第十話「ケンプフェルト、軍師の真意を説明する」
統一暦一二一五年十一月十三日。
グランツフート共和国中部首都ゲドゥルト、ケンプフェルト邸。近衛兵ロルフ・ジルヴァヴォルフ
アレクサンダー隊長とケンプフェルト元帥の立ち合いが終わった。
今回、俺たちがアレクサンダー様に同行したのはマティアス様に言われたからだ。
『アレク殿に同行すると面白いものが見られるかもしれないよ』
その言葉は命令ではなかったが、マティアス様の目は行けと命じられているように感じられ、アレクサンダー様に同行したのだ。
今回の行軍中、俺たちはアレクサンダー様と一緒にマティアス様からいろいろなことを学んでいる。指揮の仕方や兵たちの管理方法、偵察や補給の考え方などだ。
陛下の護衛である近衛兵に必要なのかと思わないでもないが、マティアス様から直接お言葉をいただける機会を逃すつもりはなかった。
今日も何となく、その一環のような気がしていた。
元帥閣下の屋敷に入るが、俺たちは初めての訪問ということで緊張していた。
閣下の奥方様は優しい方で緊張は解れたが、すぐに閣下がいらっしゃり、ご次男であるヴェンデリン様とアレクサンダー様との模擬戦を提案された。
これは面白そうだと思った。
俺たちは四元流という武術を正式に学んだわけではないが、アレクサンダー様やケンプフェルト閣下から手解きを受けている。そのため、どんな戦いになるか興味があったのだ。
アレクサンダー様とヴェンデリン様の戦いは見応えがあった。
俺たちの目でも何とか追えるくらいのスピードで木剣を打ち合い、最後にはアレクサンダー様が勝利された。俺なら二、三合打ち合っただけで降参しただろう。
しかし、それ以上に凄い試合が見られた。
アレクサンダー様とケンプフェルト閣下が立ち会われたのだ。
時間にすれば一分といったところだが、その次元の違いに愕然としていた。
「これが共和国と王国を代表する剣士の戦いか……俺には到底辿り着けん高みだな……」
俺は思わず、そう呟いていた。
義勇兵団の一員として従軍し、追撃戦で法国の神狼騎士団と戦った際、アレクサンダー様の戦いを見て、次元が違うと衝撃を受けた。しかし、普人族であるアレクサンダー様にならいつかは追いつけるのではないかと思っていた。
その理由だが、俺たち獣人族の方が元々の身体能力も高いし、魔導器も強いと言われているからだ。
今の戦いを見て、それが間違いだと気づいた。
(本当の天才には勝てないということか……)
これまでアレクサンダー様もケンプフェルト閣下も本気で戦っておられなかったのだ。
そんなことを考えていたら、ケンプフェルト閣下がアレクサンダー様に意外なことをおっしゃっていた。
「剣もそうだが、指揮の方で追いつかれるのは時間の問題だろうな。あのマティアスから学んでいるのだろう?」
その言葉にアレクサンダー様が苦笑している。
「そうですが、数万の軍を指揮する閣下と比較することがおこがましいレベルですよ、俺の指揮官としての能力は」
アレクサンダー様は謙遜しながら笑っておられる。
「マティアスに聞いたが、お前が指揮する近衛隊を俺の直属部隊と同じようにしたいそうじゃないか」
その話はマティアス様から直接聞いている。
「そうらしいですね。神狼騎士団との戦いでもそんなことを言っていましたし、近衛連隊を王宮の飾りにするつもりはないとも言っていましたから」
そこで閣下が苦笑された。
「相変わらず、あいつの考えは恐ろしいまでに深いな」
「どういうことでしょうか?」
アレクサンダー様が聞くが、俺も知りたいと思った。
「戦局を変えるほどの精鋭部隊の指揮を任せられるのはラザファムとハルトくらいだ。だが、あの二人は兵の数が多ければ多いほど力を発揮する」
マティアス様も同じことをおっしゃっていた。ラザファム様とハルトムート様は中隊から数万の兵まで完璧に指揮できるが、多い方がよりその力を発揮できると断言されていた。
「そうですね。ランダル河の戦いではハルト殿が突撃兵旅団を率いていましたが、間近で見てもったいないと思いました。彼に二千ではなく、一万の兵があれば、もっと簡単に勝てただろうと。まあ、二千の兵でも完勝していますが」
「そうだな。だから、ハルトを東部方面軍の副司令官、実質的な司令官にしたのだろう。だが、あの突撃兵旅団のような部隊は有効だ。その指揮を任せられる者としてお前を考えているのだ、マティアスは」
突撃兵旅団はラウシェンバッハ領の獣人族の中でもとりわけ強い奴が集められている。俺も入りたかったが、選ばれなかった。
「それは何となく分かりますが……」
「今の儂との立ち合いでもお前は終始冷静だった。そこにおるヴェンデリンでも長男のテオバルトでもあれほど冷静には戦えぬ。儂の経験から言うのだが、前線に身を置き、命のやり取りをしても冷静さを失わぬことは非常に重要だ。フェアラートの戦いでそれを嫌というほど味わったから分かるだけだが」
閣下のお言葉で何となくマティアス様が狙っておられることが分かった。
不利な状況で戦局をひっくり返すとなれば、激しい戦いになることは間違いない。そこでマティアス様の策を成功させるには常に冷静さが必要だ。
それができるのがアレクサンダー様ということなのだろう。
そんなことを考えていると、閣下が俺たちの方を見ていた。
「ロルフ、ザール、ギーラがここにおるということは、マティアスは同じことを期待しておるのだろうな」
その言葉に俺たち三人は目を丸くする。
「何だ。分かっておらなかったのか?」
「どういうことでしょう?」
俺が聞くと、閣下は笑みを浮かべて教えてくださった。
「奴に言われたからここに来たのではないのか?」
「直接は言われておりませんが、行った方がよいとはおっしゃられました」
「そうだろう。そして、奴は儂にもここに来て、アレクと立ち会えと言ってきたのだ。明確に何のためかは言っておらんが、今の話を聞かせるためであろうな」
その言葉に唖然とする。
「さすがは“千里眼”だな。お前たちを儂やアレクの後継者にするために布石を打っておるのだ。お前たちもそのつもりで励め」
「お、俺たちがですか!」
あり得ないと思い、思わず“俺”と言ってしまった。
「あいつが無駄なことをすると思うか?」
確かにマティアス様が無駄なことをされるなど考えられない。しかし、納得できなかった。
「そうですが……まだ二十歳になったばかりの若造なんですが……」
「ラザファムたちはお前たちと同じくらいで、僅かな兵で五千の黒狼騎士団を翻弄したと聞く。それに今すぐにとは奴も思っていないだろう。五年十年と掛けて育てるつもりではないかと儂は考えておるがな」
俺は驚きのあまり言葉を失った。
ザールとギーラも同じだ。
「せっかく来たのだ。身体を動かしていかんか」
閣下は呆然としている俺たちに声を掛けてくださった。
その後、閣下やヴェンデリン様に稽古をつけてもらい、更に門下生と模擬戦もやっている。
「さすがはマティアスが見込んだだけのことはある。王国軍でなければ、儂の直属に引き抜いただろうな」
その言葉に頬が熱くなる。
ケンプフェルト閣下の直属部隊といえば、共和国軍最強だ。フェアラート会戦では全滅の危機を救い、ランダル河殲滅戦では聖竜騎士団の精鋭を正面から打ち破って、決定的な勝利に導いている。
「もったいないお言葉です」
それだけを言うだけで精いっぱいだった。
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