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第十八話「軍師、総主教を唆す:後編」

 統一暦一二一五年十二月九日。

 レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、モーリス商会聖都支店内。マルク・ニヒェルマン総主教


 グライフトゥルム王国の“千里眼(アルヴィスンハイト)のマティアス”と密談を行っている。

 その席で法王に腐敗した聖職者の排除と法王庁の権限強化を提案したと伝えられた。


(我が国を掻き回しにきたようだな……)


 腐敗した聖職者の排除は賛成せざるを得ないが、実際に行うとなれば、誰が対象になるのか、どうやって決めるのかが難しい。当然、そのことは誰もが気づくから、大きく揉める。自分が対象になるかもしれないからだ。


 法王庁の権限強化は更に面倒だ。

 私が法王になるなら望ましいことだが、法王になった私が実行しなければならないなら、反対せざるを得ない。


 南方教会と西方教会が反対してくることは目に見えているし、各騎士団を縮小せざるを得ないから、騎士団長たちも反対してくるだろう。下手をすれば、反乱にまで発展するかもしれない。そのような危険なことに手を出す気はないからだ。


 そんなことを考えていると、ラウシェンバッハが笑みを浮かべたまま話し始めた。


「恐らくですが、法王聖下は聖職者の追放のみ提案し、法王庁の権限強化は出してこられないでしょう」


「混乱することが目に見えているからか」


 私の言葉に彼は大きく頷く。


「私が貴国を混乱させようとしているとお考えのようです」


「私も同じことを考えた。貴殿が我が国に牙を剥いてきたとな」


「私としては我が国でも実行する改革案とほぼ同じの真っ当な提案をしたと思っていますので、そのように考えられることは大変不本意なのですが」


 王国でも改革が行われるという話は聞いている。

 しかし、政敵も完全に排除した上に、民衆から圧倒的な支持を受けているジークフリート王とラウシェンバッハが主導するなら、大胆なものであっても実行に移しやすいだろう。


「我が国と貴国では状況が全く違うのだ。疑わざるを得ぬ」


「そうでしょうね。ですので、私も最初から受け入れていただけるとは思っていません」


 そう言ってニコリと微笑む。


「何が言いたい?」


「先ほども申し上げましたが、私は猊下に至高の座に就いていただきたいと考えています。そのための布石を打ったのです」


「話が見えぬな」


 法王が聖職者追放を提案すれば、南方と西方の総主教が賛同することは間違いない。そうなれば、子飼いの枢機卿と合わせて最高会議の過半数を抑えることができるのだ。


「法王聖下に聖職者追放を提案し、実行していただきます。その上で腐敗した聖職者の追放が完了次第、責任を取って退位すると四聖獣様の前で宣言していただくのです」


「追放された者たちの目を向けさせるためか……だが、退位までしなくてはならないのはなぜだ?」


「追放するだけでは説得力がありません。再び腐敗する者がいたら意味がないと大賢者様や四聖獣様が考えるかもしれませんから。ですので、責任者が不退転の決意で追放するからこれ以上の問題は起きないと宣言するのです。法王聖下の強い責任感を見れば、少なくとも大賢者様と鷲獅子(グライフ)様はご納得されるでしょう。そうなれば、他の四聖獣様を説得していただくことで丸く収まるはずです」


 法王にすべてを押し付けて退場させろと、平然と言ってきた。


「なるほど。だが、それでは私まで退場させられるのではないか? もしやそれを狙っているのか?」


「そのようなことはございません。猊下が次期法王になった方がよいと皆さんに思っていただく策がございます」


 そんなものがあるとは思えないが、小さく頷くことで先を促す。


「猊下は長いトゥテラリィ教の歴史の中で、初めて獣人族(セリアンスロープ)の人権を認めた方です」


 マルシャルクの餓狼(フングリヒヴォルフ)兵団(トルッペ)のことを言っているのだが、何が言いたいのか理解できない。


「餓狼兵団はマルシャルクが作ったものだ。私ではないし、獣人たちの人権を認めたわけではないぞ」


「そもそも(ヘルシャー)は自らがお造りになられた存在に対し、役割を与えたものの、優劣をつけたわけではありません。そのため、大賢者様はトゥテラリィ教の“普人族至上主義”を快く思っておられません。これはご本人から直接聞いたことですので紛れもない事実です。また、四聖獣様も管理者(ヘルシャー)の考えを否定する教義をお認めになることはないでしょう」


「言わんとすることは分かる。ヴァルケローンの悲劇は獣人族に対する我が教団の扱いへの怒りでもあるのだからな」


 四百年前、中部にあるヴァルケローンの森で、騎士たちが戯れに獣人族の村を襲い、火を掛けたことで大規模な森林火災に至った。そのため、ヴァルケローンに大規模な魔窟(ベスティエネスト)が発生し、それにお怒りになった四聖獣様が騎士団とその家族を抹殺した。


 もし、獣人族が人として扱われていれば、このようなことは起きなかっただろう。

 また、四聖獣様はともかく、大賢者様はトゥテラリィ教に否定的だ。そのため、ヴァルケローンでは四聖獣様の制裁を止めなかったと言われている。


「猊下はマルシャルク殿が提案した“名誉普人族(エーレンメンシュ)”という制度を了承されました。厳密には獣人族の人権を完全に認めたものではありませんが、これまで人と見られなかった獣人たちを人として扱った初めての高位聖職者なのです」


「確かにそうだが、あれは別の意図があったのだ。それに名誉普人族といっても差別は変わらずあったのだから意味はないだろう」


 名誉普人族(エーレンメンシュ)は我が教団に忠誠を誓う獣人族に与える称号だ。目的は獣人たちを戦力化することで、マルシャルクは一定の成果を挙げている。ラウシェンバッハが相手でなければ、大成功を収めていたかもしれない。


「そうでもありません。人の意識を一気に変えることは難しいのです。ですが、猊下はまずその第一歩を踏み出したのです。この事実を大々的に使えば、少なくとも大賢者様と鷲獅子(グライフ)様は猊下を法国の指導者として適格だと認めてくださる可能性は非常に高いでしょう。そのことを最高会議で主張すればよいのではないでしょうか」


 確かに大賢者様がバックにいると言えば、最高会議のメンバーを黙らせることは難しくない。


「だが、私が積極的に推し進めたことではないことは聖下も他の総主教も理解しているはずだ。それに私が仮に法王になったとして、獣人族の権利を認めるような発表をすれば、多くの信徒から反発を食らう。そのようなリスクのある主張はできん」


 獣人族に対する差別は根深い。マルシャルクの案を合理的だと考えた私ですら、獣人族を普人族と同列に考えることは難しいのだ。


「国内に向けてはこう言えばよいのです。賠償金の代わりにすべての獣人族を王国に渡し、国内から穢れた者を排除すると」


「なるほど。それならば民たちも納得するし、私を称賛するだろう。だが、大賢者様に対してはどう言えばいいのだ? 賠償金代わりに売り払ったのであれば、(ヘルシャー)の教えに反しているとお考えになると思うが」


「大賢者様には、大多数の国民が納得するには時間が掛かるので、最も早く獣人たちが幸せになれる方法をラウシェンバッハと協議して決めたとおっしゃればよいのです。大賢者様は私の護衛である獣人たちのことをよく知っておられます。そして、彼らが王国に来て幸せになったこともよくご存じです。ですので、必ずご納得いただけます」


 なるほどと納得しそうになったが、すぐに思い留まった。


 ラウシェンバッハは法王や総主教には大賢者様の支持を取り付けられるのは、積極的に認めたわけではないが名誉普人族という制度を承認した私だけだと伝えろという。


 一方で大賢者様には獣人族の権利を認めた者だと堂々と言えと言っている。そして、信徒には獣人たちを穢れた存在として排除しつつ賠償金を免れたと言えと言うのだ。


(操ろうとしているとしか思えんな……マイズナーならすぐに飛びつくのだろうが、私はそこまで単純ではない……)


 一見するとすべて丸く収まるように見えるが、どこかでこの目論見が露見すれば、破綻することは目に見えている。破綻だけならいいが、大賢者様や四聖獣様を謀ったと思われたら、命すら危うい。


「危うく口車に乗りそうになった。そのような策には乗れんな」


「そうですか……それならそれで構いませんよ。私の策に乗らなければ、マルシャルク殿の上司として、一緒に責任を取っていただくことになるだけですから」


 表情は相変わらず優しいが、言葉は氷のように冷たかった。そのことに焦りを覚える。


「ど、どういうことだ?」


「当然でしょう。マルシャルク殿は禁忌を冒したのです。その責任は個人に留まるものではありません。直接的な上司である猊下にも厳しい沙汰が降りることは誰の目にも明らかではないですか?」


 優しい笑みを浮かべたまま、私を脅してきた。


「私が法王にならなければ、獣人族の移住は円滑に進まぬぞ。それでもよいのか?」


「構いません。彼らに同情はしていますが、国益と彼らの命を天秤に掛ければ、どちらが重要かは火を見るよりも明らかです。それに猊下でなくとも協力してくださる方を見つけることは難しくありません。私の策が気に入らないのであれば、別の方に乗り換えるだけですので」


 必死に言い返したが、全く彼の心に響いていない。

 ここにきて、初めて私は自分が彼と対等な立場でないと気づいた。

 私が生き残るにはラウシェンバッハが必要だが、彼にとって私は代替の利く存在でしかないのだ。


「いいだろう。貴殿の策に乗ろう。法王には責任を取って退位するように迫り、私が継ぐに相応しいと他の総主教や枢機卿を説得する。その上で大賢者様にも私が(ヘルシャー)の教えを第一に考える者だと主張しよう。これで貴殿の支援を受けられると考えてよいのだな」


「ありがとうございます。猊下なら分かっていただけると思っていました」


 そう言うと再び微笑んだ。その笑みに背筋が凍る思いがした。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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