準備しておきます」


「そうしてくれると助かるよ」


 ファルコは納得したが、ジークフリート王が声を掛けてきた。


「万が一のことがある。ここは屋敷の中で待つ方がよいのではないか?」


「この状況で屋敷を囲むような人たちです。何かのきっかけで暴走しないとも限りません。それならば、私が話をして時間を稼ぐ方が確実でしょう」


「そうなのだが……」


「彼らにも聖騎士としての矜持があるでしょうから、武器を持たぬ私と執事姿のユーダ、メイド姿のカルラの三人に、すぐに手を出すことはないでしょう。ですので、これが一番安全な方法なのですよ」


 そう言うと、私は玄関のドアを開けた。

 こちらからはもちろん、相手にも剣を抜かせてはいけない。ここで暴走を許せば、大賢者に報告せざるを得ないからだ。


(話が分かる人物ならいいのだが、無理だろうな。興奮させないようにしつつ、のらりくらりと時間を稼ぐしかないか……)


 この屋敷は高さ三メートルほどの木の塀で囲まれ、正門は装飾がある鉄の格子でできている。そのため、外の様子がよく見える。


 玄関から門までは十メートルほど。門の向こうには二十名ほどの兵士が見える。塀の方にも兵士がいるようで、声が聞こえてくる。


 門番は普人族(メンシュ)に姿を変えている(シャッテン)だ。近衛兵も黒獣猟兵団も獣人族(セリアンスロープ)であるため、トラブルになりやすいことと、(シャッテン)なら独自の符丁で言葉を使わずに連絡が取れるので、こう言った事態でも対応しやすいためだ。


 ゆっくりとした歩調で門に近づく。


「我らは聖都の安全を守る白鳳騎士団だ! ラウシェンバッハ伯爵には我が国に対する謀略の疑いがある! 取り調べのため、騎士団の詰所に来てもらう! すぐに呼び出せ!」


 羽根が付いたヘルメットを被る隊長が喚いている。


「彼がビュルガー百鳳長です」


 ユーダが耳打ちしてくれた。

 さすがに最も王国から遠い南方教会の鳳凰騎士団の指揮官は千人隊を指揮する千鳳長以上しか把握しておらず、ビュルガーという名に記憶はない。


 近づいていくとビュルガーは右頬に大きな傷がある強面で、年齢的には私より数歳上と言ったところだ。


「お待たせしました。私がマティアス・フォン・ラウシェンバッハです。どのようなご用件でしょうか?」


「私は白鳳騎士団の百鳳長、ジムゾン・ビュルガーだ。貴様には我が国に対する謀略を実行した疑いがある。騎士団の詰所まで来てもらおう」


「一介の百鳳長に法王聖下によって招かれた外交使節団の一員を取り調べる権限はなかったはずです。法王アンドレアス八世聖下のご命令でしょうか? それならばドミニク・ロッシジャーニ団長の署名が入った命令書もしくは逮捕状があるはずですが、それを見せていただけませんか?」


「罪人に見せる必要などない!」


 どうやら独断で行動を起こし、勢いだけで押し切ろうとしているようだ。


「話になりませんね。ロッシジャーニ団長を呼んでいただけないでしょうか。あの方の指示なら、私も大人しく付いていきますので」


「どうしても同行しないのであれば、力尽くで連行するぞ!」


 ビュルガーは業を煮やしたのか、大声で叫んだ。

 更に白鳳騎士団の兵士たちも私を睨みつけながら門に迫ってくる。


「マティアス様! 危険です! お下がりください!」


 玄関で控えているファルコが焦りを含んだ声で叫ぶ。

 私は後ろを振り向き、笑みを浮かべる。


「問題ない。それよりも絶対に挑発に乗るな。アレク殿、近衛兵にも軽々しく動くなと命じてください」


 私の言葉にファルコが頷き、アレクサンダーが「承知!」と短く叫ぶ。

 その上でビュルガーに視線を向けた。


「この屋敷は現在、グライフトゥルム王国外交団の宿舎、すなわち王国の領土とみなすことができます。ましてここには国王ジークフリート陛下がいらっしゃるのです。一歩でも足を踏み入れれば、貴国は宣戦布告なしに我が国に侵略してきたことになりますよ。そうなれば、貴殿の責任問題で済む話ではなくなります」


 外交団が借り上げているので大使館と同じ扱いとなるが、この世界ではそこまで細かな取り決めはない。しかし、法国が安全を保証し、この屋敷の利用を認めたのであれば、私の主張は受け入れられるはずだ。


「何を言っている! ここは我が国の聖都! 貴様らの領土であるはずがない!」


 一介の騎士には理解できなかったようだ。


「外交上の常識ですよ。それに大賢者様、四聖獣様の命によって、貴国を訪問した王がいる屋敷に押し入ろうとする行為です。四聖獣様の制裁を受けることは間違いないですが、それでもこのまま続けるのですか?」


「四聖獣様のお怒りを受けようが構わん! 我が国に謀略を仕掛ける貴様を我らは許すことができん! それだけだ!」


 鷲獅子(グライフ)の怒りを直接受けていないため、それほど強い恐怖は感じていないらしい。


「騎馬が多数接近してきます」


 後ろに控えていたカルラが小声で教えてくれた。

 どうやらロッシジャーニ団長か、法王が派遣した衛士隊が到着したようだ。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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計らずも、教えが不十分であることか露呈されましたね。 短気な聖獣なら無にしそう。一罰百戒で。
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