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第十六話「軍師、法王を唆す:後編」

 統一暦一二一五年十二月八日。

 レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、法王庁内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵


 私はレヒト法国の法王アンドレアス八世に対し、教団改革として腐敗した聖職者を追放すべきだと伝えた。法王もその必要性に納得し、断行することを決断する。

 その上で更に大胆な策を提案することにした。


「腐敗した聖職者を追放したとしても、今のままなら再び腐敗した者が出てくるでしょう」


「確かにその通りだが、それを防ぐことは難しいのではないか」


「確かに簡単ではありませんが、法王庁の権限を強化すればできないことはありません。具体的には法王直属の兵力を持つこと、各教会領の人事に介入できること、各教会領から予算を奪うことです。すなわち、各教会領から武力と財力を奪い、法王庁が先頭に立つ体制を整えるのです」


「うむ……言わんとすることは分かる。私も考えていたことだからな……」


 法王はそう呟き頷いている。


「法王庁の権限が強くなれば、各教会が悪しき方向に向かった際に修正することが容易になります。法王聖下は定期的に行われる会合に参加しますから、四聖獣様や大賢者様からのご意見を確実に実行するために法王自らが先頭に立てる体制を整えると言えば、大賢者様もご納得されるのではないかと思います」


 私の意見に法王は考え込むが、すぐに意を決したように顔を上げる。


「うむ。大賢者様にご納得いただくには絶対に必要なことだ」


「権限強化が国を守るために必須であることを説けば、総主教や枢機卿も納得されるのではないかと思います」


 これら教団改革の提案はこの国の権力抗争を誘発させるための策だ。

 北方教会のニヒェルマンは改革の必要性など考えていないだろうが、自身が法王になるなら権限強化はよいことだと考えるだろう。


 しかし、豊かな南方教会や西方教会が予算を奪われることに賛同するはずはないし、多くの聖職者が人事への介入を嫌い反対するはずだ。


 四聖獣の脅しによって一時的に静かになっても、ほとぼりが冷めれば、元に戻ろうと動くだろう。そうなれば、法王派と反法王派に分かれて、政争が繰り広げられることは目に見えている。


 万が一、法王アンドレアスが勝利し、改革が断行されても、我が国にとって不利益はない。成功すればいずれ国力は上がるが、聖職者たちがまともになれば、無駄な戦争を起こすことがなくなり、安全になるからだ。


 一方、反法王派が勝利しても一向に構わない。

 改革が行われなければ、国力が低下した状態は続くだろうし、今回の戦いでほとんどの戦力を失った東方教会領は無理な徴兵で更に疲弊するだろうから、立ち直るのは早くても二十年以上先だ。


 それまでに我が国の防衛体制を整えておけば、侵攻ルートが限定される法国なら問題はない。


 つまり、この策の目的は時間稼ぎだということだ。

 我が国にとって一番の懸念はゾルダート帝国であり、二正面作戦は絶対に避けたいところだ。


 帝国に対しては直接的な脅威に対抗しつつ、国力を下げる策を実行し、徐々に無力化していくつもりだ。


 今のところ、国内の格差問題が顕在化していないから、民衆の皇帝への支持は高いままだが、数年以内には帝都とそれ以外の地域の格差の問題を顕在化させ、外征などできないように追い込むつもりでいる。


 他にも旧リヒトロット皇国領の不安定化は継続して行うから、来年の春以降に行われるであろう、シュッツェハーゲン王国への侵攻作戦を食い止めることができれば、対帝国戦略も軌道に乗るはずだ。


 そんなことを考えていると、法王が私を見ていた。


「この策は我が国の弱体化を狙ったものではないのか? そうであるなら、大賢者様に申し上げねばならんが」


 法王も国内が大きく混乱することが確実であるため、私の謀略ではないかと疑いだしたようだ。


「先ほど私の言葉は謀略と受け取らないようにするとおっしゃられたと思いましたが?」


「確かに言ったが……」


 自分が聞きたいと言ったことを思い出し、バツの悪そうな顔をしていた。

 事実ではあるが、私は表情を変えることなく、採用の判断はそちらにあると指摘する。


「別に私の提案を実行する必要はないのです。大賢者様にご納得いただける案があるのであれば、それを実行すればよいだけですから」


「そうなのだが……」


 法王は目を逸らした。

 自分から聞いてきたのに謀略ではないかと言った上、私の案よりよいものを出せばよいと言われ、返す言葉がないのだろう。


「それに私は心から願っておりますよ、貴国が本来の正しい姿になることを」


 私の言葉に法王が目を見開くが、それを無視して話を続ける。


「先ほども言いましたが、私の願いは我が国の安全です。その中にはこれ以上、魔窟(ベスティエネスト)が増えないこと、すなわち人族の居住圏が小さくならないことも含まれます。そのために四聖獣様を集めるなどという大それた提案をしたのですから」


 これは本心だ。

 国を守ったとしても大陸ごとなくなってしまえば意味がない。今のところ、合理的で自国の繁栄を目指している帝国が魔導工学などに手を出す可能性が高く、最も危険だが、統治者の制御が利かない法国も危険だと思っている。


 その法国がきちんと統治されるなら、世界にとって良いことだから、本来の正しい姿に戻るなら邪魔をする理由はない。


「なるほど。確かにそうだ。参考になった」


 こうして法王との会談が終わった。


■■■


 統一暦一二一五年十二月八日。

 レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、法王庁内。法王アンドレアス八世


 マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵との話し合いが終わった。

 ラウシェンバッハは腐敗した者たちを追放し、法王庁の権限を強化すると宣言せよと言ってきた。確かにそれができなければ、我が国の実情を知る大賢者様が納得される可能性は低い。


(しかし……本当に宣言してしまってよいものだろうか……)


 私には迷いがあった。

 確かに大賢者様と四聖獣様に納得いただくには、教義を確実に実行するために腐敗した聖職者を排除し、直接四聖獣様のお言葉を聞く法王の権限を強化することは必要だろう。


 しかし、それを宣言した後の教団の混乱がどの程度のものになるかが、全く読めないことが私の不安を掻き立てている。


(ラウシェンバッハはマルシャルクの放った間者によって暗殺されかかっている。世界の存続のためとは言え、我が国に対して好意的であるはずがない。我が国を混乱させる一手ではないかという疑いがどうしても晴れない……)


 白狼騎士団長であったニコラウス・マルシャルクは配下の司祭をグライフトゥルム王国の王妃アラベラの下に送り込み、彼女を唆してラウシェンバッハに暗殺者を差し向けさせている。その結果、彼は数年間にわたり、病床生活を余儀なくされている。


(一番の問題はニヒェルマンだ。奴が黙っているはずがない……)


 北方教会のマルク・ニヒェルマン総主教は、私を退位に追い込み、その後釜に座ろうとしている。


 今のところ、南方教会のイェローム・シャンツァーラ総主教がニヒェルマンの責任を追及し、それに東方教会のホルスト・アイレルズ総主教と西方教会のエンヨット・ヴィテチェク総主教が同調しているため、ニヒェルマンは孤立した状況だ。


 しかし、腐敗した聖職者の追放はともかく、法王庁の権限強化については、私を支持しているシャンツァーラとヴィテチェクも反対する可能性が高い。


 他国と国境を接していない西方教会と南方教会は元々拡張政策に反対の立場だ。東方や北方の出身者が、権限が大きくなった法王になれば、望まない外征戦争に駆り出されることになるため、反対するだろう。


 そうなれば、今度は私が孤立することになる。

 ニヒェルマンに大賢者様を納得させるほどの代替案が出せるとは思えないが、腐敗した聖職者の追放だけなら思いつく可能性がないともいえない。


(法王庁の権限強化は出さず、人事の刷新だけにすべきだな。これならば、シャンツァーラとヴィテチェクは私に付くはずだ。あとは枢機卿たちを説得すればよい……)


 我が国の意思決定機関は法王を議長とする最高会議だ。そのメンバーは各教会の総主教と法王庁にいる五人の枢機卿であり、私に近い枢機卿は現在三名いるから過半数を確保している。


(枢機卿たちも鷲獅子(グライフ)様の怒りを直接受けているから反対はすまい……)


 私は法王庁の権限強化を封印することにした。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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