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第六話「軍師、共和国の元首に会う」

 統一暦一二一五年十一月十三日。

 グランツフート共和国中部首都ゲドゥルト市内、迎賓館。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵


 グランツフート共和国の首都ゲドゥルトに到着した。

 十月二十三日にヴァルケンカンプを出発したが、途中で季節外れの悪天候に見舞われ、五日ほど足止めを食らっている。


 五十人程度の少人数なら進めたのだが、ラウシェンバッハ騎士団と共和国軍の計三千三百名という大所帯であるため、無理をしなかった。

 もっとも行程にも物資にも余裕があったため、この程度の遅れは問題になっていない。


 ゲドゥルトに入る際、多くの市民から歓迎を受けた。

 街道や大通りに人が溢れ、多くの歓声に包まれる。


 レヒト法国軍に勝利した我が騎士団と中央機動軍は首都でも英雄だ。そのため、兵士たちの表情は明るかった。


 ラウシェンバッハ騎士団は首都の郊外にある首都防衛軍の駐屯地に入った。

 彼らは我々が法国から戻るまでの二ヶ月ほどをここで過ごすのだが、その間に共和国軍との合同演習を計画している。


 中央機動軍とは定期的に演習を行っているが、首都防衛軍とは連携したことがない。

 今後、帝国軍が大陸公路を進んできた場合、首都防衛軍を含めた総力戦になるはずだ。そのため、我が国の主力とも言える獣人族部隊と連携訓練を行うことは有意義だと考えている。


 もっとも演習といっても毎日ではなく、ゲドゥルトで休暇を楽しんでもらうつもりだ。

 この件は共和国政府も積極的に協力してくれ、酒場や商店での特別割引や案内役を付けることなどを提案してくれている。

 但し、真面目な彼らのことだから、毎日訓練に励むような気はしている。



 私はジークフリート王と外交使節団と共には迎賓館に入った。

 他国の王が首都を訪問することは久しくなかったため、受け入れ側は大変そうだが、聖都レヒトシュテットに向かうのは海の状況を確認した後になるため、十日ほど滞在する予定だ。

 その間は毎日のように人と会うため、私に観光をする時間はないだろう。


 迎賓館に入ると、白髪痩身の上品な紳士とその後ろに身長百六十センチほどで頭部が薄くなった男性が立っていた。いずれもケンプフェルト元帥と同世代、六十代だ。

 紳士の方が私たちを見て、小さく頭を下げる。


「ようこそお越しくださいました。共和国最高運営会議で議長を務めておりますミッター・ハウプトマンと申します」


 後ろの男も小さく頭を下げ、笑みを浮かべて自己紹介をする。


「外交部長のフリッツ・ヴェーグマンです」


 私たちもそれぞれ自己紹介をした後、ケンプフェルト元帥が彼らのことを説明する。


「儂が呼んでおいたのだ。マティアスと早く話をしたいだろうと思ってな」


 その言葉に二人が大きく頷く。


「ラウシェンバッハ子爵、いえ、伯爵の計画書のお陰で、法国との交渉はずいぶん楽になりました。まあ、四聖獣様の件がありましたから、停戦協定の締結までには至っていませんが、賠償金の交渉はほぼ終わっています。いやぁ、本当に助かりました」


 ヴェーグマン部長がそう言って外交官らしい人好きのする笑顔を見せる。

 ランダル河殲滅戦の後、ケンプフェルト元帥を通じて、外交交渉に必要な情報や我が国が譲れない点などを計画書として渡している。


「その割には出立前には悲壮な顔をしていたと儂は聞いておるがな」


 ケンプフェルト元帥がニヤニヤと笑っている。


「それはそうだろう、ゲルハルト! あれほどの計画書を渡されて失敗してみろ。共和国の外交部は頼りなしと見られ、ハウプトマン政権はラウシェンバッハ伯爵に見限られたかもしれんのだ。政権交代が起きるかもしれんと思えば、気合も入ろうというものだ」


「マティアス卿が共和国を見限るとは思えないのだが」


 ジークフリート王がそう言いながら首を傾げている。


「以前、マティアスに脅されたことがあるのですよ。万が一共和国が王国に牙を剥くなら、情報操作で政権をひっくり返すことで対抗すると。あれは初めて会った頃ですから、もう二十年近く前のことですな。そのことをこの二人にも話したことがあるのです」


 確かにそんなことを言った記憶はある。


「昔のことですよ。それに本気で脅したわけではありませんし。今回も貴国の優秀な外交官なら我が国に十分なメリットがある交渉をしていただけると信じていました」


「ゲルハルトの冗談だったのですな……ゲルハルト、あとで話がある」


 ヴェーグマン部長はそう言ってケンプフェルト元帥を睨みつけていた。


 そんな話をした後、すぐに会議室に向かう。


「お疲れのところ、申し訳ありません。ラウシェンバッハ伯爵のご意見を伺った後、すぐにでもヴェーグマンを聖都に派遣したいと考えておりますので、外交儀礼を無視してこのような形にしていただきました」


 本来であれば、今日は歓迎の式典と晩餐会を開き、明日以降に共和国の政治家などの有力者を交えて、今後について協議するはずだった。


「お急ぎなのは、聖都で動きがあったからでしょうか?」


 叡智の守護者(ヴァイスヴァッヘ)の情報分析室が掴んだ情報では、一ヶ月半ほど前、北方教会のマルク・ニヒェルマン総主教とオトフリート・マイズナー赤狼騎士団長が聖都に入り、現法王アンドレアス八世の退位を要求した。そのことで法王派の総主教や枢機卿らと対立し、政治的な混乱が起きそうだとあった。


「その通りです。当初はニヒェルマンらの主張など認められぬと思っていたのですが、思いの外、用意周到で法王庁は大きく混乱しております。このままではまともな交渉ができず、年明けまでもつれそうだと焦っているのです」


 ハウプトマン議長の言葉に私は苦笑を浮かべる。

 ニヒェルマンらを操り、良識のあるアンドレアス法王を排除しようと画策している。それが思ったより効果があったらしい。


「ニヒェルマン総主教たちのことですが、私の策の一環です。思ったより大きく動いているようで、ご迷惑をおかけしました」


「伯爵の策……伯爵がニヒェルマンたちを動かしていると?」


 ヴェーグマン部長が目を見開いて聞いてきた。


「はい。あの方たちのところに私の指示を受けた者を送り込んでいます。その者を通じて現法王を辞任に追い込むべく、総主教らに策を授けました。もう少し時間が掛かると思ったのですが、思った以上に法王の政権基盤は脆弱なようですね」


 その後、ニヒェルマンを法王にし、法国自体を弱体化させる策について説明した。

 概要を知っているジークフリート王はともかく、ケンプフェルト元帥までもが唖然としている。


「本気で心配になってきたぞ。マティアスと敵対すれば、我が国はどうなるのかとな」


「貴国は大事な同盟国ですから、ご心配は無用ですよ」


 そう言っても共和国側の表情は硬い。

 雰囲気を変えるため、具体的な方針を示すことにした。


「それよりも停戦交渉ですが、今まで以上に強気に出て条件を引き上げてもよいでしょう。法王としてはこれ以上の妥協はできませんが、ニヒェルマン総主教にとっては、法王の失点は自分の得点になりますから、総主教が法王になると決まったところで条件を戻すと言っておけば、喜んで協力してくれるはずです」


「しかし、よいのですか? ニヒェルマンは野心家と聞きます。そのような者を敵国の元首にすれば、我が国や貴国に害を成すと思うのですが」


 ハウプトマン議長が聞いてきた。


「問題ありません。ニヒェルマン総主教が法王になったとしても、法国の状況は好転しません。それどころか、アンドレアス法王を支持していた南方教会や西方教会との軋轢が増え、法国はより大きな混乱に陥るでしょう。そうなれば、十年単位で外に目を向ける余裕はなくなるはずです」


 ニヒェルマン総主教は野心家だ。そのため、自身の栄達にのみ興味を持つだろう。

 法王になれば、より長い期間その地位を確保するため、ライバルたちを蹴落とそうと動くはずだ。当然、法国自体の発展は二の次になり、国力の低下を招く。


 そのことを説明すると、議長たちは再び言葉を失う。


「それほど先を見ておられるのか……」


 議長が首を振りながら呟いている。


「ですが、懸念もあるのです」


「それはどのような?」


 議長が問うが、他の二人も疑問に思っているようだ。


「帝国が法国を唆さないかということです」


 私の言葉にケンプフェルト元帥が首を傾げる。


「帝国と法国に接点はなかったはずだ。合理的な帝国と宗教国家である法国は水と油だろう。共闘するとは思えんのだが」


「共闘することはないでしょうが、利用することは充分に考えられます。それに今回の会合で皇帝本人が聖都を訪問します。恐らく謀略を担当しているペテルセン総参謀長も同行するでしょう。彼らの能力ならニヒェルマン総主教を操ることは難しくありません」


 今回の聖都での会合で皇帝がどのように動くかが気になっている。


「だが、お前がいれば、そのようなことはさせんのではないか? 逆にお前の方が帝国を追い詰めるために外交を利用すると考えているのだが」


「閣下のおっしゃる通り、できるだけのことはするつもりですが、皇帝を侮ることはできません。ですので、皆さんも注意深く見ていただきたいと思っています」


 私の言葉に全員が頷いていた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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