第十一話「軍師、聖都に向け出港する」
統一暦一二一五年十一月二十五日。
グランツフート共和国中部首都ゲドゥルト、迎賓館。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
グランツフート共和国ですべきことがすべて終わった。
帝国軍に対する備えについては、共和国政府は私の危惧を理解し、シュッツェハーゲン王国との国境マッセルシュタイン城への増員と狼煙台の設置について、早急に着手すると約束してくれた。
また、レヒト法国との停戦交渉についてもこちらの主張を認め、賠償を勝ち取った後、現法王アンドレアス八世を排除し、北方教会のニヒェルマン総主教が後継者になるよう画策することにも協力してくれることになった。
今回の我が国の援軍については法国から得た賠償金から掛かった経費分を補填してくれることになった。
これについては共和国側から少なすぎるのではないかという意見があった。
『貴国が援軍を出してくれたから我が国は軽微な損害で大勝利を収められたのです。経費分だけでは貴国の兵や民が納得しないのではありませんか? 今後の対帝国戦略を考えると、貴国の兵や民の反発を受けることは得策ではないと考えますが』
国家元首である最高運営会議のミッター・ハウプトマン議長がそう言ってきたほどだ。
『法国から得るのは現金と商船になります。現金については大した額ではありませんし、組合マルクではなく法国マルクです。現金としての価値は低いですし、法国は信用できませんから、長期の割賦は避けたいところです。また、商船は我が国が得ても使い道が限定されます。我々も商人組合と揉めたくありませんから、彼らに売ることしかできません。その場合、二束三文で買い叩かれるだけでしょう』
法国マルクは現在、この世界の基幹通貨である商人マルクの半分程度の価値しかない。また、法国の外貨獲得手段はゾルダート帝国とシュッツェハーゲン王国への穀物の輸出が主であったが、帝国がリヒトロット皇国を征服した関係で輸出量は激減しており、更に法国マルクの価値は下がると見ている。
商船を得たとしても王国の商人の多くが商船を持っており、王国政府として商船を持っていても持て余してしまう。商人に売るにしても、大資本の商会は商人組合に加盟しており、買い叩かれることは目に見えている。
『それならば、労働力の確保と関税の引き下げの方が実利はあります。その辺りのことは私が上手く説明するので、大きな問題になることはないでしょう』
この他にも年明けに行われる四聖獣との会合についても協調していくことが確認されている。
具体的には私とジークフリート王が提案する策に賛成し、禁忌に対しては毅然とした態度で挑むと宣言する。
また、シュッツェハーゲン王国に対し、帝国からの脅威を我が国と協調して訴え、危機感を持たせることになった。
全体的に共和国に有利な話が多いが、我が国としては同盟関係の強化の方が利はあり、共和国に恩を売る形にしたのだ。
政治以外でも多くの商人たちと話をしている。彼らは私が商人組合に強い影響力を持っていると思っているため、少しでも自分たちに有利になるように働きかけてきたのだ。
その際、高価な手土産を持ってきたが、すべて断り、ある噂を流している。
『ラウシェンバッハ領は裕福であり、商人組合の商人と付き合いがあるマティアス卿は多少の賄賂では動かない。取り入りたければ、王国の発展に寄与する話を持っていくべきだ』
その結果、多くの商人が王国への投資を仄めかしている。もっとも仄めかすだけで具体的に契約となっていないので、私も便宜を図るつもりはないが、リップサービスは大量に行っている。
やるべきことが終わったので、本日聖都レヒトシュテットに向けて出港する。
危惧された海の状況だが、サーペントなどの海の大型魔獣の活動に変化はなく、通常の航路を通る限り、問題はないことが分かっている。
我々グライフトゥルム王国外交団は二隻の商船に乗り込み、聖都を目指すが、二隻が一緒だと魔獣に狙われるため、数時間ずらして出港する。
共和国からはハウプトマン議長に加え、ゲルハルト・ケンプフェルト元帥が同行することになった。これは法国への牽制に加え、シュッツェハーゲン王国国王との謁見を見据えてのことだ。
共和国外交団は明日十一月二十六日に出発するため、議長を始め、多くの見送りが港に来ている。
「いろいろと協議ができ、助かりました。聖都でもよろしくお願いします」
ハウプトマン議長がそう言うと、ジークフリート王が右手を差し出す。
「こちらこそ助かりました。今後も協力していただきたい」
私も議長とあいさつを交わすが、ケンプフェルト元帥とは個別に話をした。
「大賢者様がいらっしゃるとはいえ、油断できません。充分に気をつけてください」
「分かっているが、こう言ったことは苦手だからな。聖都ではよろしく頼むぞ」
共和国では真実の番人の間者を雇っているが、能力的に低いため、護衛としてはあまり役に立たない。
護衛についてはケンプフェルト元帥がいれば問題ないが、間者たちは命令を受けたことしかしないため、謀略を仕掛けられたら対応が遅れる可能性が高い。そのため、私から情報を提供することにしている。
その後、船が出港するが、港から外海であるヴァルムゼー湾に出ると、十一月の終わりということで強い季節風に煽られ、船が大きく揺れる。
そのため、すぐに船酔いになった。
これまで王都シュヴェーレンブルクから商都ヴィントムントまでは何度も船を使っているが、比較的穏やかな航路であったため、船酔いになったことは数えるほどしかなかった。
(この揺れが何日も続くと厳しいな……)
一応、無寄港で聖都に向かうため、何もなければ十二月七日に航海は終わる予定だ。
最悪、二週間この揺れと戦うことになると考え、憂鬱になった。
幸い、揺れは二日で収まり、私の船酔いも何とか治まった。
天気もよくなったことと、王都に比べ南にあるため、温暖な気候であり、甲板に出て船旅を楽しむ。
甲板にテーブルと椅子を出し、共和国の首都ゲドゥルトで手に入れた赤ワインを優雅に飲んでいた。
但し一人でだ。
影であるカルラやユーダ、黒獣猟兵団の兵士たちは護衛ということで、誰も付き合ってくれなかったのだ。
優雅といっても、イメージ的にはクルーズ船で優雅に飲むというより、金持ちが持つヨットで飲むようなプライベート感が強い。
そこにジークフリート王が護衛のアレクサンダーと共にやってきた。
「マティアス卿もワインが飲めるくらいに元気になったようだな。私も船は少し苦手だから、あの辛さがなくなったことはよかったと思う」
国王は今年の初めに北の辺境ネーベルタール城から私がいたグライフトゥルム市に向かうため、真冬の海に小さな漁船で乗り出し、酷い船酔いになったと教えてくれた。
「陛下も少し飲まれますか? 成長に飲酒はあまりよくありませんが、このような体験は滅多にできませんよ」
五年に一度、今回のような会合を開催するように提案するつもりだが、四聖獣たちが認めない可能性がある。そうなった場合、国王がこのように船旅をすることはあまりないだろう。
「そうだな。アレクも付き合ってくれ。ここで卿の護衛が必要だとは思えないからな」
国王はアレクサンダーに声を掛けながら椅子に座る。
すぐ近くに控えていたユーダが、揺れる船の上で器用にワインをグラスに注ぎ始めた。
「そうですね。マティアス殿が手に入れたワインも気になりますし、ご相伴させていただきましょう」
そう言ってアレクサンダーも椅子に座る。
「それでは乾杯をしよう」
国王はそう言い、グラスを掲げる。
「今後の快適な航海と聖都での成功を祈念して、乾杯」
「「乾杯」」
三人でグラスを合わせる。
「これは美味いですね」
一口飲んだアレクサンダーが感嘆の声を上げる。
「そうなのか? 私には分からないが……」
国王はまだ十七歳、アルコールの身体への影響を考え、飲酒はできるだけしないように言ってあったためだ。
「やはりゲドゥルトのワインは味が濃いですね。我が領のワインもずいぶん品質は上がっているのですが、このワインの足元にも及びません」
我がラウシェンバッハ領のワイン造りは一二〇七年から始まり、一二一二年から試験的な販売を行っている。
優秀な職人と旧リヒトロット皇国領から持ち出したブドウの木により、生産当初から味はよかったが、気候的に赤ワインより白ワインに向いており、ここまで濃いワインになっていない。
そんな話をしていると、国王があることを思い出した。
「旧リヒトロット領と言えば、ダニエル・モーリスから手紙が来ていたのではなかったか?」
「ええ。皇帝から旧リヒトロット領で私が行っている謀略を止めさせるように言われたそうです。それでどうしたらよいかと相談の手紙がきました」
以前から旧皇都リヒトロット市付近で破壊工作や情報操作などを行っており、旧リヒトロット領の民は帝国に対して反抗的な態度を取り続けている。
そのことに業を煮やした皇帝が私の弟子であるダニエルに命じたのだ。
「今回の会合でも言ってくるでしょうが、既に手を打つように指示を出していますので、問題はありません」
この命令を逆手に取る策を立て、関係者に指示を出している。
上手くいけば、更に帝国の統治を遅らせることができるだろう。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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