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第十二話「軍師、聖都に到着する」

活動報告にも書きましたが、9月10日にマッグガーデン様より第1巻が発売されることになりました。

応援してくださった読者の皆様のお陰です。ありがとうございました!

 統一暦一二一五年十二月八日。

 レヒト法国中部聖都レヒトシュテット、東地区。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵


 昨日、予定通りにレヒト法国の聖都レヒトシュテットに到着した。

 事前にモーリス商会を通じて宿泊先を確保しており、久しぶりに揺れない寝台で休むことができた。


 本来なら法国政府が外交使節団の宿泊先を確保するのだが、彼らを信用することにためらいがあり、モーリス商会に高位聖職者の屋敷を丸ごと借り上げさせ、使用人や護衛の傭兵もヴィントムント市から送り込んでいる。


 その際、商会長のライナルト・モーリスに他の屋敷も借り上げ、他国の使節団に貸し出してはどうかと提案した。


『法王庁は大混乱に陥っているはずですから、外交団への対応も考えていないでしょう。それに多くの聖職者が逃げ出しているはずですから、空き家に近いところが多いはずです。ですので、モーリス商会がそれらの邸宅を外交使節の宿泊所とするといえば、安く借りられるはずです』


『確かにその通りですね』


『他国も法国を信用していないでしょうから、取引のある貴商会が手配した宿泊所の方が安心できると借りてくれるはずです。儲けは大したことはありませんが、それ以上のメリットがあると思いますよ』


『なるほど。各国の元首クラスに恩を売る形で儲けられると。それに来年になれば、聖職者も戻ってくるので、法国としても空き家を有効活用できるから乗ってくる。そう言うことですね』


 さすがにやり手の商人だけあって、すぐに私の意図を理解してくれた。


 到着した翌日、外務卿のヴィリバルト・フォン・ルーテンフランツ子爵と共に法王庁に向かう。

 目的は法王アンドレアス八世との面談の下準備と停戦交渉のためだ。


「私が主体となって話すのですか? 伯爵の方がよいと思いますが」


 ルーテンフランツ子爵は父リヒャルトと同い年なのだが、私が伯爵に陞爵したことから敬語で話してくる。貴族としては間違っていないのだが、未だに慣れない。


「外交関係の話ですので、外務卿である子爵からお話ししていただいた方がよいでしょう。それに私が黙っている方が相手は困惑するはずです。そうなってくれれば、交渉を有利に進めることができます。もちろん面倒な話になれば、私に振っていただいても構いません」


「そう言ってもらえると助かります。外交関係の仕事をやってきたとはいえ、友好国との定例的な交渉がほとんどでしたから。今回のような敵対していた国家との交渉など初めてですので」


 これまでの王国の外交は宰相府が中心となって行っていたが、グランツフート共和国やリヒトロット皇国などの友好国としか、外交的なことはやっていない。


 長年戦っている法国とも休戦協定すら結ばず、戦後の賠償交渉も一二〇三年の戦いの後に私が主導したほどだ。


 これは国王や宰相に権限が集中しているにもかかわらず、彼らにそれだけの能力がなかったことが大きい。


「大賢者殿が警告しているから大丈夫だと思うが、マティアス卿が害されることはないのだろうか」


 ジークフリート王が聞いてきた。

 今回は事前交渉ということで国王に出番はなく、屋敷で待機することになっている。


「大丈夫です。万が一、直接的な手に出てきても、(シャッテン)(シュヴァルツェ)(ベスティエン)猟兵団(イエーガートルッペ)がいれば、脱出は難しくありません。脱出してしまえば、北方教会のニヒェルマン総主教やマイズナー団長のところに逃げ込みますから、法王も手を出せないでしょう」


 そう言っているものの、聖堂騎士たちが暴走したら危険だと思っている。

 聖都は聖堂騎士団、すなわち東西南北の各教会領の十六の騎士団が輪番制で治安維持を行っており、現在は南方教会の白鳳騎士団がその任に当たっている。


 白鳳騎士団は十二年前のヴェストエッケ攻防戦で半数以上が死傷し、捕虜になった騎士も多い。そのため、策を考えた私に対し、恨みを持っている者がいないとも限らず、感情的に暴走してもおかしくはない。


 しかし、そのことを言っても不安にさせるだけであり、四聖獣への恐怖があるから問題は起きないとしか言っていない。


 モーリス商会に用意してもらった馬車で法王庁がある大聖堂に向かう。

 大聖堂は町の西側にある。港からは二キロメートルほどで、上り坂になった先にあり、巨大な尖塔を持つ大聖堂は町のどこからでも見える。


 レヒトシュテットの市街地は美しい街並みで有名だ。

 大聖堂と周囲の聖堂以外の建物はすべてオレンジ色の石材で作られており、海から緩やかに上がる斜面に建てられていることから、地中海の古い町のような趣がある。


 本来なら巡礼者たちで賑わっているはずだが、四聖獣たちが禁忌を冒した法国を罰しに来ると聞き、人通りは非常に少ない。


「皆逃げ出したのでしょうか?」


 ルーテンフランツ子爵の言葉に頷く。


「行くところがある者は逃げたようですが、多くが残っているそうです。閑散としているのは、本来いるべき巡礼者がいないためのようですね」


 聖都には年間二十万人ともいわれる巡礼者がやってくる。

 巡礼者は平均して十日ほど滞在するため、常に五千人くらいがいる計算だ。

 聖都の人口は三万人であり、住民の多くが巡礼者相手の商売で生活していると聞いている。


 その巡礼者は鷲獅子(グライフ)と大賢者が警告に来た八月からほとんど来なくなった。

 特に情報が行き渡った十一月以降は全く見ないこともあると報告を受けている。

 そのことを説明すると、子爵は溜息を吐く。


「それでは生活できませんな。我々にとっては有利に交渉を進められるのでよいのですが」


 そんな話をしていると、大聖堂が見えてきた。

 二本の尖塔がある巨大な建物で、灰色掛かった色合いが重厚さを感じさせる。


 近づいていくと、白い鎧を着た白鳳騎士団の騎士に止められた。

 そして、黒獣猟兵団のファルコたちを見て、露骨に顔をしかめる。


「獣人族は直ちに立ち去れ! そもそも聖都に入ることすら許可されておらんのだぞ!」


 執事姿の(シャッテン)、ユーダ・カーンが対応する。


「我々はグライフトゥルム王国の外交団です。法王庁には事前連絡を入れ、許可を得ておりますので、確認してください」


「グライフトゥルム王国だと……ラウシェンバッハがいるのか……」


 馬車には王家の紋章である鷲獅子(グライフ)の旗が掲げられているが、気づいていなかったようだ。


 そして私がいると知り、騎士は敵意が篭った視線を向け、剣に手を掛ける。更に兵士たちも騎士に釣られるように武器に手を掛けていた。


 その行動にファルコたちが反応する。しかし、すぐにユーダが止める。


「下がりなさい、ファルコ。ここで揉めることはマティアス様のご命令に反することです」


 ユーダの言葉でファルコたちは下がるが、兵士たちが剣呑な表情でこちらを見ているため、馬車との間に入ったままだ。


「獣人族を嗾けようとしたな! この者たちを捕ら……」


 ユーダは騎士の言葉を遮り、警告を発した。


「我々は四聖獣様のご指示でここに来ているのです。我々を害すれば、四聖獣様から制裁を受けることになりますが、それでもよいのですか」


「し、四聖獣様の制裁……」


 ユーダの指摘に騎士だけでなく、囲もうとしていた兵士たちも動揺し、動きを止める。彼らも話は聞いていたようだ。


鷲獅子(グライフ)様と大賢者様が法王聖下にお命じになったと聞いているはずですが、それでも我々に危害を加えるつもりですか?」


 ユーダの毅然とした態度に、騎士は視線を彷徨わせている。

 私に報復したいが、四聖獣からの制裁は恐ろしい。その葛藤で挙動不審になっているのだ。


「通していただけますか?」


 ユーダが感情の篭らない声でそう言うと、騎士は数秒考えた後、兵士に命じた。


「道を開けよ」


 兵士はその命令に従い、道を開ける。


「これなら大丈夫そうですな」


 ルーテンフランツ子爵が安堵の表情を浮かべている。

 しかし、私は不安を感じていた。


(一昨日のうちに連絡を入れていたのに伝わっていない。法王庁が機能していないのかもしれないな。そうなると、白鳳騎士団が暴走する可能性を考えておいた方がいいかもしれない……)


 元々レヒト法国では法王庁の力は弱く、東西南北の四つの教会をコントロールしきれていなかった。


 その事実は当然知っていたが、今回に限っては楽観していた。四聖獣という抗いようもない存在の警告を受け、法王の指示に従うと思っていたのだ。

 それが今回の対応を見る限り、法王庁のガバナンスは未だに機能していない。


(法王に注意を促した方がいいだろうな。ここで暴走されれば、国も教団も滅びるのだから……ニヒェルマン総主教たちにも警告しておいた方がいいな。出世どころか自分たちの命すら危ういと知れば、真面目に動くだろうから……)


 私は早急にニヒェルマンらにアポイントメントを取るべきだと心に刻んだ。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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