第十八話「第三王子、御前会議に出席する」
統一暦一二一五年二月二十三日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、王宮内。第三王子ジークフリート
王宮に戻った翌日、今日は朝から御前会議があり、それに出席する。
この件でもマルクトホーフェン侯爵は難癖を付けてきた。
『御前会議は王国の方針を決める重要な会議です。ジークフリート殿下にはまだ早いかと』
『それはおかしいのではないか? フリードリッヒ兄上だけでなく、グレゴリウス兄上まで出席しているのだ。もちろん、グレゴリウス兄上が優秀な方だと知っているが、同じ王子である私が出席できないことはおかしい。昨日の話では陛下もフリードリッヒ兄上も私が王国のために働くことをお認めになっている』
『確かにそうですが、殿下は……』
そこまで言ったところで言葉を遮る。
『もしかしたらグレゴリウス兄上が反対されているのか? それならば、兄上にお願いに行くが』
侯爵もグレゴリウス兄上に直談判すれば認めることは分かっており、すぐに折れた。
『よろしいでしょう。ですが、先ほども申しましたが、重要な会議なのです。邪魔をするようなことは慎んでいただくよう、お願いします』
いちいちこういったやり取りをしないといけないことに辟易するが、これもマティアス卿から事前に言われていたことなので、できるだけ気にしないようにしている。
御前会議には私たち王族の他に、宰相であるオットー・フォン・メンゲヴァイン侯爵、宮廷書記官長のミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵、軍務卿のテオーデリヒ・フォン・グリースバッハ伯爵、王国騎士団長のマンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵が参加する。
今日の議題はグランツフート共和国に対する援軍の派遣で、ホイジンガー伯爵が再々提出してきた案件だ。
ホイジンガーが簡単に現状について説明した後、王国騎士団の第二騎士団と第三騎士団の派遣を提案した。
それに対し、メンゲヴァインが反対する。
「王国の財政を司る小職としては反対ですな。王国騎士団一万を派遣すれば、どれだけの軍費が掛かるのか……それを考えれば、援軍要請もなく王国騎士団を派遣することに賛成できぬ」
それに対し、ホイジンガーが青筋を立てて反論する。
マルクトホーフェンは宰相の言葉が想定通りなのか、余裕の笑みを浮かべていた。
「援軍要請を待てば間に合わぬのですぞ! それに共和国が法国に攻め込まれれば、帝国が黙っておらぬでしょう! そのことをよくお考え下さい!」
「もちろん考えておるよ。だから、王国騎士団の派遣には賛成できぬが、援軍自体は必要だと考えておる」
意外な言葉にホイジンガーが目を丸くする。マルクトホーフェンも同じように驚いたようで、僅かに視線を動かしていた。
「小職も騎士団長と同じことを考えた。だが、王国の財政が厳しいこともまた事実。ならば、金が掛からぬようにして、軍を派遣すればよい」
そこでマルクトホーフェンが疑問を口にする。
「そのような方法があると宰相閣下はおっしゃるのか?」
メンゲヴァインが大言壮語していると考えているのか、表情には侮蔑の色が見えた。
「ある」
宰相は自信満々に頷く。
その態度にマルクトホーフェンが大きく目を見開いていた。父を始め、フリードリッヒ兄上、グレゴリウス兄上も驚きの表情を隠せていない。
「思い付きでものを言っているのではありますまいな」
マルクトホーフェンはそう言って睨むが、メンゲヴァインの表情は変わらない。
「精鋭であり、共和国に近いラウシェンバッハ騎士団とエッフェンベルク騎士団、更に商都ヴィントムントから二千名程度の義勇兵を派遣させる。そして、その費用については商人組合と共和国から出させればよい」
その提案に対し、マルクトホーフェンが反論する。
「商人組合が素直に出すとは思えませんな。それに共和国との交渉も長引くことは必定。出すとしても全額とはなりますまい。裕福なエッフェンベルク家とラウシェンバッハ家なら認めるかもしれませんが、このような提案が通れば、今後の王国の運営に支障をきたさないとも限りませんぞ」
確かに前例があれば、それを盾に貴族に強要することができる。そのような前例を作りたくないというマルクトホーフェンの考えはそれほど意外なものではない。
「両家に交渉権を与え、問題ないと判断したら出陣するとすればよい。そのような前例なら問題にはならんと思うが、いかがかな?」
そこで父が唸るように呟く。
「両家に交渉……ラウシェンバッハ子爵に交渉させるということか……なるほど……」
父もメンゲヴァインの、いや、マティアス卿の思惑に気づいたようだ。
「両家に全権を委ね、交渉させるのです。もちろん、王国に損害を与えるような条件は認めません。こうすれば、共和国に対しては精鋭である両家の騎士団を派遣し、更に決戦にも間に合います。我が国にとっては王都を守る王国騎士団を温存することで不測の事態にも対応でき、更に財政にも負担を掛けません。これならば問題ないのではありませんかな」
マルクトホーフェンはその言葉に反論の糸口を見つけることができず、唸っている。
「それがよい! さすがは宰相じゃ!」
父が認めたことで、宰相の案が採決された。
マルクトホーフェンも対案が出せなかったため、賛成に回らざるを得ず、宰相の案、すなわち、マティアス卿の案が採用された。
マティアス卿が考えたのは商都ヴィントムント市の商人組合に義勇兵を出すように命じ、その義勇兵をラウシェンバッハ家が用意するから、費用を負担するよう交渉することだ。
ヴィントムント市は自治権を有しているが、その条件として王国政府の要請があれば積極的に協力することが求められている。特に国防に関する事項は厳しい要請であっても受けざるを得ない。それを断れば、自治権を剥奪されるからだ。
傭兵は経費込みで一人一日当たり五百マルク(日本円で五万円)は最低必要だそうだ。
仮に二千人の傭兵を百日間雇い、戦地に送り込むとすると、総額は一億マルク(日本円で百億円)にも及び、世界の富を集める商人組合といえども耐えがたい負担だ。
傭兵に金が掛かるが、出征費用を負担する方も決して安いわけではない。
一万の兵を派遣するとすれば、兵士たちに支払う日当や食糧などで、安く見積もっても一日当たり百万マルク、百日になら一億マルクで、二千の傭兵を送り込むのとほぼ同じ額が必要になる。
しかし、食糧などの必要な物資をヴィントムント市で購入すれば、商人たちに金が落ちるし、売上税として回収することもできる。全額の回収は当然無理だが、傭兵に払うより実質的には遥かに少ない負担で済む。
また、二千人もの傭兵を集めるには時間が掛かるため、間に合わせるためには通常より高い契約金となる可能性が高く、組合もこの提案を認めざるを得ない。
この他にもグランツフート共和国との交渉権を得ることも狙いだと聞いている。
金銭的な要求の場合、共和国政府との交渉が長引く可能性が高いが、王国西部への侵攻の恐れがあるため、早期に交渉を終わらせて王国に戻りたい。
そのため、共和国政府には金銭的な要求は行わず、ラウシェンバッハ子爵領での酒造の指導を依頼するという要求にする予定だ。
共和国の首都ゲドゥルト周辺はワインの名産地であり、その生産者に指導を仰ぐことで、子爵領の産業を発展させるということらしい。
これらの要求についてはラウシェンバッハ子爵領だからできることだ。他の貴族領では義勇兵の確保は難しいし、財政的に産業の育成を待つ余裕はないからだ。
(凄いものだな。ここにいないのに会議を完璧に制御し、すべて認めさせている。ならば、次は私の番だ……)
採決が終わったところで、私は手を上げ、発言の許可を求めた。
「発言を許可してもらいたい」
予想通り、マルクトホーフェンが邪魔をしにくる。
「ジークフリート殿下に申し上げる。先ほどもお伝えいたしましたが、この御前会議は重要な案件を審議する場です。発言はお控えいただきたい」
「王国のために提案をしたい。陛下、発言を認めていただけませんか?」
父は私が何を言うのかと怪訝そうな顔をするが、すぐに頷いた。
「よかろう。但し、宮廷書記官長も言った通り、詰まらぬ発言であった場合は当面の間、発言は認めぬ。それでもよいのだな」
「構いません」
そう言って頷いた後、気合いを入れ直して話し始めた。
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