第十五話「軍師、法王を唆す:前編」
統一暦一二一五年十二月八日。
レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、法王庁内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
法王庁でレヒト法国と交渉を行っていた。
国同士の話が終わったので退出しようとしたが、法王アンドレアス八世から四聖獣に対する回答について意見がほしいと言ってきた。
それも王国の貴族としてではなく、大賢者マグダの弟子という立場、すなわち世界を守護する助言者の関係者としての意見を聞きたいと言ってきたのだ。
こう言われれば、会合の提案者である私に拒否することはできない。
三十八歳という若さで法王になり、十数年に渡り、国をまとめてきただけのことはあって、なかなか交渉が上手いと感心した。
法国の方針を聞いたが、基本的には赤狼騎士団長オトフリート・マイズナーを通じて、北方教会の総主教マルク・ニヒェルマンに伝えた通りの内容だった。
彼らに新たな案を考えることはできないと思っていたが、法王たちまで何も付け加えていないことに驚き、少し呆れている。それだけ追い詰められているのだろう。
そのため、法王に人払いを頼み、意見を言うことにした。
人払いをしたのはトゥテラリィ教を批判するため多くの教団関係者に聞かせたくなかったためだが、教団に混乱をもたらす策の一環でもあり、法王のみに聞かせたいと思ったことが大きい。
「これで話せる。では、貴殿の考えを聞かせてほしい」
その言葉に頷き、話し始めた。
「先ほどもお話ししましたが、白鳳騎士団の騎士が危機感を持っていないように、貴教団の聖職者は今回の件を真剣に考えていない節があります」
「そのようなことはないはずだ」
「そうでしょうか? もし危機感を持っているなら、我が国の旗が掲げられた馬車を止め、剣に手を掛けることなど起きるはずがありません」
「そう言われると返す言葉はないが……」
「私はトゥテラリィ教に詳しいわけではありませんが、教典には聖職者は清貧を旨とすべしと明記されていたはずです。それが守られていない現状で、禁忌に関して教典に更に強く記載すると言っても、四聖獣様はともかく、これまでの貴国を見てこられた大賢者様はご納得されないでしょう」
私の言葉に法王は苦悶の表情を浮かべている。
トゥテラリィ教は前身である魔象界の恩寵という魔導師の集団の反省を踏まえ設立された。
魔象界の恩寵は管理者の言葉に逆らい、魔象界からエネルギーを取り出すことで繁栄をもたらそうとした。その結果、四聖獣に滅ぼされ、生き残った低位の魔導師たちがトゥテラリィ教団を作ったのだ。
初期の聖職者たちは神の言葉に従い、魔素溜まりをなくすことを教義と定めた。そのために魔獣を積極的に狩る聖堂騎士団を作り、騎士たちを各地に配置した。
また、魔象界の恩寵の魔導師たちが贅沢をするために禁忌を冒したため、清貧をモットーとすることも明記されている。
しかし、時代が進むうちにその教義が忘れられ、聖職者たちは腐敗していった。
「それは分かっている。だが、どれほど私が説いても変わらぬのだ」
アンドレアスは前法王が暗殺された後、非常に有能な総主教が次期法王になりそうだったため、私が情報操作を仕掛け、その結果、最も力がない彼が法王になった。
そのため、当初は力を持っていなかったが、若くして枢機卿になった優秀な人物であり、徐々に力を付け、教団改革に乗り出している。
商人から賄賂を受け取った者や民衆から過度に搾取した者に対し、断固たる態度で取り締まりを行っている。その結果、私がモーリス商会に命じて作らせた高位聖職者とのコネクションによる情報網を諦めることになったほどだ。
それでも特権意識の塊である聖職者は変わらなかった。一時は多少大人しくなったものの、本質的なところは全く変わっていなかったのだ。そのことは法王自身も感じているのだろう。
「ご事情は理解しますが、聖職者たちの意識を変える方策が行われなければ、大賢者様がご納得されることはありません。ご納得いただくには大胆な手を打つ必要があると私は考えています」
「大胆な手……具体的には何をせよと貴殿は言うのか」
法王も何となく分かっているようだが、私の口から言わせたいようだ。
「そのような聖職者が存在すること自体が問題なのです。彼らの意識が変わらないのであれば、教団から去っていただくしかないのではありませんか?」
私の言葉に法王が頭を振る。
「腐敗した聖職者を追放せよと貴殿は言うのか? そのようなことが現実にできるとは思えん……」
法王の言う通りだろう。
それができるくらいなら、彼の改革は既に成功しているはずだ。もちろん、私が妨害したことも改革が進まなかった原因ではあるが、腐敗した聖職者がいなければ妨害は成功しなかった。
「ですが、それを行わなければ、大賢者様、そして四聖獣様は納得されません。それだけは断言できます」
この言葉は嘘ではない。
今のままでは大賢者は納得しないだろうし、そのことで四聖獣も同じように納得しないと考えているからだ。
しかし、話の持っていきようによっては聖職者の意識改革など行わなくても、大賢者を納得させることは難しくない。
例えば、聖職者の意識改革には時間が掛かるが、若い修道士たちに今回の件を伝え、少しずつ意識を変えていくと言えば、寿命がなく、気が長い大賢者なら、とりあえずその方針で了承したはずだ。
しかし、法王はすぐに結果を出る方策を採らなければ、認められないと思い込んでいる。私が納得させる方策があることを故意に伝えなかったからだ。
「やはりやらなければならないか……しかし、どれほどの反発を受けるか……」
性急な改革は反発が大きく、二の足を踏んでいるようだ。
「ですが、やらなければなりません。それに今回の件で枢機卿以上は全員、大主教も半数程度は四聖獣様のお言葉を直接聞くことになります。ですから、少々厳しいやり方でも制裁を受けてもよいのかと問えば、認めざるを得ないでしょう」
これも内心とは少し違う。
特権意識の塊である聖職者たちも四聖獣の怒りを目の当たりにすれば、厳しいやり方を提案しても反対はしないだろう。
しかし、大多数の聖職者は四聖獣の怒りを直接受けないのだ。つまり、各教会のトップである総主教は危機感を持っても、実際に動く大主教や主教が危機感を持っていなければ、そのうち骨抜きにされるだろう。
それが分かった上での提案なのだ。
「確かにそうだ。だからあえて厳しいことを言ってくれたのか……確かにこのような話は皆の前ではできぬな……」
法王は私の意見を好意的に受け取ったようだ。
私はそれにためらいなく乗る。
「はい。ただでさえ、私は貴国の方から恨まれています。更に改革の話まで出せば、命を狙われかねません。命を落とさないまでも、ここで私が襲われれば、会合は失敗に終わり、貴国は消滅するでしょう。そうなれば、どのような事態になるのか、想像できないのです」
最後のどのような事態になるか分からないという点は正直な思いだ。
最も理性的と言われている鷲獅子ですら、禁忌が行われたと聞き、激怒している。
管理者を妄信している神狼は会合が無意味なら激怒するだろうし、力でねじ伏せればよいと考えている聖竜も同様だ。また、気まぐれな鳳凰がどのような反応をするのか、全く予想が付かない。
「確かに白鳳騎士団の者が聞けば、血迷って襲いかねんな。だが、教団の改革のために腐敗した聖職者を排除せねばならん」
私は小さく頷き、同意を示す。
「内政干渉になりますが、もう一つ助言があります。聞かれますか?」
「うむ。ここまで聞いたのだ。最後まで聞かせてほしい」
法王は真摯な表情で私を見ている。根が真面目なのだろうが、私はそんな彼を破滅に誘導するため、献策を行うことにした。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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