第十九話「軍師、白鳳騎士団の暴走に対処する:前編」
統一暦一二一五年十二月十二日。
レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、聖堂騎士団詰所内。ジムゾン・ビュルガー百鳳長
俺は無意識のうちに右頬の傷を触っていた。
(あのラウシェンバッハが聖都にいる……)
十二年前の一二〇三年八月のヴェストエッケ攻略作戦に参加し、奴の策に嵌まって城内に誘い込まれ捕虜になった際に付けられた傷だ。
当時はまだ二十歳そこそこで赤鳳騎士団の平騎士に過ぎなかったが、あの時の屈辱は死ぬまで忘れることはないだろう。
団長が討ち取られるという激戦だったが、味方の奮闘もあって城門が開き、これで勝利は確実だと思った。しかし、それは奴の巧妙な罠だった。
城内に誘い込まれた赤鳳騎士団は兵の半数以上を殺され、俺も多くの戦友を失っている。
捕らえられた後、鎧などを奪われ、更に捕虜の解放条件として愛馬を手放すことになった。
領都に帰還するまでの俺たちの姿は敗残兵そのものだった。騎士であるにもかかわらず、鎧も兜もなく、自らの足で歩いていたのだから。
その時の民たちからの憐れむような、そして、蔑むような眼を今でも忘れることができない。
(俺に煮え湯を飲ませた奴がすぐ近くにいる。だが、奴に手を出すことはできん……)
数日前、他の隊がラウシェンバッハの乗る馬車を見て、剣に手を掛けた。
その隊にも俺と同じく十二年前に捕虜になった者がおり、その気持ちが痛いほど分かった。
しかし、その行為に対し、ロッシジャーニ団長だけでなく、法王聖下からも強い叱責を受けたと聞いた。
(奴は我が国の宿敵だ。我が鳳凰騎士団だけでなく、聖竜騎士団、鷲獅子騎士団、神狼騎士団とすべての聖堂騎士団が、奴一人のために多くの騎士や兵が命を落としているのだ。しかし、奴は我らが手を出せないと知って、我が物顔で動き回っている……)
ラウシェンバッハは護衛の獣人族を引き連れ、法王庁のある大聖堂に何度も入っている。
大聖堂は神聖な場所だ。そこに穢れた獣人を入れるなど言語道断だが、聖下も総主教猊下も団長も奴に脅され、渋々認めている。
このことに我ら騎士団の者の多くが憤っていた。
当然だろう。教典に書かれた重要な教えを、最も守るべき聖下や猊下が蔑ろにしているのだ。特に聖都に初めてきた若い騎士や兵は強い怒りを見せている者が多い。
「絶対おかしいですよ! 敬虔な信徒以外は聖都にすら入れないと聞いていたんですよ! それが聖騎士を何万人も殺した敵やその手先の獣人たちが我が物顔で歩き回っているんです! 絶対に納得できません! 百鳳長、俺が言っていることはおかしいですか!」
部下の騎士が俺に詰め寄ってきた。
気持ちは分かるが、百鳳長として嗜めなければならない。
「俺もそう思う。だが、団長命令は絶対だ」
「なら、団長に直談判しましょう! 外交問題なんて関係ない。仲間の恨みを晴らすべきだと」
若いだけあって何も分かっていない。
「無駄だ。法王聖下は鷲獅子様の怒りを受けて、完全にビビっている。外交団に危害を加えるなと言うのは鷲獅子様と大賢者様の命令だ。聖下が認めるわけはないし、当然団長も聖下のお言葉に逆らうことはない」
正直言って聖下や団長には失望している。いくら鷲獅子様のご命令でもトゥテラリィ教の教えを無視し、同胞を死に追いやった張本人を見逃しているのだから。
「俺たちだけでやりませんか? 王国の護衛は僅か二十人ほどしかいないんです。精鋭を集めているでしょうが、俺たちの隊には百人の精鋭がいます。確実に仕留められますよ」
その言葉に頷きそうになった。
それでも思い留まり、部下を諭す。
「それをすれば、全員破門の上、処刑されるのだ。悔しいが我慢するんだ」
部下も俺の言葉に渋々頷いた。
しかし、その一時間ほど後、とんでもない話が飛び込んできた。
俺たちは詰所の食堂で昼飯を食っていたが、そこに部下の十鳳長が憤慨しながら入ってきた。
「法王庁の知り合いから聞いたんですが、ラウシェンバッハが聖職者を追放しろと聖下に迫ったらしいです! 聖下もそれを認め、今は追放する者を選んでいるそうです! こんな話を認めていいんですか!」
その言葉を聞いた部下たちが憤りを見せている。
「許せるはずがない!」
「奴の謀略だとなぜ分からないんだ!」
俺も怒りに打ち震え、テーブルを拳で叩いていた。
「許せん……」
奴の横暴をこれ以上許せば、我が国は立ち行かなくなる。
こんなことを許すのなら、処刑されても構わない。
俺は腹を括り、部下の十鳳長たちを集めた。
「夜の巡回で王国の宿舎の近くを通る。その時に奴を血祭りに上げる」
ほとんどの十鳳長は頷くが、一人だけ冷静な奴がいた。
「まずくないですか? 俺たちがやったと分かれば、全員処刑されるんですよ」
その言葉に他の部下が怒りを爆発させる。
「貴様! ビビったのか!」
「俺も許せないと思っていますよ! ですが、無駄死にはご免です!」
やる気はあるように見えた。何か考えがあるようだ。
「ならば、どうしろというのだ?」
「ラウシェンバッハに謀略の疑いがあるといって連行するんです。そうすれば、奴の部下の獣人たちは必ず抵抗します。こちらが剣を抜かずに穏便に連れていこうとしているのに、向こうが先に剣を抜いたのなら、我々に非はありません。それを言い訳もできると思うんですよ」
確かに命令に反して襲撃すれば、言い訳の余地はない。間違いなく処刑される。
しかし、相手が先に剣を抜き、やむを得ず反撃した結果、間違って討ち取ったのであれば、言い訳はできる。
それに謀略を仕掛けてきたことは四聖獣様の言いつけを守っていないということだ。逆にラウシェンバッハが非難されるはずだ。
「なるほど……それでいこう。言い訳としては少し苦しいかもしれんが、団長も俺たちの気持ちは分かってくれるはずだ」
俺の言葉に全員が頷く。
「部下たちにはよく言い聞かせておけ。俺が宿舎の前で奴を連行すると言って脅す。向こうが先に剣を抜くまで絶対に仕掛けるなと」
獣人たちはラウシェンバッハに心酔しているという話だから、俺が声高に迫れば、守ろうとするだろう。王国の護衛が剣を抜いたら、一気に押し入って奴を討ち取るのだ。
「ただ、相手が剣を抜かざるを得なくなるように脅しは掛けろ。全員に松明を持たせ、投げ込むような動きを見せるのだ。屋敷ごと焼かれると思えば、奴らも止めようとするだろうからな」
外が暗くなった午後六時頃、俺たちは松明を手に聖都に繰り出す。
奴のいる屋敷は大聖堂に近い高級住宅街だ。元々は大主教以上が住む邸宅だが、鷲獅子様の怒りに怯え、故郷に逃げ帰ったと聞いている。
そんな腰抜けたちなら追放してもいいと思うが、ラウシェンバッハの言うなりというのが気に入らない。
同じことを部下たちも考えているようで、いつもより戦意が漲っている気がした。
「他の隊の連中に気取られるな。あくまでいつも通りの巡回に見せるのだ」
十鳳長たちにそう命じると、兵たちも落ち着きを取り戻す。
そして、俺たちは奴の屋敷に到着した。
門は既に閉じられていた。しかし、鉄の格子で作られており、中はよく見える。
門の内側には普人族の使用人が二人いた。更に遠くには獣人族の武装した兵士が三名立っている。
ラウシェンバッハも目立つ門の近くに獣人を配置しなかったようだ。
「ラウシェンバッハ伯爵に我が国に対する謀略の疑いがある。聖都の警備を担当する我が白鳳騎士団の指示に素直に従い、詰所まで同行せよ」
高飛車にそう言うと、使用人の一人が慌てて屋敷の中に入っていく。
「少々お待ちください。ただいま確認しておりますので」
残った使用人は不安そうな表情で俺を見ていた。
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