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第七話「アレクサンダー、ケンプフェルト家を訪問する」

 統一暦一二一五年十一月十五日。

 グランツフート共和国中部首都ゲドゥルト、ケンプフェルト邸。近衛隊長アレクサンダー・ハルフォーフ


 俺は首都ゲドゥルト近郊にあるゲルハルト・ケンプフェルト閣下の邸宅に向かっている。


 十七年ほど前、十五歳の時に偶然ケンプフェルト閣下の存在を知り、無理に弟子にしてもらった。それから五年ほど閣下に指導していただいている。


 その際、ここにある道場に住み込ませてもらっており、俺にとっては第二の実家のようなものだ。


 本来なら護衛として陛下の傍から離れるわけにはいかないのだが、昨日から陛下はマティアス殿と共に共和国の政治家や有力な商人たちと頻繁に会談を行っており、迎賓館から出る予定がない。


 そのため、護衛である俺は手持ち無沙汰であったのだが、そのことに気づいた陛下から、ケンプフェルト閣下の邸宅に挨拶に行ってはどうかと提案されたのだ。


『アレクはケンプフェルト元帥のところに五年ほどいたのだろう。ならば、世話になった方々に挨拶にいってはどうか。ここなら陰供(シャッテン)だけでも問題ないだろうし』


 確かに安全な同盟国の迎賓館であり、共和国軍の衛兵が周囲を固め、ヒルダ殿たち陰供(シャッテン)がいれば俺がいる必要性は低く、陛下のお言葉に甘えることにした。


 訪問に際し、マティアス殿にも確認したが、近衛兵を連れていってはどうかと提案された。


『ロルフとザール、ギーラを連れていってはどうでしょう?』


 ロルフは銀狼族、ザールは猛牛族、ギーラは金狐族の戦士でいずれも二十歳前後の若手だ。マティアス殿が特に期待している三人で、来年の軍制改革で近衛連隊になった時に大隊長にしたいと考えているらしい。しかし、同行させる理由が分からない。


『護衛は不要だが? 何が目的なのだろうか?』


『特に理由はないのですが、彼らは開拓村の出身ですから、これまで同族以外と付き合ったことがあまりありません。王都でも王宮内にいましたし、行軍中は仲間である獣人族(セリアンスロープ)と一緒にいることが多かったですから、普人族(メンシュ)と交流させてはどうかと思ったのです。幸いケンプフェルト家は共和国の名門軍人一家ですから、話もしやすいでしょう』


 確かにケンプフェルト家なら話はしやすいだろう。

 ロルフたちを呼び、同行の意思を確認すると、すぐに了承した。


『ケンプフェルト家には四元流の道場があると聞いています。可能であれば手合わせしてもらえればと思っています』


 生真面目なロルフがそう言って賛同する。

 彼は剣の腕はもちろん、若いながらも視野が広く、指揮官としても優秀だ。

 ロルフの言葉にザールも大きく頷く。


『俺も、いや、私も同じです。何と言ってもケンプフェルト閣下の実家なんですから、凄腕の武人がいっぱいいるでしょうから』


 ザールは身長二メートル三十センチほどの強面の戦士だ。見た目以上に話しやすく、物怖じしない性格でケンプフェルト閣下に何度も稽古をつけてもらっている。


『私も是非ご一緒したいです。ケンプフェルト閣下のご実家に興味がありますので』


 ギーラは金狐族らしく比較的小柄な戦士だ。少しきつい目つきだが、スラリとした体形の美女だ。近衛兵の中でも一二を争う素早さを持ち、ケンプフェルト閣下もその腕を褒めているほどだ。


 そんな話をした後、四人でケンプフェルト邸に向かった。



 閣下の屋敷は首都の中心から離れた郊外にある。

 町の喧騒から離れ、静かな丘陵地帯に入ると、懐かしさが込み上げてきた。


(この辺りは変わっていないな。あの頃、他の門下生たちと一緒によく走ったものだ……)


 丘を抜けると、ひと際大きな屋敷が見えてきた。


「あれがケンプフェルト閣下の邸宅ですか? 結構でかいですね」


 ザールの問いに頷く。


「そうだ。あの辺りが道場になる」


 そう言ってひと際大きな建物を指さした。

 ケンプフェルト家には代々続く四元流の道場があり、有名な武芸者を何人も輩出している武人一家だ。


 午前の割と早い時間だが、近づいていくと、若い門下生たちの気合いの入った声が聞こえてくる。


(ヴェンデリン殿は頑張っているようだな……)


 ケンプフェルト閣下には二人の息子がいる。ヴェンデリン殿は次男だ。


 ヴェンデリン殿は道場の師範代であり、将来道場を継ぐ予定と聞いている。俺より五歳上でここに来た当時はよく指導してもらった兄弟子だ。

 豪快な性格で剣以外でもいろいろと教えてもらっており、実の兄のような存在だ。


 長男のテオバルト殿は共和国軍に入り、現在は首都防衛軍の連隊長だ。閣下と同じく四元流の達人で、将来元帥にまで昇進するのではないかと噂される軍人でもある。


 俺より八歳年上で、俺が道場にきた頃には軍に入っており、昨日は陛下と一緒に挨拶を受けたが、これまであまり接点はなかった。


 屋敷の門で訪問を告げると、十代半ばくらいの若い門下生が元気に出迎えてくれた。


「師範から伺っております! こちらへどうぞ!」


 閣下が事前に連絡してくれていたようだ。

 中に入ると、ロルフたちは興味深げに周囲を見ながら歩いているが、以前と変わらない光景に更に懐かしさが募ってくる。


(あの庭の木によく登ったものだ。首都がよく見えたな……)


 道場ではなく、屋敷に入ると、閣下の奥方であるバルバラ様がいらっしゃった。


「お帰りなさい、アレク。お元気そうね」


 バルバラ様は荒々しい道場に相応しくない上品なご婦人だ。


「ご無沙汰しております。バルバラ様もお元気そうで何よりです」


「あら、そんな風にあいさつができるようになったのね」


 そう言って笑っておられる。

 昔の俺は騎士爵家の子供とは思えないほど粗暴で、よく門下生と喧嘩し、奥方様にも叱られたものだ。


「そう言えば国王陛下の護衛の隊長になったそうね。後ろの方たちが部下の方かしら。夫が武人としても将としても立派になったと褒めていたわ」


「恐縮です」


 そんな話をし、ロルフたちを紹介していると、ヴェンデリン殿がやってきた。


「元気そうだな! 活躍は父上から聞いているぞ!」


 そう言って俺の前に座る。


「父上がお前と戦って勝てる自信がないとおっしゃっていた。あとで手合わせしてくれるよな?」


「アレクは来たばかりなのですよ。それに他のお客様もいらっしゃるのです。あなたももう少し落ち着きなさい」


 バルバラ様が嗜める。


「閣下に褒めていただけたのは嬉しいですが、まだまだ足元にも及びません。ランダル河では聖竜騎士団の精鋭をなぎ倒していたそうですから」


「父上は相変わらずだな。だが、その話を聞いて俺も戦場に出たいと思ったものだ」


「ならば軍に入らねばならんな」


 ケンプフェルト閣下がそう言いながら入って来られた。


 俺たちは一斉に立ち上がり、頭を下げる。しかし、すぐに疑問が浮かぶ。

 奥方様も同じなのか、首を傾げながら疑問を口にした。


「ラウシェンバッハ伯爵と協議があるとおっしゃっていませんでしたか? お帰りは夕方になると聞きましたけど」


 今日は共和国の政治家と軍の主要な将を交えて、対帝国戦略について協議することになっていたはずだ。


「方向性は決まったからな。細かな話はダリウスに任せてきた。マティアスとダリウスがおれば儂がおる必要はないからな」


 中央機動軍の参謀長、ダリウス・ヒルデブラント将軍に任せてきたようだ。

 その言葉に苦笑が浮かぶ。


「それよりもアレク。ヴェンデリンとは手合わせをせんのか? それを見に戻ってきたのだが」


 俺にそのつもりはなかったが、閣下がお望みなら否はない。


「俺はいつでも構いませんが」


「ならば、今からでどうだ? 弟子たちも気になって、稽古に身が入らんのだ」


 ヴェンデリン殿の言葉に再び苦笑が浮かぶ。

 ここはゲドゥルトでも一二を争う名門道場だ。そのため、他流試合の申し込みが絶えない。そして、その試合を一切断ることなく受け入れ、それを楽しみにすらしているのだ。


「相変わらずですね、ケンプフェルト道場は」


 そう言いながら立ち上がった。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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