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第四話「ケンプフェルト、軍師の懸念を知る:後編」

 統一暦一二一五年十月二十一日。

 グランツフート共和国中部ヴァルケンカンプ市郊外、中央機動軍駐屯地。ゲルハルト・ケンプフェルト元帥


 マティアスはゾルダート帝国がシュッツェハーゲン王国と我が国との国境近くにあるグラオザント城に対し、奇襲作戦を考えていると説明した。


 彼の説明を聞くが、シュッツェハーゲン王国がその情報を信じていない理由が分からない。そのため、出席者の一人、参謀長のダリウス・ヒルデブラントがそのことを質問した。

 マティアスは用意した地図を指差しながら説明する。


「まずグラオザント城ですが、貴国との国境を守ることを目的として作られたものです。もっとも敵と想定していたのは貴国ではなく、レヒト法国ですが……」


 グランツフート共和国はレヒト法国から独立したが、独立前の法国はシュッツェハーゲン王国と国境を接していた。もっとも法国も強国であるシュッツェハーゲンではなく、小国であるグライフトゥルム王国への侵略を主と考えており、実際に侵攻したことはないと聞いている。


 しかし、法国の指導者たちは気まぐれであり、シュッツェハーゲン王国はレヒト法国との国境に防衛拠点としてグラオザント城を建設したのだ。


「グラオザント城は法国軍の攻勢を受け止めて増援が到着するまでの時間を稼ぐ目的で作られております。そのため、大陸公路(ラントシュトラーセ)が封鎖されることは想定しておらず、北から攻撃を受けた場合は補給線を断ち切られ、孤立する可能性が高いと見ています」


「増援や補給を前提に作られた城……ならば、山脈の南で迎え撃つことが効果的だが、シュッツェハーゲンは危険だと考えておらず、防衛拠点を作る気がないということか」


「その通りです。仮に帝国軍が一個軍団三万を投入してきた場合、シュッツェハーゲン王国がグラオザント城に一万程度を駐留させたとしても簡単に無効化されてしまいます。その上で東に向けて帝国軍が進軍すれば、シュッツェハーゲン王国は国土の西半分を奪われることになるはずです」


 王都シュッツェハーゲンは王国の東に位置している。また、帝国との国境である北に戦力を集中しているから、初動で失敗すると国内に浸透されてしまうということらしい。


「まずい状況だな。だが、我らがどうこうできる話でもないと思うが?」


 我が国もシュッツェハーゲン王国との国境の城マッセルシュタイン城があるが、守備兵は五百名程度と国境の監視部隊に過ぎない。

 マティアスは小さく首を横に振る。


「そうでもありません」


「どういうことだ?」


 シュッツェハーゲン王国とは対帝国戦略上、協力し合っているが、グライフトゥルム王国と違い同盟関係にはない。

 そのため、できることは少ないと思っていたのだ。


「ここヴァルケンカンプからマッセルシュタイン城までは約二百五十キロです。中央機動軍なら急行すれば十日ほどで到着できます。ズィークホーフ城と同じような狼煙台による連絡網を構築し、帝国軍が現れたら、即座に迎撃に向える体制を整えておけば、帝国軍も安易にはシュッツェハーゲン王国側に侵攻できないはずです」


 我が中央機動軍はその名の通り、迅速に機動できる軍だ。これは国境で法国軍の動きを察知し、ヴァルケンカンプの西に迅速に移動し、迎え撃つことを目的としているためだ。


 その中央機動軍でも二百五十キロメートルを十日で移動することは万全の体制でなければ難しい。


「なるほど。それはお前が前兆を掴んで教えてくれるという前提だな」


「はい。帝国の出撃拠点であるエーデルシュタインには多くの間者を送り込んであります。船を使えば、五日ほどで王都に情報が入りますから、ここには更に五日後、首都ゲドゥルトであっても兆候を掴んでから十五日以内に情報を届けることができます。恐らくですが、首都から出撃の許可がここに届くのは帝国軍が出撃してから十日ほど後になると考えています」


 マティアスは兆候を掴んでから帝国軍が実際に動くまで十日はあると見ているようだ。

 エーデルシュタインからグラオザント城までは約四百五十キロメートル。帝国軍の標準的な行軍速度なら三週間の距離だ。前兆を掴んだ時点で準備を行えば、ギリギリ間に合う。


「出撃から十日後か……となると、狼煙台は囮か」


「そうではありません。帝国も大陸公路(ラントシュトラーセ)の状況は確認しています。貴国が警戒していると分かれば、抑止力になり得ます。それにシュッツェハーゲン王国も貴国が本気で帝国軍を警戒しているのであれば、対策に乗り出そうとする気になるかもしれません」


 相変わらず、相手の心理をよく考えていると感心する。


「確かにそうだな。ここで話したのは、この件を政府に認めさせろということか」


「はい。この後、我々は首都ゲドゥルトに向かいます。元帥閣下にもご同行いただき、貴国の上層部を一緒に説得していただきたいと考えております」


 レヒト法国の脅威が去った今、俺がここに常駐している必要性はあまりない。

 それよりも帝国が我が国との国境近くに現れる可能性が出てきたことの方が重要だ。


 これまで帝国に対する戦略はグライフトゥルム王国を支援することで、間接的に我が国への侵攻を防ぐというものだった。その前提が崩れた今、最優先事項と言えるだろう。


「首都に行くことは了解だ。ちなみに帝国軍の街道整備はどの程度で終わると考えているのだ?」


「帝国軍の警戒が厳しく、工事の状況は把握できておりませんが、物資の動きから想定する限り、早ければ来年の春頃と考えています」


「半年ほどしかないのか……」


「はい。時間はあまりありません。ですが、幸いなことに今回の聖都での会合でシュッツェハーゲン王国の国王ユリアーヌス三世陛下に拝謁できます。そこで危機を訴えれば、対応を検討していただける可能性は高く、貴国との共同作戦も可能ではないかと思っています」


 来年一月一日の四聖獣様が招集した会合では、各国の元首が集まるため、多くの国が元首同士の会合を考えている。


 我が国も最高運営会議議長であるミッター・ハウプトマンと外交部長であるフリッツ・ヴェーグマンが出席することになっている。


「そうなると、儂も聖都に行くべきだな。ハウプトマン議長に直談判してみよう」


 ハウプトマンもヴェーグマンも古くからの友人であり、認めてくれる可能性が高い。


「そうしていただけると助かります。歴戦のケンプフェルト閣下の言葉であれば、私より説得力がありますので」


 その言葉に儂とロイ・キーファーら三人の将軍が苦笑する。


「“千里眼(アルヴィスンハイト)のマティアス”殿の言葉を軽く見る者はおらんでしょう」


 ロイが呆れて声を上げる。


「儂もそう思うぞ。鷲獅子(グライフ)様に意見し、謝罪の言葉を引き出したという話は多くの者が知っておるのだからな」


 鷲獅子様を前にして、ほとんどの者が膝を折ったが、マティアスだけは堂々と意見を言ったと聞いている。


 特に首都では鷲獅子様が直接訪れており、多くの者がその姿を直接見て畏怖の念を覚えていた。それまでは口先だけの策謀家という印象を持たれることが多かったマティアスだが、鷲獅子様に意見を言ったと聞き、彼のことを見直した者が多いらしい。


「確かにマティアス卿の意見なら聞いてもらえるかもしれない。だが、ケンプフェルト元帥も同じ考えだと分かれば、シュッツェハーゲン王国側もより切実に考えるのではないだろうか」


 ジークフリート王の言葉に儂は大きく頷いた。


「儂で役に立つなら、いつでも手伝いますぞ」


 こうして儂は首都ゲドゥルトに行くことになった。

 その話が終わった後、あることをジークフリート王に頼むことにした。


「こちらからも頼みたいことがあるのですが」


「何だろうか?」


「貴国で行われる軍制改革について、情報を共有していただきたいのです。マティアスが考えたものであれば、採用すれば我が軍の強化に繋がるでしょうから」


 図々しい願いだが、僅か十三歳で王国騎士団改革案を作成した彼が様々な経験を経て、最適と思える軍を考えたのだ。そのことに強い興味があった。


「私は構わないが、マティアス卿、卿の考えは?」


 ジークフリート王の問いにマティアスは笑顔で頷く。


「問題ございません。同盟軍であるグランツフート共和国軍の方々に知っていただくことは、今後の共同作戦でも役に立つでしょう」


「ならば、明日にでも教えてもらえぬか。儂は一緒にいるからよいが、ロイたちはここに残らざるを得ぬ。彼らにも聞かせてやりたいのだ」


「はい。明日と言わず、今日からでも構いませんよ。元々、ここで二日間、休養と補給を行うつもりでしたので、その時間を使いましょう」


「ありがたいことです。是非ともマティアス殿から直接ご教授いただきたい」


 参謀長のダリウスが常の冷静さをかなぐり捨てて喜びを露わにしている。ダリウスはランダル河殲滅戦でマティアスと一緒に全軍の指揮を執っていたことから、彼の戦術と指揮に魅了されていたのだ。


「今回は組織に関することですから、面白みはありませんよ」


 マティアスはやや引き気味にそう言った。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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