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第十三話「法王、王国との交渉に当たる:前編」

 統一暦一二一五年十二月八日。

 レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、法王庁内。法王アンドレアス八世


 私は法王になったことを悔やんでいる。

 これまでも各教会領との調整で頭を痛めたことがあったが、今回はそれを遥かに超えた事態で、私の手に余るからだ。


 我が国始まって以来の大敗北だけでなく、神狼騎士団が(ヘルシャー)の定めた禁忌を冒した。そのため、来年の年明け早々に、すべての四聖獣様と大賢者様がここを訪れ、我が国としての方針をご納得していただけなければならない。


 もし、失敗すれば、この国は消滅する。つまり、最後の法王になるかもしれないということに、なぜ私なのだという思いが消えない。

 そうは言ってもやらなければならない。既に協議は始めているが、これも頭が痛い問題だ。


 すべての教会領の総主教は今月の初めに集まり、五人の枢機卿と共に連日話し合っているが、北方教会のニヒェルマン総主教の提案以外によい案がない。


 しかし、他の総主教や一部の枢機卿が、元凶となったニヒェルマンの案を採用することに反対し、会議が紛糾しており、時間だけが浪費されていた。


 そして本日、グライフトゥルム王国の外交使節団が休戦協定の事前交渉にやってくる。

 これも私の精神を痛めつけてくる。


 なぜなら、我が国を窮地に追い込んだ張本人、“千里眼(アルヴィスンハイト)のマティアス”こと、マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵と顔を合わせなくてはならないからだ。


 ラウシェンバッハは我が国にとっては天敵と言える存在だ。

 十二年前のヴェストエッケ攻略作戦では南方教会の鳳凰騎士団と北方教会の黒狼騎士団を相手に、大胆な策を使って壊滅的な損害を与えている。


 また、我が国から獣人族(セリアンスロープ)を密かに連れ出して強力な戦力とし、その獣人族を主体とした軍により、今回の大規模な攻略作戦を破綻させた。


 どれほど前から今回の作戦を見据えていたのかは分からないが、一連の行動を見る限り、“千里眼アルヴィスンハイト”という名に相応しい人物だと納得するしかない。


 それだけではなく、胆力も持ち合わせているらしい。

 あの鷲獅子(グライフ)様に対し、膝を屈することなく、正論をぶつけて謝罪を引き出したのだ。鷲獅子様の姿をまともに見ることすらできなかった私が相手になるとは思えない。


 それでも我が国のためにそんな強敵と交渉しなくてはならない。

 グランツフート共和国からの要求だけでも、我が国は壊滅的な打撃を受けかねない状況だ。


 そこに国王を殺された王国がやってきたのだ。更に過大な要求を突き付けられれば、我が国が立ち行かなくなることは火を見るよりも明らかだ。


 特に商船は重要だ。共和国の要求だけでも厳しいのに、更に奪われることは輸出が滞るだけでなく、南部と西部の食料を物資が乏しい東部や北部に運べないことを意味する。


 東部では多くの農民が戦死したことと相まって、来年以降に大量の餓死者が出るのではないかと恐れている。それを防ぐためには大量に食料が輸送できる船を、これ以上失うわけにはいかないのだ。


 しかし、我が国に彼らの要求を撥ね退けるだけの力はない。

 つまり、私の交渉に掛かっているということだ。


 枢機卿のハロルド・フェーベルが私の執務室に入ってきた。


「グライフトゥルム王国の外交団が到着しました。会議室にお越しください」


 フェーベルは私が信頼できる数少ない枢機卿だ。東方教会領軍の敗北を聞き、外交担当に指名した。


「分かった。ラウシェンバッハ伯爵も来ているのか?」


「はい。予定通り、外務卿のルーテンフランツ子爵と共に事前調整のために来ております」


 ラウシェンバッハが来ることは一昨日のうちに連絡が入っており、私も知っていたが、万が一来ない可能性に期待したのだ。


 会議室に入ると、グライフトゥルム王国の外交団が既にテーブルに着いていた。

 私の姿を見ると、全員が立ち上がる。


「グライフトゥルム王国の外務卿、ヴィリバルト・フォン・ルーテンフランツと申します」


 私と同世代の五十代半ばの実直そうな男が自己紹介を行う。

 その後、王国の外交官が名を名乗っていき、最後に三十歳くらいの優しげな男が頭を下げた。


「初めて御意を得ます。国王特別顧問を拝命しております、マティアス・フォン・ラウシェンバッハと申します」


 話には聞いていたが、ダンスの教師か、音楽家のような印象を受け、あの鷲獅子(グライフ)様に直言した人物だとは思えない。


 フェーベルが私を紹介する。


「すべての教会の守護者、法王アンドレアス八世聖下であらせられます」


 その言葉でラウシェンバッハらが深く頭を下げる。

 戦勝国の外交団だが、敬意は示してくれるらしい。


 フェーベルら我が国の出席者も挨拶を行い、全員が着席すると、ルーテンフランツが最初に口を開いた。


「まず、お願いしたいことがございます。本日我々が法王庁を訪問する際、白鳳騎士団の騎士に無意味に止められています。その際、騎士はラウシェンバッハ伯爵に対し、強い敵意を見せました。こちらが理を説いて事なきを得ましたが、このようなことが続くようなら、大賢者様に報告せねばなりません……」


 私はその言葉を聞き冷静さを失い、遮ってしまう。


「そ、それは真のことなのだろうか!」


 フェーベルも同じように焦るの表情を浮かべていた。

 子爵は遮られたことに不快感を示すことなく、静かに頷く。


「事実です。見ていた聖職者も多いですから、確認されてはいかがでしょうか」


 事実だとすれば、非常に危険な状況だ。

 ラウシェンバッハは大賢者様の弟子と聞く。今回の聖都での会合も彼が提案し、大賢者様と鷲獅子(グライフ)様が了承し、他の四聖獣様を説得したのだ。


 それだけの発言力を持つ彼に対し、あからさまに敵視するなどあり得ないことだ。ルーテンフランツは報告と言っているが、ラウシェンバッハが大賢者様に我が国が未だに反省していないと伝えれば、制裁を受ける可能性が一気に上がる。


「すぐに事実関係を確認し、このようなことが二度と起きないように徹底する」


「それがよろしいでしょう。白鳳騎士団と伯爵の間に因縁があることは存じていますが、四聖獣様がいらっしゃるタイミングで騎士団が暴発すれば、貴国がどれほどよい案を提示しても、四聖獣様がお聞きになることはないでしょうから」


 ルーテンフランツが冷静にそう言ってきたが、ラウシェンバッハは笑みを湛えたまま、何も言わない。

 そのことを不気味に思うが、こちらから話せば藪蛇になるので黙っているしかない。


「では、話を進めさせていただきます。今回の不当な侵略行為に対し、我が国が貴国に要求することは以下のことです。まず我が国に対する全面的な謝罪と不可侵条約を締結すること、今回の賠償金として獣人族(セリアンスロープ)を部族ごと我が国に移住させること、その人数は年間最低一万人以上、合計十万人以上とすること、最後に同盟国であるグランツフート共和国の要求に対し、真摯に対応することです」


 この要求はニヒェルマンが言っていたことと同じだが、思った以上に軽いものだ。


「なお、獣人族の移住が受け入れられない場合は、賠償金として百億商人(ツンフト)マルクを五年以内に支払うことに代替することも可能です。但し、共和国の要求のように商船などの物納は一切認めません」


 百億商人マルクなど払えるはずがないので、獣人族を移住させるしかない。


「その条件が認められない場合はどうなるのか」


「来年の春に共和国軍と共に貴国に進攻し、東方教会領の領都キルステン、そしてここ聖都レヒトシュテット、南方教会領の領都ハーセナイ、西方教会領の領都ヴァールハーフェンなどの主要都市を占領し、強制的に徴収いたします……」


 ルーテンフランツは淡々と説明しているが、私たちの顔は強張っていた。共和国の外交官ヴェーグマン外交部長が同じことを言っており、両国が協調路線を取っていることが改めて明らかになったためだ。


「動員する兵力は共和国軍と王国軍がそれぞれ三万ずつの計六万人。王国軍には精鋭ラウシェンバッハ騎士団及び突撃兵旅団が含まれます。総司令官はゲルハルト・ケンプフェルト元帥、副司令官はエッフェンベルク侯爵、軍師としてラウシェンバッハ伯爵が補佐します。既に具体的な作戦は立案済みですので、帰国次第、作戦は発動します」


 その言葉に私は内心で溜息を吐く。


(ケンプフェルトだけでも厄介なのに、若き名将エッフェンベルクと天才ラウシェンバッハだ。勝てるはずがない……)


 そう考えるものの、表情は引き締めたままだ。


「なるほど。そちらの条件は理解した。この場で即答できる話ではないので、後日改めて話し合いの場を持ちたい」


「承りました。では、ジークフリート陛下と法王聖下との会談に議題を移りたいと思います」


 議題は移ったが、ここまでラウシェンバッハはほとんど口を開いていない。

 そのことが気になっていた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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あり得ない 国王・重臣が害されてこの賠償とは 現国王・次期国王本当にOk出したの?
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