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第八話「アレクサンダー、模擬戦を行う:前編」

 統一暦一二一五年十一月十五日。

 グランツフート共和国中部首都ゲドゥルト、ケンプフェルト邸。近衛隊長アレクサンダー・ハルフォーフ


 陛下の護衛が不要ということで、昔世話になったケンプフェルト閣下の邸宅を訪問している。

 部下の近衛兵、ロルフ・ジルヴァヴォルフ、ザール・シュティーア、ギーラ・ゴルドフックスの三人も一緒だ。


 閣下の奥方バルベラ様や次男である師範代のヴェンデリン殿と話をしていたら、閣下本人が帰って来られた。


 マティアス殿たちと対帝国戦略について話し合っていたが、俺がここに行ったと聞き、戻ってきたらしい。

 そして、ヴェンデリン殿との模擬戦を提案された。


 俺も久しぶりに手合わせしたかったため、すぐに道場に向かう。

 道場に入ると、三十人ほどの門下生が稽古に励んでいた。


 しかし、ケンプフェルト閣下とヴェンデリン殿が入ってくると、すぐに稽古を中断し、壁際に整列して頭を下げる。

 ケンプフェルト道場ではこういった礼儀も厳しく指導される。


「これよりグライフトゥルム王国の近衛隊長、アレクサンダー・ハルフォーフ殿と師範代の模擬戦を行う」


 審判は閣下がやるようだ。

 すぐに準備にかかるが、上着を脱ぐくらいですぐに終わる。四元流の皆伝以上の者の試合では防具を着けることはないためだ。


 防具を着けないのは、寸止めが前提であるためだが、奧伝以上の者は硬衣法という防御力を上げる技を身に着けていることと、俺たちくらいの腕の者が本気で打ち込めば、頑丈な全身鎧であっても意味をなさないからだ。


 木剣を手に取り、軽く振る。

 昔と同じ感触に懐かしさを感じるが、すぐに身体を解していく。

 五分ほど身体を温めたところで、閣下に準備ができたと伝えた。


「では、一本勝負だ」


 そこで閣下は壁の方に視線を向ける。


「ここで学び、王国軍一の猛者となった者の腕を確と見ておけ」


 その言葉で門下生たちの目付きが鋭くなる。


 魔導器(ローア)を使って魔素(プノイマ)を身体の外側に張り巡らせて硬衣法を発動する。


 ヴェンデリン殿も準備ができたのか、俺から五メートルくらい離れた場所に立つ。

 閣下はそれを見て二歩ほど下がり、右手を上げ、そして振り下ろした。


「始め!」


 俺とヴェンデリン殿が同時に動く。

 どちらも五倍程度の身体強化を使っており、瞬きする間もなく、同時に打ち合った。

 カーンという硬い音が響くが、即座にバックステップで後退し、中段に構えて息を整える。


(さすがは師範代だな。最後に試合をした時より遥かに腕を上げている。だが、勝てないというほどでもない……)


 再び接近し、今度はその場に立ち止まって打ち合う。

 二合、三合と打ち合うが、眼で見て反応するのではなく、身体が自然に反応するのに任せる。そうしないと動きに付いていけないからだ。


 二十合ほど打ち合ったところで、息が上がってくる。


(これほど緊迫した斬り合いは戦場でもなかったな……)


 そんなことをチラッと考えるが、ヴェンデリン殿がもう一段速度を上げてきたため、その後は何も考えずに受けることだけに専念する。


 それからどれだけ打ち合ったのかは分からないが、限界が近いことだけは分かっていた。

 それはヴェンデリン殿も同じだったようだ。

 彼は軽くフェイントを入れた後、強烈な突きを俺の喉元に放ってきた。


 これが当たれば、硬衣法を使っていても大けがは免れないが、そんなことを考える余裕もなく、俺はその突き出された剣を、身体を捻ることで躱し、その躱す勢いを身体の回転に変えて、ヴェンデリン殿の肩に振り下ろす。

 俺の剣は彼の肩の一センチほどのところで止まっていた。


「そこまで!」


 ケンプフェルト閣下の声が響く。


 ロルフたちと門下生たちが大きく息を吐きだしている。彼らも息をする余裕がなく、見ていたのだろう。


「見事だ。更に腕を上げたな」


 ヴェンデリン殿が悔しさを滲ませることなく、笑顔でそう言ってきた。


「運がよかったからですよ」


 正直な思いだ。

 最後の突きはヒルダ殿たち(シャッテン)との訓練のお陰で反応できただけだ。それにあの突きに反応したのは無意識に近く、最後の攻撃がフェイントなら負けていたはずだ。


「ヴェンデリンの言う通り、見事だった。さすがは王国一というだけのことはある。どうだ。儂とも一手やらぬか?」


 ケンプフェルト閣下が笑みを浮かべている。しかし、その笑みに冷や汗が噴き出していた。閣下は本気でやるつもりだと分かったからだ。


 行軍中も何度か立ち会っているが、閣下も俺も本気は出していない。本気でやれば、大けがをする可能性があり、行軍に影響するかもしれなかったためだ。


 こんな機会は少ないと、頭を下げてお願いする。


「ご指導、よろしくお願いします」


 俺は共和国の守護神、ゲルハルト・ケンプフェルト元帥と手合わせすることにした。


■■■


 統一暦一二一五年十一月十五日。

 グランツフート共和国中部首都ゲドゥルト、ケンプフェルト邸。ゲルハルト・ケンプフェルト元帥


 今儂は王国一の使い手、アレクサンダー・ハルフォーフと対峙している。


 アレクサンダーと出会ったのは十七年ほど前のことだ。当時王国では騎士団改革が行われており、儂は王国に何度か足を運んでいた。

 その際、まだ十五歳になるかならないかのアレクサンダーが儂のところにやってきた。


『貴殿は共和国一の使い手と聞いた。一手、ご教授願いたい!』


 儂の噂を聞き、腕試しにきたらしいのだが、その歳で既に皆伝の手前、奧伝まで授けられていると聞き、驚いた記憶がある。

 無論、その程度の腕では儂どころか、部下たちにも敵うはずがなかったが、それでも毎日のように挑んできた。


 滞在期間は二ヶ月ほどだったが、いつの間にか我々の宿舎にまで入り込み、挙句の果てには帰国にまで同行しようとした。


『弟子にしてください!』


 正直なところ、彼の才能に惚れこんでいたので、連れて帰りたかったが、いかんせん彼は王国の騎士爵の息子だ。嫡男ではないそうだが、貴族に準じる者を勝手に連れていくことはできないと思い、そのことを告げた。


『父の許可は得ています!』


 そう言ってきたが、視線を合わせることがなく、挙動不審だ。

 問い詰めると、家出同然で共和国軍の宿舎に入り浸る息子に、父親が愛想をつかし、勝手にしろと言ったそうだ。


 許可を得たとは言えないため頭が痛いが、ここで放り出すわけにもいかず、共和国に連れていくことにしたのだ。


 その後、儂は軍に復帰し、道場での指導は師範代に任せていたが、メキメキと腕を上げ、僅か五年、二十歳の時に極伝を授けた。記録にある限り、四元流では最年少だ。

 そのことで増長しているかと思ったが、強くなることだけを目指し、態度は全く変わらない。


『お前に足りぬのは実戦経験だけだ。グレーフェンベルク殿に推薦状を書いてやる。王国に戻り、戦場での経験を積む方がよい』


 その頃、ゾルダート帝国はリヒトロット皇国の皇都攻略に取り掛かっており、グライフトゥルム王国への牽制も行われていた。


 また、マティアスも帝国軍の襲来を危惧しており、優秀な戦士を送り込んだ方がよいだろうと考えたのだ。そのため、実質的な王国軍の総司令官、クリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵に紹介した。


 アレクサンダーは嫌がったが、儂の説得を受け、王国に戻った。

 一年半ほど経った一二〇五年九月、帝国軍第三軍団がヴェヒターミュンデ城を攻撃する。


 マティアスの策により、帝国軍は渡河に成功した後、浮橋を焼かれ、多くの兵が王国側に取り残された。その際、決死の覚悟で攻撃してくる帝国軍兵士に対し、彼は城壁で獅子奮迅の戦いを見せ、勲章を得ている。


 儂の目論見は成功したかに見えたが、その功績により近衛騎士にされてしまった。

 騎士爵の次男にとって、近衛騎士は栄達といえるが、彼にとっては耐え難いことだったようだ。そのため、近衛騎士を辞して出奔してしまった。


 その後、儂には彼の行方を追うことができなかったが、大賢者様に見いだされ、ジークフリート王子の護衛として辺境にいたそうだ。


 彼と再び会ったのは法国との戦いの前だ。

 ジークフリート王子の護衛として同行しており、その際に軽く手合わせをしている。

 その時、思っていた以上に腕を上げていることに気づいた。


 理由を聞くと、王子の陰供(シャッテン)と手合わせを行い、彼らの戦い方を取り込んだとのことだった。


 その時は法国との決戦ということで手合わせできず、その後も王国が危機に陥っていたため、手合わせする時間がなかった。


 儂はようやく巡ってきた機会に笑みが零れていた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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